見出し画像

輝く人になるための 映画『トラペジウム』感想

映画『トラペジウム』を見てきた。今日はその感想記事になる。

この映画、原作は乃木坂46の1期生が書いたらしい。元アイドルが描く、アイドルもの。キャッチーなフレーズだ。が、個人的にこの映画を視聴しようと思ったのはそこに惹かれたわけではなく。アニメーション製作会社がClover Worksなこと。そして、監督である篠原正寛さんが、今作品が初監督作品であったことが理由だった。

Clover Worksは、『ぼっち・ざ・ろっく!』で一世を風靡したアニメーション製作会社。そして、その『ぼっち・ざ・ろっく!』の監督である斎藤圭一郎はこの作品が初監督作品だったのだ。このClover Works×初監督、という組み合わせに、新たな斎藤圭一郎の誕生になるかもと、少しワクワクしてしまったのが本音。

ただ、大外れな作品の可能性もある。他のスタッフを調べてみると、脚本はご覧の通り多くのアニメ作品を担当している柿原優子というお方。

柿原優子所属シナリオ工房月光公式サイトより

これだけ経験豊富な脚本家が入っているなら、酷い作品にはならないだろうということで、見に行く決心をした。予告も悪くはなさそうだったし。

途中ネタバレがある。ネタバレ箇所の前に注意書きはしてあるが、気になる人は注意。


賛否両論になりそうな主人公

本作品の主人公、東ゆうは、アイドルに強い憧れを抱いている高校1年生。彼女は、自分の住む地域の東西南北から著名な美少女を集め、アイドルグループの結成を企む。ただし、最初からアイドルになろうとコンタクトを取るのではなく、友達になるために接近する。

その用意周到さは、彼女たちのパーソナリティを事前に調べ、それに合わせて予習の勉強をしておくほど。『エースを狙え!』が好きなキャラにはしっかりとマンガを読破しておき。ロボット設計が好きな子には、そのためにプログラミング言語を勉強する。狡猾に計算された状況で彼女は友達を作っていく。全ては自分がアイドルになるという目標のために。

つまるところ、自分の私利私欲のために、他人、いや友達を利用する。自己中心的という評価をされてもしょうがないキャラだ。ここで嫌悪感を示す人も多いだろう。


しかし、自分は彼女のキャラは嫌いではない。いや、むしろ好きだ。

たしかに、誠実ではないかもしれない。しかし、自分の目標を実現するために努力し、恥を捨てて実行するというその姿勢はすごく好感を持てる。自分自身の努力で目標に向かっているヤツは、悪役でも嫌いになれないのだ。

キャプテン・ブラボー理論。『武装錬金』より

むしろ、アイドルなんて特殊な存在になる人物は、彼女くらいの豪胆さがないとダメだと自分は思う。元の英単語、idolの原義通り、人々の「偶像」となるような人物は、生半可な人物ではあってならない。自分はそう考える。

少なくとも、自分を貫き通すだけの信念を持っておくべき、いや、持って居てほしい。自分がアイドル系の作品にどうしてもハマれない理由の1つ。アイドルを目指すにしてはハングリー精神が足りないという、その不満を打ち消してくれるような主人公だった。


クオリティは高い…が

総評としてどうなのかと言うと、よい作品だった、と言える。少なくとも、映画館に行ったことは後悔はしていない。

原作は未読なので、どこをどうカットしたかは分からないが、きれいに映像作品としてまとめていると思う。脚本家を信じた自分の選択は正解だった。アイドルグループの結成の過程も含めて、ドラマがある90分ちょっとの一本の映画とする。かなり難易度の高い要求だと思うが、これを見事に応えた構成になっていた。


作画もさすがのクオリティ。若干、キャラデザが暴走して『ぼっち・ざ・ろっく!』味が強くなりすぎているところもあったが、基本的には可愛らしく、魅力的にキャラを描けていたと思う。

1点だけ言うとしたら、彼女たちの初ライブシーン。遠景のカットでは、CGが使われているのだが、これが凄まじい違和感。おそらく、作画カットとしてかなり高コストになったための対抗策なのかもしれないが、手書きシーンとの調和はうまく行えていなかった。

そもそも、有名アイドルグループとして売り出されたわけではないのに、ダンスが高クオリティすぎる。そのせいで、劇中であのシーンだけ浮いていたと思う。素人女子高生のアイドルとして売り出すなら、もっとシンプルなダンスにして、手書きに統一すべきではなかったのだろうか。もしかしたら自社内のCG班を育てたかった、というClover Worksの思惑もあるのかもしれないが。


全体的に、クオリティの高い作品だった。しかし、『ぼっち・ざ・ろっく!』や名だたる名作映画のような、「人々を圧倒的に魅了する何か」があるかというと、そこまでではなかった。作中に何度も登場するワード、「輝くような存在」になるには、一歩足りない作品だったという評価になってしまう。

どうしてそうなったのか。それを考えてみたいと思う。
以降は作中の結末に関するネタバレがガッツリ入る。注意。






高校生らしい過ち

今作品の主要キャラ4人が結成する、「東西南北(仮)」というアイドルグループの物語は、バッドエンドで終わる。1曲だけリリースしたのみで解散するからだ。

元々アイドルに強い憧れがあった主人公の東以外のメンバーは芸能界のプレッシャー、厳しい環境に精神が限界を迎える。東はそんな彼女たちに理解できないと言い放ち、見向きもしない。当たり前だ。東にとっては、アイドルという理想の仕事ができているのだから。

そんな状態のグループが続くはずもない。彼女たちは元々は、ただの仲良しな友達の集まりだったのだ。アイドルを目指す覚悟ができたわけではない。結果的に東以外のメンバーが芸能界から引退し、グループは解散。主人公もただの女子高生となる。


昔の自分なら、身勝手な理由で友達を巻き込み、最後は破滅した東のことをざまぁ見ろと言ったかもしれない。でも、それなりに歳を取ってしまった今の立場から見ると、彼女の暴走気味な行動は、「若いなぁ」と思って羨ましく思える。すごく好意的に受け止められるのだ。

あそこまで自分の欲望をむき出しにし、他者とぶつかり合う。それって若さがないとできない行動だと思う。そのエネルギーをシンプルに羨ましいと思うし、結果はともかく、その過程には美しさがあると感じる。結果的には失敗に終わったが、高校生らしい失敗と自分は感じた。


アイドルグループとしてはバッドエンドだが、物語の結末は違う。最終的に、メンバーの4人は友達として仲直りをする。この4人が友達になれたのは、彼女の独善的な行動のおかげでもあったからだ。だから、アイドルとは関係なく、4人は友達でいようとなる。

そして時系列は未来に飛び、東のみ、アイドルとして芸能界の道を進んでいる様子が描写される。そして、最後は4人が友達として集合し、笑い合う姿が映される。最終的にはハッピーエンドで終わるわけだ。


少しご都合主義的な部分を感じないといえば、嘘になる。あれだけ荒れた人間関係が、元通りになるというのは少し違和感はある。ただ、結局のところ、この作品はそこが根底ではないような気がする。

今作品は主人公東が過ちから学び、真のアイドルを目指すためのきっかけのエピソード、という解釈をするなら、どうだろうか。あくまで、アイドルとしては失敗に終わっている。そして主人公はそこから学び、成功している。


輝きがない理由

自分は、この作品を主人公、東がアイドルになるための貴重な失敗の経験とそこから学びを得る作品と解釈した。ステップアップのためのまさに一歩目の部分のみを描いた作品だと思う。

彼女が後にアイドルとして大成するための原石のような部分、ハングリー精神は、たしかに描かれているが、結局のところ作中の彼女は未熟なままだ。その彼女がどのように芸能界へと羽ばたいていくのか、そこに関しては描かれない。

だから、この作品は非常に惜しい。たしかに、話としては良いエピソードだし、きれいにまとまっている。しかし、この作品はマイナスからゼロになっただけで、そこからプラスへと転じる部分が描かれていない。だから、大きな印象を残すことがなかったのではないだろうか。


もし、この作品が主人公、東がアイドルとして本当の意味で「輝く存在」になるところまで描ききっていたら、間違いなく名作になっていたはずだ。あるいは、別の方向性として、アイドルグループの中でぶつかり合う少女たちのドラマを描いても良かったのかも知れない。割り切って、少女たちの友情にフォーカスした作品だったら、印象は違っただろう。

だが、悲しいかな、どちらの選択肢を取るにしても、尺が足りなかったと思う。1本の映画としては詰め込みすぎだ。どんな名脚本家でも、グループアイドルの結成と失敗から物語を紡ぐという条件下では、今回の作品の結末が限界値のような気がする。

そういった意味で、今作品は与えられた素材の中では最適な回答を出している。単純に尺の問題で、輝く作品になれなかった。そう自分は解釈した。


断っておくが、原作批判をしたいわけではない。原作は、アイドルとして大成した人物がこれを書いている、というバックグランドがあるのだから。そんな人物が東のあの失敗を描く意味とは、という推察できる。

しかし、そうした背景を抜きにして単体の映像作品として見た時に、自分はやはり惜しい作品だなと思ってしまうのだ。この作品は、あくまで東というアイドルの成長譚の途上、エピソード0でしかないと感じてしまう。


一番好きなセリフは

色々と言ってしまったが、Clover Worksは応援している製作会社だし、今作品のようなチャレンジングな作品はもっと増えてほしい。何より、印象に残るセリフもあった。少し蛇足だが、紹介させてほしい。主要キャラではなく、主人公の母親のセリフだが…

すべてに失敗し、落ち込む東。自分は性格の悪い女だよね、と彼女はつぶやく。それに対して、母親は言うのだ。
「そういうところも、そうじゃないところもあるんだよ」と。
めちゃくちゃ良い。親として一つの正解な姿勢だと思う。

このことばを聞いた夜、彼女は解散して始めて涙する。すごくいいシーンだった。

この記事が参加している募集

アニメ感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?