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子どもと切り離した夫婦の時間

 どうも、ゑんどう(@ryosuke_endo)です。

 我が家は小学生男児が2名と未就学児童が1名の3名の子どもたちと暮らしています。

 子どもたちが一人、二人と増えるとともに、妻さんと二人で生活をしていた頃に出かけていた場所に出向くことは無くなりましたが、それ以上に、子どもたちと一緒に出かける場所は新鮮なところばかり。

 嫌いではなかったのですが、動物園なんて子どもと一緒じゃなければ「行こう」とは中々に思えませんでした。水族館も同様ですし、田舎の干からびたテーマパー…遊園地なども彼らがいなければ足を向けることはなかったはずです。

 アンパンマンミュージアムだって、子どもと一緒でなかったらいけませんし、あそこで「欲しい」とねだられたコキンちゃんのガス風船が(当時)1,500円もしたことに疑念を抱くこともなかったでしょう。

 子どもたちと一緒に過ごせるのなら、そこに新たな体験や思い出の素地があるのなら、出来うる限り出かけていこうと画策していますし、これからも時間が許す限りは彼らとの時間を増やしていきたいと考えています。

 彼らと過ごす時間が多くなればなるほど、妻さんと二人だけで過ごす時間は少なくなります。というか、二人だけで過ごす時間なんてありません。たまにスーパーへの買い出しに出かけるぐらいなもので、それにしたって1時間単位でフラフラと出かけるだなんてこともなく、買い物といった目的を果たすために時間を捻出しているだけ。

 子どもたちと過ごすようになってから、それまで当然のように行っていた妻さんとのお出かけが、いつの間にか希少価値の高いものになっていたのです。

 二人で電車に揺られ、特に目的もないまま雑踏を練り歩き、アルコールと少量の料理をつまみながら他愛もなさすぎる会話をする。

 そんな時間を過ごすことができることなんてないと思っていたし、ましてや、子どもたちがいない昼間の時間ではなく二人で夜を明かすだなんてことが、ものすごく特別な時間であると同時に背徳感のある時間だと実感することになるなんて、結婚する前後には思ってもみませんでした。

 二人だけで過ごしてみると、やっぱり子どもたちのことを話してしまいます。気になって仕方ありません。彼らが小さい頃の画像や動画を見てニンマリしてしまいます。可愛くて仕方ありません。

 ぼくと妻さんの間に生まれてきてくれて、懸命に生きてくれている彼らには感謝こそすれ、ぼくと妻さんの時間を奪いやがって…みたいな嫉妬や憎しみといった碇ゲンドウ的な感情はありません。

 かといって、夫婦円満なのかというと自信はありません。

 少なくとも、ぼくはダメな夫であり、対外的に自信を持って紹介できる男ではないからです。夫婦関係が劣悪になる状況を生み出したこともありますし、いつまでも精神年齢が大人になれない根暗な引きこもり気質の中年です。

 それでも子どもたちと暮らすうえで物理的な意味でも、心理的な意味でも人手として換算してくれていることと、そこに役割を与えてくれている彼女には感謝しかありません。

 もちろん、足蹴にされ続けてしまうことはツラいこともありますし、人として認められるような状況にしていきたいとは思います。(現在がそうであるわけではなく意気込みも込めて)

 ただ、今回、子どもたちを抜きにしてブラブラと練り歩き、ゆったりとした自宅ディナーを楽しむことができたことは、あれだけ当然だと思っていた夫婦だけの時間に驚きとちょっとした感動を味わったため、再び、そういった時間を設けられるようにしたいな、と。そう思ったのです。

 もし、子どもたちと暮らすことが当然となって常態化しているみなさんは、子どもたちを抜きにした夫婦の時間を12時間以上過ごせるようにしてみてください。

 きっと、新しい発見があるはずです。

 ではでは。

 ゑんどう(@ryosuke_endo)


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