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待つ女。行けない男

「女って、待つ生き物なんだよね」

彼女の口からそんな言葉が出て、おや?と思った。
とある映画を観た感想を話し合っていたときのことである。

その女性ひとは、高い知性の持ち主だった。
そんな女性がありふれたことを言ったように思えたのだ。
「待つ生き物・・・。それはどのような意味ですか?」
「言葉どおりの意味だよ」

映画に出てきた女のとった行動を差しているのは間違いない。
その女は、ある男が自分に夢中であることを知りながら、それに気づいていないかのように振る舞っていた。その男を憎からず想っていたのに、だ。
男は立場上、その女に気持ちを伝えることができず、女もまた男の気持ちに応えようとはしなかった。
そんな状態が長く続いていたなか、女は別の男の求愛に応じたのだった。

「相手の気持ちがわかっていても自分からは行かない、ということですか」
「そう。男の人には理解しがたい心理かもね」

うーむ。
男だって、いくらか見込みのありそうな相手を選んで “行く” ものだと思う。
女は、相手が自分に気があると 100% 確信していても “行かない” ものなのか。なぜなら、”待つ生き物” だからだと。

「積極的な女性もいると思いますけど」
「それは程度の問題だよね。女は、人からどう見られているかをいつも意識しているんだよ」

それはわかる気がした。
いい子だと思われたい。かわいいとかきれいだと言われたい。そういう心理は男より女のほうが強いかもしれない。

「幼児体験的なものもありますかね」
「あると思う。女の子は早熟だから、親や大人たちの評価に敏感なんだよ。好かれなきゃって思いが幼いうちに刷り込まれるんだろうね」

なるほど。その点、男の子は思慮に欠けるところがあるな、と思った。
良く言えば自由奔放、悪く言えば傍若無人ということになるだろうか。

「そういえば、採用活動をしていたとき、女子学生の印象は 2割引きせよ、なんて話をよく聞きました」
「それは正しい。女子は自分を良く見せるスキルが男子より高いからね」

こんな面接官に当たる女子就活生はアンラッキーだろうな、と思った。

もう少し映画の話がしたくなった。

「あの女、なんかムカつくんですよね」
「ふふ。どうして?」
「男は私に惚れている。そう確信していて、その状況に優越感を得ながら、なんなら利用までしている。好きでもない相手ならわかるけど、彼女も彼を内心慕っていましたよね。どうしてそれを態度に出さなかったのかって」

彼女は微笑して言ったものだ。
「男がトンマだよね」

「トンマ」という彼女っぽくない表現に思わずプッとなった。

「彼女が彼に何も出していなかったって思った?」

う・・・。
言われてみれば、何かと頼っていたようにも、さりげなく媚態を演じていたようにも思える。

「気丈な女だけど、ときどき弱さを出していたような気がします」
「わかりやすかったよね。そこに気づけない男がトンマだと思わない?」
「彼には奥さんがいたから、自分からは行けなかったんじゃないですか?」
「奥さんのいる男に、女はもっと行けないよ(笑)男が行くしかない。でも彼は変に大人の分別が働いて、女からの明確な意思表示を待ってしまった。女は ”待つ生き物” だってことがわかっていなかったんだと思うな」

私はしばし考え込んだ。
「女は待つ生き物」という受け身、ある意味で古風な構えが、彼女の価値観にフィットしない気がした。

沈黙を破るように、その女性ひとは話した。
「単純な話だよ。女ってのはさ、美人とか優しいとか賢いとか、まわりからチヤホヤされることで自分の価値をつくっているようなところがあってね。人からの評価に敏感だし、自分自身の魅力に敏感でもある。いくら自信のある女でも、その自信はまわりから与えられたものだと自覚しているんだよ。だから、相手の出方を待つしかないんだよね」

その横顔には迷いがないように、そのときの私には見えた。