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欠けたレンガの記憶

いくつもの季節を歩き続けてた
たくさんの夢や愛をこの手に抱きしめた
一人きりで暮らしたこの街にも
今は素敵な友がいるよ 僕に微笑む

違う空の下で 迎えた3度めの
誕生日には歌を歌った
僕を確かめるように 静かに

まだ僕は立ち止まっている
どこへ行けばいいか わからなくて

欠けたレンガの街並みに包まれてる
僕にもう少し 時間を与えて
この悲しみも 懐かしさに変わる
ためらいや誤解が残した傷もそのままに

違う空の下で 迎えた3度めの
誕生日には歌を歌った
僕を振り返るように 静かに

まだ僕は立ち止まっている
何をすればいいか わからなくて

時を使いすぎた 僕を責めるように
秋の風が通り抜ける 僕の肩を押すように 
静かに

また僕は歩き始めよう
どこへ行けばいいかわからないけれど

そして僕は今日も歌うから
僕が僕らしく生きるために

      ーーーーBoston Song (1989)
                                      Lyrics by はがね(Division15)

ーーーーーーーーーー

高校を卒業して僕はすぐにアメリカに渡った。
東海岸にあるボストンという歴史のある街の大学にいた。
1988年から3年半。

誰かと圧倒的に異なったことをすること
誰かを圧倒的なスピードで置き去りにしていくこと

そんなことで
自分のアイデンティティを形成しようとしていた僕にとって

日本の受験制度に乗っかり
みんなと同じように大学に行くという選択肢はなかった。

高校2年生の半ばにはすでに渡米を決め
残りの一年半をろくに勉強もせずに
読書と音楽だけに費やして過ごした。

ここではないどこかへ

秋田県の山深い田舎町で育った僕にとって
アメリカは果てしなく遠く
そしてもしかすると手が届きそうな夢だった。

ーーーーー

アメリカへ渡ったその後
しばらくは自分が特別なことをしているような
そんな浮かれた気持ちで過ごしていたのだけれど

異文化の中で少しずつ
僕は自分のアイデンティティを失っていった。

仲間たちとの生活は楽しかったけれど
自分がやりたいことは見えなかった。

渡米前に抱いていた憧れは、単に憧れのままとどまり
それは僕の妄想にしか過ぎないかもしれないのでは、と
どこからともなく湧き上がってくる恐れを感じた。

日本での生活で感じていた
僕は「日本には当てはまらない」という感覚とは異なり
アメリカでの生活はむしろ
僕に「内包されている日本」を強く意識させた。

日本語ならうまく書ける。
沈黙することの価値も知ってる。
中立を好み、争いを避ける。
ポリシーはあるが押しつけることはしない。

自己主張を強く
議論を重視し
競争のその先に未来が約束されている

そんな
アメリカに同化できない自分を認識した。

僕はボストンが大好きで
僕はそこにいる仲間たちが大好きだったけれど

大学をやめて日本に帰ることにした。

何かを
誰も想像できない何かを

この手につかむことが
僕が僕らしくあるために必要だった。

みんなには
「アメリカに飽きた。」なんて
強がったこと言ったけど

結局は何も成していないことへの
言い訳でしかなかった。

本当は
アメリカという国で
自分を見失っていることが
怖くてしょうがなかった。

だから
何かをする必要があった。

また挑戦する必要があった。

次の一歩を踏み出す必要があった。


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