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『DUNE/デューン 砂の惑星』は映画の見比べと小説の読み比べが面白い

ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の『デューン 砂の惑星PART2』が公開された。PART1でアカデミー賞の美術・撮影・視覚効果賞などを獲得したように、PART2でも世界観や映像美が素晴らしいことは説明の必要がないだろう。

PART1の公開時には原作小説の新訳版を読んでみたが、今回はそれをそのまま読み返すのでなく、趣向を変えて、昭和62年に改訂版六刷の発行された矢野徹さんによる翻訳版を読んでみた。

表紙や挿絵は1984年のデヴィッド・リンチ監督版

あくまで個人的な意見だが、「DUNE/デューン 砂の惑星」はいずれの映像作品を観るにしても、原作を読んでおいた方がより映画も楽しめると思う。その理由の一つは、登場人物が実際に話すセリフ以外に、頭の中で考えていることの描写が非常に多い小説だからである。

政治的な駆け引きや戦闘シーンでも心理戦が非常に多く、それ以外でもほとんどのシーンでキャラクターの心の声が飛び交う。

面白いのは、デヴィッド・リンチ監督版の『デューン 砂の惑星』ではこうした心の声が映像でも再現されていることだ。(俳優は口を動かさずに声だけが流れてくると言った具合に。)

一方、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督版ではこうした心中の発言は出てこない。その代わりにキャラクターの思っていることは、表情の機微や仕草で表現される。

例えば物語の冒頭で、軍幹部のガーニイ・ハレックがポールに戦闘の訓練を行うシーンでは、ガーニイのあまりに鬼気迫る様子にポールはこう考える。

”ガーニイはどうしたというんだ?これは練習なんてものじゃないぞ!”

デューン砂の惑星 1 改訂版 (ハヤカワ文庫 SF 76)より

小説では、話し言葉である「~~」とは別に、頭の中で考えていることは”~~”(新訳版では(~~))で表現されている。

こうした心の声に、デヴィッド・リンチ監督版は音声が付く。

『デューン 砂の惑星』(1984年)

ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督版では心の声もなく、訝しく思うポールの心情は表情や仕草で伝えるような演出へと変わっている。

『DUNE デューン 砂の惑星』(2021年)

PART1とPART2を合わせると約5時間20分、リンチ版は2時間17分と、3時間も尺に差がある。デヴィッド・リンチ監督は当時、編集権がなかったために大幅にシーンがカットされてしまったそうだが、それにしてもこの差は大きい。

登場人物の様々な思惑を、短い尺の中で観客に理解してもらうためには、心中も音声で表現してしまう方が効率的だと考えたのかもしれない。

こういった作品ごとの違いは単体で観ているとなかなか気付きにくく、かつ原作を読んでいて、心の声が多く出てくるという印象を持っているからこそ、なおさら面白いと思えるポイントなのだ。

とくにご覧になったのがドゥニ・ヴィルヌーヴ監督版の映画のみという方は、小説を読むと登場人物たちが想像以上に色々なことを考えているのだと驚くだろう。

『デューン 砂の惑星 PART2』(2024年)
(C)2023 Legendary and Warner Bros. Ent.
All Rights Reserved

さらに少々マニアックにはなってしまうが、矢野徹訳と新訳版(酒井昭伸訳)の読み比べも興味深い。というのも矢野徹さんの訳は1972年のもので、新訳版は2016年と40年以上が経っており、そこにまた表現の変化が見られるからだ。

下記は作品の冒頭一文の比較である。

 かれらが惑星アラキスヘ出発する前の週、最終的な忙しさのすべてが、耐えられないほど気ちがいじみたものになってきたとき、ひとりの年老いた女が、ポウル少年の母を訪ねてきた。

デューン砂の惑星 1 改訂版 (ハヤカワ文庫 SF 76)より

 一族がアラキスヘと出発する日を間近に控えて、その日に先立つ一週間前のこと、移動の準備が大詰めを迎え、狂騒的なまでのあわただしさが吹き荒れるさなかに、ひとりの老女が少年ポールの母親を訪ねてきた。

デューン 砂の惑星〔新訳版〕 (上) (ハヤカワ文庫SF)より

このたった一文でも、かなり印象が異なることがお分かりいただけると思う。矢野徹訳の方は、今では絶対に使ってはいけない言葉が含まれていることなどから時代性も感じられ、それがまた良い味わいになっている。

(C)2023 Legendary and Warner Bros. Ent. All Rights Reserved

『デューン 砂の惑星 PART2』が公開されたばかりだが、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督自身はPART3についての可能性を言及している。もしこれが実現するのなら、原作で言うと「砂の惑星」の続編となる『デューン砂漠の救世主』へと突入していく。

ちなみにこの『デューン砂漠の救世主』の原作は、なんと2023年に新訳版が出たばかり。(筆者を含め)まだ読んだことがないという方は、どちらを先に読もうか…と贅沢に悩むことができるので、おすすめである。

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