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なぜオリンピックは平和の祭典なのか?

ヒップホップ文化が平和的な問題解決手段として使われたこと
前回、ブレイクダンスをはじめとしたヒップホップ文化がギャング構想の代替手段として、いわゆる平和的な問題解決手段として使われていたという事実をお話ししたんですが。

今回はもっともっと大きな世界的なことについて、同じくオリンピック競技というものが平和に寄与したお話と言いますか。

オリンピックが平和の祭典と呼ばれる理由
なぜ、オリンピックが平和の祭典と呼ばれるようになったか?についてのお話をさせていただければなと思います。

まず、古代オリンピアという、いわゆる古代オリンピックですね。こういうものがなぜ開かれたのかということですね。

これは何かというと、いわゆる戦争回避なんですよ。

戦争回避をどのようにしたかというと、オリンピックを開いて、オリンピックの選手の成績で競うということをやらせようとした。

つまり、軍隊同士が実戦を交えるまでもなく、軍隊の練度の指標として、オリンピック競技を実施することで、そこで順位をつけて、軍の連動を測るというかですね。

評価するというシステムが出来上がったんですね。

そのおかげで、オリンピックをやることこそが、その軍の練度、いわゆるお互いの手の内を知ると言いますかね。

そういうことに繋がって、結果、平和の方に繋がっていったというオリンピックの歴史があります。

これ古代オリンピアなんですけども、じゃあ近代オリンピック。
これはね、クーベルタン男爵っていうのが非常に有名かと思うんですが、これも同じようなことで平和を誇示するために、競技成績で国威を示そうと。

国の代表をそれぞれ呼んで競わせることで、実際の実践に変えようとしたという、平和の試みが近代オリンピックであるというわけなんです。

平和の祭典と言われる所以は、そういうことによるわけなんですけれども。

オリンピックにおけるドーピングや不正挙動に関する問題とその影響
じゃあ実際どうだったかと。前回のオリンピック、例えば軍事侵攻をしているとか、ドーピングの問題で締め出しをくらっている国がある。

つまりオリンピック自体に不正を持ち込もうとしたり、その国自体が不正をしていたら、参加資格を剥奪するというようなことをやって門前払いをしていますよね。

このことは良い悪いは別にして、オリンピックの精神からするとちょっと外れているような気がしないでもないということなんですね。

運動成績史上主義というのもどうかな?というところはあるんですけど。

もともと軍の練度を図るための手段として発達したことを考えれば、平和の祭典としての価値がないか?というと。

確かにそれで代替できるならそれがいいよねっていうふうに皆さんも思われないでしょうか?

そういうわけで、ダンスっていうバトルもあるし、ラップっていうバトルも近代ではあるけど、オリンピックゲーム自体がそういう性質を帯びていたっていうことは、平和ということを考えるときには一つの要素として知っておいてもいいことかなと思います。

政治利用される昨今を考えると、本当に平和の祭典なのか?ちょっと首をかしげる部分もありますし、汚職なんかを見ていると、それって平和なんでしょうか?っていうね、

ちょっと疑問も湧くところもあるわけでございます。

いろんな捉え方がありますけれども、もともとはというところを知っていることは大事かなというふうに思います。

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00:11 ヒップホップ文化が平和的な問題解決手段として使われたこと
00:55 オリンピックが平和の祭典と呼ばれる理由
03:06 オリンピックにおけるドーピングや不正挙動に関する問題とその影響

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