だんだんと家族に、夫婦になれたらそれでいい。
人間だもの
感情的にもなるし、腹も立つ。
だけども、負の感情は引っ張らずに切り替えて、また普通に会話ができればヨシとしよう。
これが結構難しかった。
若い頃は・・・。
認知症の義母と生活をしていると、感情的にもなるし、腹も立つ。
いや、認知症が発症する前から、それはあったけど、家の中でも距離を置くことができたから、少なかった。
(おもいっきり距離置いてたし。)
義母の付いて出る言葉や態度に揺さぶられ、つい感情的になる。
そんな自分が嫌になり、自己嫌悪に陥る。
この間、初めて義母を泣かせた。
最近の義母は、ちょっとしたことで泣くので珍しいことではないが、さすがに少し焦った。だけど、私はあんたの言葉に若い頃、何回泣いたかしらないよ・・・。
あんたの前では絶対泣かなかったけどね。
その時は、さすがに義母との間にギスギスとした空気が漂い、「やっぱし義母とは話したくないわ」だなんて思ってた。
なるべく、近づかないでおこう。
近づくとロクな事しか、おこりゃあしない。
だけど、必要に駆られて会話をする。
「義母さん、今日は、デイサービスで髪の毛カットしてもらったの?」
「義母さん、そろそろご飯食べたら?」
「義母さん、このペットボトルのなかは「お水」が入ってるから、安心して薬を飲むときに使ってよ」
対する義母も、元々の性格なのか、認知症だからなのか、先ほどの感情はどこ吹く風で、私に聞いてくる。
「kakiemonさん、わしの洗濯物はどこ?」
「kakiemonさん、ちょっと使い方教えてくれへんかな?」
「kakiemonさん、今日のデイサービスに何を持って行ったらいいの?もしあれば教えてよ。」
デイサービスのお迎えの時間に、私がいるときには「行ってきます」「行ってらっしゃい」のやり取りもあるし、「お帰りなさい」と声を掛けることもある。
少し前まで、そう会話がなくても生活ができたけれど、今はお互いそうもいかない。
こんな私でも、さすがに相手が認知症のおばあさんともなると、親切心も湧いてくる。
あくまで叱らず怒らず穏やかに。
それでも、時には感情的になるし、腹も立つ。
だけど、いいんじゃない?と、自分に甘く優しく考えることにした。
何かのきっかけで、普通の会話ができているのなら。
少し前まで、義母との会話なんて見当たらない位しなかった。
義母もしてこなかったし、私も避けてた。
今も自分を守るために、ある程度距離を置くようにしているけど、会話はやはり「潤滑油」だということを実感する。
それは夫婦の関係も、そうだと年を重ねるにつれ実感する。
私たちは「会話」をすることで、夫婦関係が保たれていると実感することが多くなった。
ついこの間もそう。
夫の言葉が二転三転するクセで、私はいつも振り回されている。
お陰で、先日の予定も急変して、私はひとり家で取り残され、夫は自分の用事を消化するため出掛けた。
ちょうど薪の片付けを終えた頃で、精神的にも体力的にも疲弊していたそんな私を少しは気遣ってくれるものだと思っていたけど、予定は急変。
疲れていたこともあって、目の前を軽トラで通り過ぎる夫を見送ると、むしゃくしゃしてヒトリ悪態突いた。
誰一人いない家の庭で。
夫婦関係を築くうえで良からぬ言葉も、脳裏をよぎった。
そして思った。
もうしばらくは口はきかんとこ。
その決意は早くも夜には打ち砕かれた。
夫が喋りかけてきたから。
内容は何気ないこと。内容のないこと。
私はいつものように一瞬躊躇する。
まだ、負の感情を引きずっていないわけではない。
だけども、今まで何度となしに、ここで自分の感情を押し出して無視をすると、相手の怒りをかったりと、面倒になることは経験済みだし、結局は無駄なようにも思える。
だから、グッと感情を引っ込めて、何もなかったように会話に応える。
会話をしていると、腹が立っていたことも忘れる。
根を持つこともない。
若い頃とちがって、心身が充実しているからだろうか。
夫は最近、それを知っている気がする。
喧嘩の原因を作るのはたいてい夫だが、仲直りを仕掛けてくるのも夫。
会話に応えると、ギスギスした雰囲気は「雪どけの時期」を迎える。
それが、阿吽の呼吸で行われている気がする。
少し前までは、「雪どけの時期」までは時間がかかったことを思えば、
夫婦関係もそこそこ変わってきているのかもしれない。
昔は、夫も頑なに話しかけてこなかったし、私も話しかけてきたとしても腹の虫がおさまらなくて、随分と長い時間、無視をしたこともある。
それが無駄な時間だと自然に悟ったこともあるのだろうけど、息子が農業を継いでくれることで夫の負担が減ったり、私自身の心身も充実に向かっていて、それぞれが余裕ができたからかもしれない。
あとは、もしかして、この人とならずっと会話が続くかもしれないと思った、あの時の「勘」が当たっていたのかもしれない。
25歳の息子に対してもそう。
息子との会話が増えたのは、そう!昨年から仕事を一緒にするようになってから。
喜ばしい事かもしれないけど、接触が多くなった分、腹が立つことがある。
なにぃ?!その言いかた?!
だけど、次の瞬間には、何気ない会話が成り立っている。
仕事のこと。夫のこと。ばあちゃんのこと。友達の事。
考えてみれば、ほんと、たくさん喋るようになった。
特に夫へのことや、ばあちゃんへのことは、考えが共通しているところもあって話しがあう。
わたしにとって、家族間で「会話」が成り立ったり、「会話」の大切さに気付くことは、とても重要で奇跡だ。
実家では、誰かれなしに会話が成り立たなかった。
会話のない家庭だった。
それは、無口でクールな父と、心身の状態がよくなかった母と、まだまだ未熟だった私たち兄弟の組み合わせがよくなかった。
父とは喋らないし、母とは感情のぶつけ合いだし、弟や妹は私のことを見下しているから喋ってこないし、特に弟とは小学校高学年の時に大きな喧嘩をして殴られてからは一切口を利いていなかった。
もちろん、両親の夫婦間の会話も一切なかった。
弟は部屋に引きこもり、母と妹だけがボソボソと喋っていたような気がする。
私はそんな実家から逃げてきた。
だから、会話があるだけで、奇跡じゃん!と思う。
何かの拍子に、普通の会話ができたらヨシとしよう。
私はたぶん実父とも実母とも築けなかった、また別の関係を義父とも築いたと思うし、義母とも築こうとしているのかもしれない。
会話をしたその分だけは。
「腹も立てない。」「感情的にもならない。」
そこに焦点をおくと、きっと行き詰ったり潰れる。きっと。
はなれて住む娘にも、たまには連絡しよう。
だんだんと家族になる。だんだんと夫婦になるということは、こういうことなのか。
これは、自分への戒めも含めて残しておこうと記した記事です。
「会話」をすることが苦手なわたしが、まさか「会話」について思っていることが、これだけ出てくるとは思ってもみなかった。
だけども、まだまだ「会話」は苦手です。
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