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長夜の長兵衛 七十二候シリーズ <短編小説>

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長夜の長兵衛 二十四節気シリーズに続き、七十二候のシリーズです。 短編の連作です。読み切りですので、どこからでも、お読みいただけます。全部地の文で出来ているこの世界は、一体いつ、… もっと読む
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記事一覧

長夜の長兵衛 竹笋生 (たけのこしょうず)

常盤木落葉  遠くから仰ぎ見れば高き山も、  分け入れば林また林にて、  木立、大地、うご…

長夜の長兵衛 蚯蚓出(みみずいずる)

車前草の花  鳥居の向こうでは風が変わる。 お社さんでは、綻びが繕われているような、と …

長夜の長兵衛 蛙始鳴 (かわずはじめてなく)

袋角  一行は地蔵さんの辻を越えて峠へ向かい、山の深いところまで分け入った。金兵衛は夏…

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長夜の長兵衛 牡丹華(ぼたんはなさく)

春時雨     菓子屋の店先、右手に置かれた鉢に金兵衛は顔を寄せた。やさしい香りであるこ…

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長夜の長兵衛 霜止出苗(しもやみてなえいずる)

御玉杓子  苗代田に水が張られた。  畦道に草どもがゆらぐ。水面に映された雲が、流れたり…

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長夜の長兵衛 葭始生(あしはじめてしょうず)

目刺  細く尖った芽が水面を穿つように、あちこち姿をあらわしている。  葦の角に出会うと…

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長夜の長兵衛 虹始見(にじはじめてあらわる)

躑躅の衣  丁寧に衣を広げ衣紋掛けに吊るすと、蘇芳の色目が金兵衛の心の奥を掴んでくる。ややあって、裏の萌黄が、そのまた奥を射る。三歩ほど下がって、もう三歩、五歩、終いには次の間から眺めた。  うむ。  おのずと口の端があがる。  譲り受けた折には、なかなかな傷み具合であったが、よう、ここまで。さすがは源兵衛、反物屋の隠居。染め物の腕は道楽どころではないわ。  まこと良質な織りの衣であったゆえ、つい熱が入ったと仰せでございました。洗い張りも仕立て屋も、同じ思いであったようだと

長夜の長兵衛 鴻雁北(こうがんかえる)

花筏  吉野の山桜は、夢かうつつかわからぬほどの見事さと聞きおよびます。行者さんの御神木…

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長夜の長兵衛 玄鳥至(つばめきたる)

駘蕩  辻にて長兵衛は一旦立ち止まる。左へ行けばお社さん、右なら畑へ至る道、まっすぐ進め…

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長夜の長兵衛 雷乃発声(かみなりすなわちこえをはっす)

海猫渡る  鳥居をくぐると、すぐのところに宮司さんが待っておられた。  金兵衛さん。初雷…

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長夜の長兵衛 桜始開(さくらはじめてひらく)

花時  久兵衛の手にある黒塗りの横笛を、お天道様が撫でていく。うららかな日和に、川べりを…

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長夜の長兵衛 雀始巣(すずめはじめてすくう)

白木蓮  ときに木肌に触れながら、源兵衛はその周りをぐるり、と一周する。身を屈め、大きな…

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長夜の長兵衛 菜虫化蝶(なむしちょうとなる)

彼岸西風  橋の真ん中で、婆さまがじっと川を見つめておられる。どうなされたのであろう…

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長夜の長兵衛 桃始笑(ももはじめてさく)

草雛  両手に抱えたものを揺らさぬよう気を配りながら、長兵衛は安兵衛の屋敷へ着いた。  まあ、長兵衛さん、なんといい枝ぶり。  お内儀は顔もとを緩ませて、薄紅の桃の、花びらのひらいたのやら、まあるい蕾やらを交互に眺め、枝先の緑を人さしゆびの先で撫ぜた。  おお、長兵衛。いつもかたじけないことだ。ささ、あがれあがれ。  安兵衛も後ろから手招きする。菓子屋の大旦那、気儘な隠居の昼下がりである。  名物の豆大福と茶をいただいておると、庭石の上に緑色をした饅頭のようなものが二つ、置