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少女と少年は何も怖くなかったあのころ

魔女の宅急便が届きました。

詢川さんは、私の note ライフを変えた人です。
ある日、ふと目に留まった記事『空手チョップしたかった相手が、抱き合いたかった人』にガツンとやられました。
その後、「優しい性」というお題で投稿を募集されているのを知りました。
性のことなんて「書けるわけない」と考えていたのですが、詢川さんに背中を押されるようにして、ふと「書いてみようかな」と魔が差したのでした。

実験的に軽い気持ちで書き始めたものが、プライベートを曝け出し、オスのホンネを曝け出したうえに、18歳以上向けに分類される始末。

こんなにマジメな記事が 18禁ですか。
若者の性教育を妨げないでほしいものです。

詢川さんは、私に曝け出し精神を教えてくださいました。
それ以来、私が書くものにはタブーがなくなりました。
そしたら、私の note ライフは、俄然楽しいものとなりました。
全人格を曝け出さなければ note を続ける意味がない、と気づいたのです。
だって、note は私のもうひとつのライフであり、もうひとつのコミュニティですから。
ライフが 2つあったっていいじゃないですか。
ワイフが 5人よりはよほど健全だと思います。

そんなわけで、誰にも話さないできた記憶を、再現させることにしました。

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山本さんのことを書こうと思う。
小学校で同じ学年だった女子だ。
クラスが違ったので、山本さんのことはよく知らなかったが、彼女の母親は PTA の役員で、校内でちょっとした有名人だった。
山本さんの母親というのは、現代風に言えばリベラルというか意識高い系というか、理不尽な校則をガンガン批判するタイプの人だった。
山本家は、カナダやヨーロッパからの子女のホームステイを受け入れていることでも知られていた。

小学 4年から 5年に上がるときにクラス替えがあり、初めて山本さんと同じクラスになった。
母親は目立つ人だったが、山本さん本人は、どちらかというと地味で暗く、友達が少ないタイプの女子だった。クラスの女子も男子も、彼女を敬遠する空気があったように思う。

きっかけがあったかどうかは憶えていない。
ある日突然、山本さんが私を家来扱いするようになった。
ハンカチを落として「拾え!」と命令したり、「情けないやつ!」と罵ったりした。
山本さんの私に対する振る舞いは、日に日にエスカレートしていった。
ベルトを外して、私の両手を縛ったり、ベルトを鞭のように使って私を打つようになった。

当時の小学 5年生には、これをなんらかのプレイと認識する知識はない。
かといって、いじめられている、という意識もなかった。
鞭はそれほど痛くなかったし、陰湿な感じもしなかった。
そもそも、当時の私はクラスの人気者的ポジションで、山本さんには仲間がいなかった。
ただ、山本さんの孤独感と、謎のテンションと、攻撃性に、得体の知れないかなしさを感じてはいた。

教室

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夏休みに入った。
夏休み中は、学校のプールが開放される。
私は、ほぼ毎日のように学校のプールに行った。
プールには、いつも山本さんがいた。
私は泳ぎの練習をしたかったけど、たいてい山本さんにつかまり、付き合わされた。
山本さんは、私の頭を押さえて水中に沈め、数を数えながら、息がもたなくなったところで水中から引き上げる、という遊びを何度も繰り返した。
端から見れば、絵に描いたようなイジメ、あるいは拷問だが、私は不思議と嫌な気がしていなかった。

そんな遊びにも飽きてきた頃だったろうか。
私の頭を水中に沈めた山本さんが、そのまま私の顔を、水中の彼女の陰部に近づけてきた。
その体勢で固定されている時間が妙に長く感じたのを憶えている。

水面から顔を上げ、山本さんを見た。
いつも無表情な山本さんの顔に、微かな恥じらいの色があった。
「おまえ、女のアソコを見たくないのか」
と山本さんは言った。

小学 5年生の男子といえば、まだ朝勃ちも夢精もしない、アソコに毛も生えていない子供だ。(今どきの小学生は知らんけど)

「もう一回チャンスをやる。目を開けてよく見ろ」
と言って、山本さんは、再び私の頭を水中に押し込んだ。
今度は、水着のその部分を開け広げている。
見ようとしたけれど、水の中のことなので、よく見えなかった。
それより、女子の水着って不思議な構造になってるんだな、と思った。

プールが終わったあと、山本さんは「ついてこい」と言って、校内の雑木林の中へと私を導いた。
怖くはなかったが、楽しくもなかった。ただ、目の前で起こっていることを受け入れていた。
山本さんは、ズボンとパンツを脱いで、
「見ろ」
と言った。

雑木林

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その日のことを、私は親にも友達にも言わなかった。
誰にも言ってはいけない、と子ども心に感じていた。

次の日もプールに行った。山本さんもいた。
山本さんは、私の顔を見て「おっす」と言っただけで、かまってこなかった。
それ以降、主人と下僕ごっこはピタリと止んだ。
ごく普通の小学生の日常が、私に戻ってきた。

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私はこの話を、今まで誰にもしたことがありません。
地味でおもしろくない話だと思っていたし、笑えないし、引かれるでしょうから。
しかし、今でも鮮明に、くっきりした映像として脳内に残っています。
淡々と過ぎた時間でしたが、小学 5年の男子には意外とショックが大きかったのでしょう。

いったいあれは何だったのか、と今になって思います。
私の推察はこうです。
山本さんは、自宅にホームステイしている海外のお友達の成熟さと、日本の性教育レベルのギャップに、戸惑っていたのではないか。
性のことを屈託なく話してくるカナダやヨーロッパの小学生と。
話題にすることすらタブー視されている日本の小学生と。

男が女のアソコに興味をもっているのか、純粋に知りたかったんじゃないかな。
その答えを、山本さんは得ることができたのか、私にはわかりません。
私のリアクションが薄すぎたかもしれません。
昭和の漫画よろしく、ド派手に鼻血を出してみせるべきだったか。
「キャー!」とか叫んで、両手で顔を覆ってみせるべきだったか。
それとも、私もパンツを脱いで、「見ろ」返しすべきだったのでしょうか。