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カルテットと彼女

母に、彼女の家で年末年始を過ごすことを告げると、パニックを起こして、「早く別れなさい」「女同士できもちがわるい」「本当に、時間と金の無駄」と吐き捨てた。わたしは何も言わず、一昨日から見始めたドラマ、カルテットの3話を眺めていた。仲の良い友達が、ずっと前に、「きっと、好きな感じだよ」と勧めてくれたドラマで、うん、本当に、好きな感じだと思って観ている。TVをつけて、「続きを見る」になっている2話を飛ばして、3話を再生し始めたわたしに、母は2話が途中になっていると声をかけた。わたしは、突然ラブシーンが始まって、気持ちが悪くて、携帯電話でその部分を飛ばして観たのだと言った。母は戸惑ったように、「だけど大人のドラマだから、ねえ…ふつうに…」と言った。
しばらくして、母は床掃除を始めた。そこ、少しずれて、と言われて、わたしはTVを消して食べ物のゴミを片付け始めた。少しずれてくれたら、観ていていいのに、やさしく声をかけられたけれど、わたしは黙って立ち上がって、ゴミ箱を開いて、右手を振りかぶってヤクルトの空容器を投げ込んだ。パスッと気持ちのいい音がした。

わたしは怒っていた。なんでもわかったような顔をして、わたしが母から離れる気配を見せると、いつもこころない言葉で攻撃される。わたしが傷ついていないふりをすると、なんでもないような顔で、ケロッと、明るく、きょうはなにするの、なんて、声をかけてくる。傷ついたことを伝えると、だって、そんなこと、普通じゃないんだから、びっくりするんだから、そんな言葉が出ちゃってもしかたがないじゃないという顔をする。 
東京に住む彼女のうちを訪ねるたびにこんな騒ぎ(わたしが黙っているので、こんなのはただのわたしの心のざわめきで、騒ぎでは無いのかもしれないけれど)が起きているので、もしかしたら、年が明けて、彼女と同棲をする家が決まったあたりで、勘当かもしれないと思う。

部屋のドアに手をかけた時、背中で、春にグランドピアノを処分するという声を聞く。実家が好きな理由のひとつが、あのピアノだったのに。ピアノがあれば時々帰ってくると伝えたら、処分せずにいてくれるだろうか。いや、そんな理由が無ければ帰らないだろうと思うような家には、そんな理由は、いらないのかもしれない。わからない。

だけど、まだ22歳だけれども、もう22歳なんだし、そしてやっぱりまだ22歳なんだし、帰る家が無くなったのなら、わたしだって、好きな人を3人見つけて、カルテットを組んで生きていけばいい。悲しいことへの対処法は、悲しいことが起きてから考えたらいい。女の人でも、男の人でも、そうでない人でも、わたしを大切にしてくれるおもしろい人がわたしは大好きで、命が消えるその瞬間まで、1秒でも長く笑って、大好きだと思える人たちと人生を消費できたらいいなと、わたしの願いは切に、それだけである。

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