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なまえ

同棲まで1ヶ月を切った。 
実家で色々な問題があっても、心を病んでも、「ひとり暮らしがしたい」と思ったことはなかった。小さい頃から実家を出る時は、誰かとても好きな人と一緒だといいな、とぼんやり思っていたから。


家を出ることを話さなくては、と思いながら、なんとなく言い出すタイミングが分からずにいた父には、母が先に伝えていたようだ。
昨日、恵方巻きを食べ終わって、テレビの画面を見ながら、ようやく父に「そういえばもう知ってるかもしれないけど、わたし、〇日に引っ越すからね」と言った。なるべくどうでも良いことのように言った。本当は恵方巻きを食べながら、ずっと話の切り出し方を考えていた。全然お願い事をしていないことに気がついて、最後のひと口で慌てて色々お願い事をしたくらい。父はというと、ふぅんという顔をして、「〇日ね、はいはい。そういえば、俺のあの予定は何日だったっけな」と、それだけだった。
拍子抜けして、笑いそうになった。

父とは昔から、相談が必要なことを話した記憶がない。進路のこと。習い事のこと。いつでもなんでも母と決めたのに、保護者欄には父の名前を書く母を不思議に思っていた。
一緒に買い物に行っても、特別になにか買ってくれることはなかったが、本とCDだけはいつでも父が買ってくれた。
外食のついでに思い出したようにTSUTAYAや本屋さんに寄ってくれるととても嬉しくて、妹と真剣に話し合ってCDの組み合わせを選んだり、駆け回って欲しい本を探したりした。小学生の頃に書いた稚拙な小説を「才能があるな」と褒めてくれた。落語やラジオの面白さを教えてくれた。
中学生くらいのころ、恋愛のれの字も知らないようなわたしに、なんの脈略もなく「〇〇はいつか男の子だけじゃなくて女の子も連れて来そう、連れて来ていいよ」と言った。とても驚いた。
今になって、いつもそのままのわたしを否定せずに、本当によく見守っていてくれたんだな、と思う。
一度だけ、夜中に何時間もドライブに連れて行ってもらった時に、初めて恋人のことを含め自分のいろいろなことを話した。車を自宅の駐車場に戻して、なんとなくコンビニでお酒を買い、ふたりで公園まで散歩した。唐突に懸垂を始めた父を笑って見上げた月がすごく綺麗だったな。
自室のソファーを処分するのも大変なので、父にでも押し付けようかなと考えていたら、そういえばお父さんソファー狙ってたよ、と聞いた。
カバー、綺麗に洗濯してお譲りします。
  

突然だけど、わたしは父と母からもらった名前がすごく好きだ。
特定の意味がなくて、柔らかくて。名前の音を英単語にした時の意味も好き。
ちなみに、わたしが今1番写真を撮る物の固有名詞は、偶然にも、そのまま大好きな妹の名前になっている。脱帽。
皆様には、なにかお気に入りの呼ばれ方がありますか?
ニックネーム。くん付け。ちゃん付け。名前呼び捨て。苗字さん付け。
特に「お前」という呼び方は、なにかと話題になりがちですね。好きな人から「お前さぁ、」と話しかけられたら、距離の近さがちょっと嬉しいですか、それとも蔑まれているようで絶対に嫌ですか。

大切な人はわたしだけの呼び方で呼びたくなってしまうので、彼女の呼び方にはとても悩んだ。試行錯誤の末、名前の1文字目をとって、「〇ちゃん」という呼び方に落ち着いた。(あーちゃんとか、さっちゃんとか、そういう感じ)
彼女は出会った頃からずっと、わたしの名前にちゃんを付けて、「〇〇ちゃん」と呼ぶ。
恋人ができたら、名前を呼び捨てて呼んで欲しい、そして自分もそう呼びたいと思っていたのに、「〇〇ちゃん」というその呼び方はとても柔らかくて優しくて、今ではずっとそう呼んで欲しいなぁと思う。
「お前さぁ」も、彼女に出会うまでは距離の近さがちょっと嬉しかったのに、今は絶対に嫌だと思う。
人の出会いで起きる化学変化は、本当に面白くて楽しい。



恋人は4つ上の26歳。わたしよりも無邪気で、コロコロと表情が変わる人。わたしが泣くと、わたしよりも涙を零しながら大丈夫だよって言う。わたしの悲しみを、悲しくないはずの恋人が追い越していることが可笑しくて、いつの間にか笑っている。
根底の価値観は似ているけど、答えに至るまでの感情や感じ方がまるきり反対なところが面白い。同じ場所に行く時に、とことん違う道を選ぶ。出会ってすぐに、「絶対」なんか絶対ないから、というと、「絶対」が無いことは「絶対」なんだねと言い返されてはっとしたり、どちらかが不安なことを、どちらかは笑っていたりする。

本当に楽しみ?わたしと暮らして大丈夫?何度も聞くわたしに、なんでなんで、楽しみに決まってる、と笑う。靴下とか脱ぎっぱなしにして嫌な思いさせるかも、と言うと、大丈夫大丈夫、〇〇ちゃん~!って嗅いどく、と笑う。

彼女じゃなくてもよかったのかもしれないし、わたしじゃなくてもよかったのかもしれないけど、今日もありがとう、明日もよろしくねと言い合ってきたのは彼女であり、わたしだった。
絶対があるかどうかはわからないけど、新しい気持ちを教えてくれた彼女のことを大切にしたいし、いまある幸せをまっすぐ見ていたいと思う。

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