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片平里菜 Redemption TOUR 2023-2024 FINAL

Photo by 石井麻木


 日比谷野外音楽堂の入り口をくぐると、壁にずらっと貼られていたのは『片平里菜 Redemption TOUR 2023-2024』各地のセットリスト。47都道府県・50箇所を周ってきた証として、本人が各地のライブで使用したセットリストがずらりと並びわたしたちを出迎える。

 強すぎない陽射しに快適な気温、ビールなど飲みながら過ごすのもとても気持ちがいい夕方5時、日比谷野外音楽堂でまず鳴り始めたのは太鼓と鐘の音。磐城じゃんがら遊劇隊による福島県いわき市の伝統芸能・じゃんがら念仏踊りがステージ上と客席内で繰り広げられ、『片平里菜 Redemption TOUR 2023-2024 FINAL』の幕が開いた。“ふるさとを思いながら一緒に踊って”の掛け声に、お客さんも見よう見まねで一緒に踊る。“ロックバンドが ハァ やってきた”と今日の公演に合わせた掛け声も飛ぶ中、踊り手の中にふくしまFMアナウンサー・三吉梨香さんを発見!

さらには“LOW-ATUSも踊ってる”の声に、はて?とステージを見ると、何とTOSHI-LOW(OAU/BRAHMAN)&細美武士(ELLEGARDEN/the HIATUS/MONOEYES)が、じゃんがらの衣装でステージにいるではないか!

 “最高の日にしましょう!”と挨拶、盛大な拍手で送られる磐城じゃんがら遊劇隊とバトンタッチしてこの日の主役・片平里菜がステージへ。身を包む衣装も彼女らしさ溢れ、後方まで聴こえるほど大きく深呼吸してひとり、弾き語りで歌いはじめた最初の曲は「なまえ」。じゃんがら、からの、静寂。その場の誰もが食い入るように静かに聴き入る。1曲終わるや“ずっと夢だった日比谷に帰って来れました!”と元気に語り、最初のセッションミュージシャンとしてKAKUEI(OAU)が登場して「Come Back Home」へ。ステージ上のアイコンタクトを見ても信頼感ただよう。
 “ツアーはずっと弾き語りだったけど、今日・このステージは1人じゃない。大好きな先輩たちと一緒に演奏していきたいなと思います”と言ってからさらに、“師匠・先生”と紹介して、おおはた雄一が登場。野音全体を包み込む、あたたかいラップスティールギターのイントロではじまる「風の吹くまま」から、3人のセッションが続いていく。一言で言うなら、音でただただ贅沢な時間。この3人で「女の子は泣かない」も貴重で、1コーラス終わりに大きな拍手が上がったほど。アルバム『Redemption』リリースツアーのファイナル公演ではあるが、過去曲も織り交ぜながら進んでいく時間。

 中盤、おおはたと2人で披露した「Blah Blah Blah」は片平里菜の新境地でもあり(と見せかけてあまり表に出ていなかった素なのかもしれない)、彼女自身がとても気にかけているという気候変動の問題をテーマに歌った楽曲。“おおはたさんと、ちょっと過激な、アッパーな曲を”と取り組んだそうだが、“難産だった”とも。おおはたから届いたギターリフを繰り返し聴き、何回も何回も書き直して完成した曲だと語る。ついさっきまで明るかったのにこのタイミングで少しずつ陽が暮れる中、曲を通して片平里菜が投げかける問題提起。ライブで耳にすると、音源以上に訴えかけてくる力の強さに慄く。奇しくも会場外で鳴っているサイレンの音が聞こえてきたのも出来すぎた偶然。
 おおはたとのセッションに続いて一旦、1人ステージに残り「からっぽ」を。“東京 甘えてんな もっとちゃんとやれよ”と歌うのを聴きながら見上げた空にはうすらぼんやり月が浮かんでいた。歌い手として片平里菜10年の歩みを感じるセットリストでもあったが、楽曲を聴きながら不思議と、自分自身のこの10年を振り返る時間にもなっていたのはわたしだけだろうか。

 そしてライブは後半戦へ。“どんな時も見捨てずに、人生の色んな場面で必要な言葉をかけてくれたり、助けてくれる先輩”と紹介してからTOSHI-LOWが登場。何でも“OAUもこの時期の野音をやりたかった日取りなのに、抽選に外れた(補足:野音で公演をするには事前に抽選に申し込んで当選する必要がある)”と笑わせたり、“どんだけ贅沢な細美武士の使い方してんだよ!歌ってないんだから(補足:じゃんがら以外での出演は実際になかった)”、さらには“俺よりも上手いし、レパートリー、取ってる?もっと先輩に気を遣えよ!”と言われてからの「満月の夕」。でも、兄妹のような2人でこの曲のデュエット、最高すぎるハーモニーをお月様も感じたかったんだよね。振り返って、月が顔を出したタイミングも絶妙すぎた。

 多少、個人的なことになるが、わたしが担当していたラジオ番組に東日本大震災の発災後「満月の夕」へのリクエストが届いた。この曲の存在を知ったのはその時が初めてだったし、そういう方もいらっしゃると思う。そしてどれだけ年数が経とうとも、彼女の中でも、そしてこの日この会場にいた方でも、何よりわたし自身も。忘れることができないのが東日本大震災。
 “真っ先に私の地元に駆けつけてくれたロックバンド”…と、震災後の東北でのこんなエピソードも。宮城県石巻市で子供たちが遊ぶことができる場所を作る公園づくりのプロジェクトにまだデビュー前の彼女も参加していたが、同じその場にいたTOSHI-LOWやBRAHMANメンバーを“音楽の人だと思っていなかった”と。そんなお話をしてから、「ロックバンドがやってきた」のイントロを弾き始め、静かにRONZI、MAKOTO、KOKIもステージに入り一気にバンドサウンドへ。すっかり暗くなった野音に照明の力も相まって、その音には不思議と明るい希望が感じられる。映像などの視覚効果がまるでなくとも。

 その後はMARTIN、再びKAKUEI&TOSHI-LOWも入りOAUとして「予兆」「amazing sky」を立て続けに演奏して、最後はひとり“子供の平和を願って歌います”と語ってから「ただ笑っていて」。家族連れも多く小さい子供たちもいる中で、こんなタイトルのこの曲をラストに持ってきたのも、片平里菜が伝えたかった大切なメッセージなのだろうなと思った。  

 大きな拍手に応える形でアンコールは計3曲。「カントリーロード」ではゲストミュージシャン総出の素晴らしいセッションとを経て、最後の最後はひとりステージに。
 音楽を続けながらの葛藤や、コロナ禍で強制的に休まざるを得なかった時も、“もうちょっとでデビュー10周年だと思って”続けてきて、“ちゃんとやり切って、次に進みたいなって思った”と語る。そして、“夢だったこの場所で、大好きな先輩たちも支えてくれて、こんなこともあるんだね”…ステージを見つめている全員が、胸が熱くなった瞬間。片平里菜がこの10年間で届けてくれた音楽を、素晴らしいミュージシャンたちも一緒になって彩ってくれた、本当に奇跡のような時間だった。でも、素晴らしいミュージシャンのみならず、磐城じゃんがら遊劇隊と、さらには一緒になってじゃんがらを踊った方々がいたことも。ひいては、この日を見るために全国から集まった人がたくさんいるということも。片平里菜という1人の人間が、“つながり”を大切にしてきた表れに他ならない。

 “これからも皆の街で、会いましょう。じゃあ、思い出の曲を演って終わります”…ラストは「夏の夜」。高校3年生の時に初めて、この野音のステージに立って弾き語り歌った曲だ。ご存知な方も多かろうが、『閃光ライオット』オーディション時のこと。上手く歌えずステージ袖で泣いてしまったというエピソードが残る。でもこの日はきっと、悔いなどまるでなく歌えたのではなかろうか。それが証拠に歌い終わって直後の笑顔と、背を向けて歌ってきたステージに向かって手を合わせ大きなお辞儀。客席にもたくさんの感謝を示し、晴れやかな顔でステージを後にしたのだった。

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