見出し画像

ふたつ

彼女とわたしは、似ているところもあるが、違うところの方がきっと多い。運動が得意な彼女、苦手なわたし。小柄な彼女、身長高めのわたし。お兄ちゃんがいる、妹がいる。末っ子と長女。ゴキブリが平気、大の苦手。アウトドア、インドア。絵が好き、本が好き。甘いものよりもごはんが好き、ごはんよりも甘いものが好き。グロテスクな映画に強い、まったく駄目。

さて、昨日、珍しく彼女より早く帰宅したわたしは、唐突に料理をしたくなって、台所に立っていた。
彼女は料理がとても上手だ。食に関する資格を持っていて、お仕事に活かしているくらいに。だけど、それだけではなくて、資格や勉強ではない部分で、彼女には天性の美味しいものを作る才能があると思う。
あれが食べたいな、と思うと、たいてい自宅でなんでも叶ってしまう。チョコチップのたくさん入った焼きたてのスコーン、野菜もりもりの冷やし中華、大きな茶碗蒸し、タルタルソースのたっぷりかかったチキン南蛮、さくさくパリパリの春巻き。魔法みたいにあっという間にテーブルいっぱいに美味しい匂いを漂わせ、綺麗に盛られた料理ができあがる。
ホットケーキひとつ作る時も、彼女は計りを持ってきて、分量をきちんと測る。
隣でお手伝いさせてもらうと、普段のにこにこふわふわしている雰囲気をはどこへやら、てきぱき動く彼女から、これをこの目盛りまで入れて、何分タイマーをかけて、何センチに切って、と細かい指示が飛んでくる。はいっと返事をしながら背筋を伸ばし、邪魔をしないように隅の方で申し訳程度のお手伝いをする。
わたしはなかなかそんなふうに料理をすることができない。じゃっ、じゅっ、好きなものを好きなだけ入れて、きっと手順もあべこべなところがたくさんあって、「食べて、美味しかったらいいか」と思うタイプ。そう、見た目や手順はともかく、食べて、あら美味しいかも、が得意で、作れる料理は、身体が覚えているものだけ。
そんなわけでいつもは、美味しいごはんをたくさん食べる係、兼、洗い物があまり好きではない彼女に代わって洗い物係をさせていただいている。
そんなわたしが、昨日は珍しく冷蔵庫を覗き込んでいた。作るものは初めから決まっていた。
ウインナー、卵、玉ねぎ、人参、ケチャップ、たくさん炊いて冷凍しておいたお米、よし、全部ある。

玉ねぎと人参をみじん切りにして、お水で少し洗う。ウインナーを輪切りにして、フライパンに温めた油で炒める。いい匂いがしてきたら、玉ねぎと人参を加えてしばらく炒める。途中で、塩胡椒をぱらぱらと振って、野菜がしんなりしてきたら、ケチャップを加える。わたしの好きなケチャップは、残り少なくなるとぴしゃあっと飛び散るタイプで、おまけにとても使い始めが開けづらいのだけど、味が気に入っているので、彼女にお願いして同じものをずっと買っている。ぴしゃあっと飛び散らせて、2本目があってよかった、でもやっぱり開けづらい。どちらかに捻ったらうまく剥がれるようだけど、いつもどちらに捻ったらいいのか全くわからない。これを上手に開けられる人はいるんだろうか。お米を解凍しながら、ケチャップと、お砂糖をぱらぱらと振って、トマトソースを作る。ごはんが解凍できたら、ボウルに移して、しゃもじで炒めたソースを混ぜ込む。じゃっじゃっじゃっ、と混ぜていたら、彼女から、なにかお菓子を作る時に、「切るように混ぜてね」と言われたのを思い出した。手が痛くなってもうだめだ~と投げ出して、もう疲れちゃったの?と呆れたように笑われた気がする。
鍵の開ける音とともに、ただいまー!と彼女が帰ってきた。台所のわたしを見て、目を丸くして固まっている。〇〇ちゃん、ごはん作ってるの?なに作ってるの?え、ごはん作ってくれるの?と目をキラキラさせて、お昼からほんとうに頭痛くてごはんどうしようかなと思ってた~!と言う。よかったよかった。
彼女がお風呂に入るのを横目に見ながら、卵を3つ割り、お砂糖を少し入れて、混ぜる。あたためたフライパンに油を少し広げて、卵を半分流し込む。
縁を剥がさないように破らないように、内側をしゃっしゃっしゃっとかき混ぜると、きらきらと光る、ふわふわの固まりがいくつかできる。お箸で支えながら、まあるく丸めて、ごはんの上に載せて、はい、できあがり。

彼女の体調を心配していたけど、お風呂から上がった彼女は、わあ美味しそう…と目をきらきらさせて、何回も美味しいね、美味しいねと言いながらぱくぱく食べてくれた。ふわふわだね、表面も綺麗な色だね、こんな特技隠し持ってたの?嬉しそうに楽しそうに食べてくれて、たくさん作ったのに、ちょっとしかなかった…もう無くなる…と言って、半分ほど残っているわたしの分をじっと見つめて、ついに残ったわたしの分までぺろりと食べてしまった。
昨日、久しぶりに台所に立ってみて実感したのは、料理をすると、とても暑いということ。先にお風呂に入ったのを軽く後悔するくらいには、じんわりと汗をかいた。火を扱っているのだから当然なのだけど、それにしても、あんなに熱いなんて。ちょっと愕然とした。微塵もそんな素振りを見せず、涼し気な顔をして次々にたくさんの料理を作ってしまう彼女。お弁当を作ってくれる彼女。 早起き、暑さ、手間。「いつもありがとう」というと「やりたいからやってるの!」と返ってくる言葉に、どれだけの愛情を込めてくれているのかを身を持って感じて、ちょっとぼうっとしてしまうくらい、衝撃だった。


わたしたちは、ふたりとも回転寿司が好きだ。理由を話し合ったことはないけれど、白身魚、赤身魚、お肉、巻物、茶碗蒸し、はたまた麺、パフェに至るまで、気の向くままどこまでも、なんでもござれな自由さが好きなんだと思う。
そんなところはよく似ている。
料理をつくる、洗い物をする。これからもきっと、それぞれの不得意を補い合って、得意を活かして暮らしていくのだと思うけれど、たまには足を伸ばして、得意じゃないことをやってみるのも新しい発見があって、おもしろい。目分量万歳、のわたしもいつかは計りを使って料理することがあるかもしれないし、泡のついたまま食器を乾かしかける彼女が、お皿洗いの達人になる日も来るかもしれない。
わたしが好きなホイップクリームを、彼女は苦手で、飲み物やプリンにクリームが乗っていると、いつもひょいっと掬ってわたしの分に載せてくれる。わたしのプリンはふたつ分のクリームを載せて、ゆあゆあと揺れる。反対に、火の通った魚介類があまり得意でないわたしは、海老や帆立を残した茶碗蒸しを彼女に半分あげる。
好きなものや得意なことが同じなのも、きっと素敵だと思うけれど、わたしは彼女との違いがなんだか嬉しくて、なんとも心地よいのだ。

この記事が参加している募集

スキしてみて

眠れない夜に

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?