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なぜSiRはニューアルバム『HEAVY』を最も個人的な作品と位置付けたのか?

カリフォルニア州のカーソンに拠点を置くレーベルであるTop Dawg Entertainment(TDE)は、これまでにラッパーのケンドリック・ラマーJay RockAb-Soulなど、成功を収めたアーティストを数々と輩出してきました。

後にケンドリック・ラマーはレーベルを離れましたが、2022年にSZAが発表したアルバム『SOS』は、全米チャート1位を獲得し、グラミー賞では9部門にノミネートされる大成功を収めました。また、新たにフィーメールラッパーDoechiiとの契約を結ぶなど、2020年代に入ってもTDEの勢いは衰えることを知りません。

今回ご紹介するのは、カリフォルニア州イングルウッド出身のシンガーSiRです。彼は2015年にインディーズレーベルFresh Selectsからデビューアルバム『Seven Sundays』をリリースし、その成功によりTDEと契約しました。

そして2024年3月、SiRは4枚目のアルバム『HEAVY』をリリースしました。本稿では、SiRのこれまでのキャリアと、最新作にスポットを当て、その魅力と成果に深く迫ります。

レーベル  : RCA Records & Top Dawg Entertainment
リリース日 : 2024年3月22日
名前    : SiR
本名    :    Sir Darryl Farris
年齢    :    37歳
出身地   :   カリフォルニア州イングルウッド


音楽一家のDNAを受け継いだSiRの軌跡

SiRは音楽一家で育ち、母親はマイケル・ジャクソンアニタ・ベイカーのバックシンガーであり、叔父はプリンスのベーシストでした。さらに、兄はラッパーのD Smokeとなっています。この環境の中で育ったSiRは、音楽に囲まれて育ち、その影響からか、彼は自らの才能を開花させることとなりました。

彼は兄や従兄弟たちと共にソングライティンググループWoodWorksに参加し、JaheimThe Pussycat Dollsなどの楽曲を手がけ、その後はGinuwineJill ScottStevie Wonderに楽曲を提供しました。この期間、SiRはシンガーとしても活動し、自らの歌唱力を磨いてきました。

そして、2015年にはD SmokeAnderson .Paakが参加したデビューアルバム『Seven Sundays』をリリースし、その翌年にはEP『Her』を発表しました。これらの作品が彼の才能を広く知らしめ、2017年にはTDEと契約を結び、同年には『Her』の続編EP『Her Too』のリリースへとつながりました。

2018年には、セカンドアルバム『November』をリリースし、翌年には3枚目のアルバム『Chasing Summer』(2019)を発表しました。この『Chasing Summer』には、リル・ウェインSminoJill Scottなどがゲスト参加し、SiRのキャリアハイとなる全米R&Bチャート5位を記録しました。
特に、ケンドリック・ラマーをフィーチャーした『Hair Down』は、YouTubeで5000万再生を記録するなど、多くのR&Bファンから注目を集め、この作品によって、SiRの音楽がさらに広く愛されるようになり、彼の才能がより多くの人々知られるようになりました。

SiR feat. Kendrick Lamar - Hair Down

TDEファミリーの絆:SiRの薬物依存との闘いとレーベルメイトの支え

こうしてSiRは待ち望まれたニューアルバムのリリースに成功しましたが、その間、薬物の問題や人間関係、精神的な苦悩に直面していたようです。

俺が実際に経験していたことを具体的に名前で挙げることは避けるようにしているんだ。自分の(選択した)薬物に力を与えないし、あくまで個人的なことだからね。でも、俺は完全な中毒者で、うつ病や人間関係の問題、家庭の問題など、対処しきれなかったことが発端だった。
俺は自己治療を始め、それはちょうど『Chasing Summer』の頃から問題になり、COVID直前の2020年に本格的にヤバくなった。
ある時期から、病気であることを隠しきれなくなったんだ。妻はそれが何なのかわからなかった。妻は俺が体調不良だと思ったんだ。朝起きると吐いていて、それが数週間続いたんだ。ただ、それが他の誰にも秘密ではなくなるところまで来たんだ。
厳しい質問も出てきたし、話す準備はできていたんだけど、どう話したらいいのかわからなかったんだ。多くの人にとって、それはとても恥ずかしいことだよね?一旦そのことを打ち明けたら、助けを受け入れるのはとても簡単なことだったし、自分が解決しなければならないことを本当に解決しようとしたんだ。

彼は、自身の薬物依存と精神的な戦いについて率直に語り、リハビリ施設に入ることで、自己許容とうつ病への対処を学んだようです。しかし、中毒からの回復は継続的な挑戦であり、2022年には再発もあったようですが、その後は前向きな変化を経験してきました。

俺は2021年に21日間リハビリ施設にいたんだ。2回目は2カ月間、3回目は厳密にはリハビリではなかった。個人セラピーを受けたんだけど、すごく効果があったよ。
俺がこれほど長い間病んでいた唯一の理由は、自分が犯してきたすべての過ちに対して自分を許すことができなかったことと、うつ病という本当の問題に対処していなかったからだと思う。それらの問題が解決すれば、そこからはすべてが明るくなり、前進することができた。
でも、一度中毒になると、常に中毒になる。俺は断酒に専念していたけど、2度の再発で2022年に挫折した。2023年は素晴らしい年だった。
いつもみんなに言っているんだけど、この話はもううんざりなんだ。ここ数日、ドキュメンタリーの撮影があったんだけど、その映像のためにドラッグをやっているフリをして、酔っ払っているフリをして、とても美しくて芸術的だけど、不快だったね。この会話でさえもね。俺にとっては不快ではないけれど、正直にならざるを得ないし、自分の言い分を伝えることが重要だから大変なんだ。

彼は、所属しているレーベルTDEの古株のメンバーであるSchoolboy QAb-Soul、さらにはIsaiah Rashadも過去にドラッグなどの依存症や薬物中毒者の経験をしており、レーベルメイトの彼らとの会話がお互いの助けとなったことを明かしています。

状況はとても似ているから、彼らとの会話はいつも愛に満ちているよ。状況は違えど、解決策はすべて同じだったね。みんなそれぞれ違う悪癖に走っていたけど、俺はAb-Soulとよく話して、自分の心を正すために彼に頼った。俺が経験していた時期、彼も同じような状況になっていて、全然気づいていなかったんだ。
俺たちは自分の経験について率直に話すようになり、それが依存症に陥っている間の助けになり、それが普通のことになった。やがて俺たち2人は健全な精神状態になり、会話はシフトしていったね。今はもうそういう話はしないけど、彼は俺の心を最悪の状態から引き離してくれた。
Sai(Isaiah Rashad)もそうだった。俺とSaiは、お互いに苦労しているのを見ていたんだ。誰かが勝つのを見るのは美しけど、自分のブラザーが復活するのを見るのはもっと美しいよ。Schoolboy Qも同じだね。彼に会うときはいつも愛に溢れていた。俺がめちゃくちゃなところに現れると、彼らはいつも同じように敬意を示してくれてね、それが大きな意味を持つんだ。

収録曲について

5年間の苦悩の末、ついに待ちに待った4枚目のアルバム『HEAVY』が完成しました。SiRはこのアルバムを自身の人生で最も個人的な表現と位置づけ、その中には過去の苦しい経験や感情が詰まっていると述べています。彼が「HEAVY(重い)」と表現するのは、曲を作る過程での精神的な圧力や苦悩、そしてその音楽を聴くことで過去の出来事が思い出され、彼を押し潰そうとするような感覚を指しているようです。

このアルバムは文字通り、これまでで最も個人的なものなんだ。こんな苦しみは二度と味わいたくない。「ヘビー」という言葉を聞くと、プレッシャーや重みを思い浮かべる。このアルバムでは、曲を書いているとき、俺にできることはダイヤモンドを作ることだけだったから、とても大きなプレッシャーを感じたよ。この曲たちは、俺が書いた小さなダイヤモンドで、俺から生まれた物語であり、俺の過ちから生まれたものなんだ。だから重く感じる。音楽を聴いていると、自分が経験したことが重くのしかかってくる。曲を流すと、体重が300ポンド増えたように感じるんだ。
4年の歳月がかかったね。前作から5年だけど、このアルバムをリリースするために必要な場所に自分を戻そうと努めてきたのは4年だ。聴いてもらうのにぴったりのタイトルだよ。

このようにSiRの思いが詰まった新作は、これまでのアルバムの中で最も曲数が多く、全16曲が収録されています。さらに、TDEのメンバーであるAb-SoulIsaiah RashadTy Dolla $ignAnderson .Paakなどの豪華なゲストが参加しています。

『Karma』

アルバムの3曲目『Karma』は、Isaiah Rashadとのコラボ曲で、2024年2月にリードシングルとしてリリースされました。この曲では、2人が自らの経験や感情について率直に表現し、自身の成長や困難、そして自己理解について歌っています。SiRは、自分の本当の姿を見せたいと語っており、歌詞の中で、自分の生活を普通に過ごしたいという願いを明かしています。

この歌詞の多くは、俺が自分の胸にしまっておきたかったことなんだ。自分の生活を普通にしたいんだ。SiRじゃなくて、Darryl(SiRの本名)でありたい。大抵の場合、俺はSiRだ。だってそれでお金をもらってるからね。そのことを忘れちゃいけないし、リスペクトしなきゃいけない。だから、俺が醜い一面を世間に見せるような歌詞を書いたんだけど、みんなが俺が健康で幸せでいて欲しいって言ってくれるんだろう?そのままにしておいてくれ。

歌詞の中で、彼らは自らが直面してきた課題や過ちについても率直に触れ、それを通じて得た教訓や成長についても歌っています。また、カルマという概念も取り上げられ、自分たちの行動が未来にどのような影響を及ぼすかについても考えています。

SiR with Isaiah Rashad - KARMA

『POETRY IN MOTION』

アルバムの7曲目『POETRY IN MOTION』は、Anderson .Paakとのコラボ曲で、この曲では、ドラムループがドレイク『Karaoke』(2010)からサンプリングされています。曲の中で、2人は自己確認や成功、そして人生について深く探っています。彼らは自らの経験や見解を共有し、困難を克服する決意を示します。彼らの歌詞は、自己成長と目標達成に向けた希望と力をリスナーに伝えています。

SiR & Anderson .Paak - POETRY IN MOTION

Drake - Karaoke (2010)

『You』

アルバム9曲目の『You』は、プロデューサーJ. White Did Itが手掛けた曲で、彼はカーディ・B「Bodak Yellow」「I Like It」といったヒット曲で知られています。個人的に、この曲は今作のハイライトです。

歌詞では、愛する人への思いや、共に過ごす特別な瞬間を表現しています。その大切な人を称賛し、その関係を祝福しながら、一緒にいる時間を心から楽しんでいます。さらに、その人への愛と感謝を込めた歌を作ることを誓い、感情を音楽に昇華させようと努めています。歌詞の最後は、愛する人に電話をかけて愛を伝えるシーンで締めくくられます。

SiR - YOU

『Life Is Good』

アルバム12曲目『Life Is Good』は、2022年8月にリードシングルとしてリリースされました。プロデューサーとしては、KhalidElla Maiの作品で知られるScribz Rileyが手掛け、さらに彼自身がシンガーとしてもゲストとして参加しています。
この曲では、タイトル通りに、人生を楽しむことや自由に行動することの大切さを歌っています。歌詞には、警察に捕まることなく車を運転する自由や、自分の意志で動くことの喜びが描かれています。さらに、カリフォルニアやトロントへの旅行を楽しむことを歌い、ポジティブな感情や自由な生き方を称賛しています。

SiR feat. Scribz Riley - Life Is Good

おわりに

5年ぶりの新作を発表したSiRは、まだまだこの業界では自分が新参者のように感じていると述べています。
そしてこの新作リリースを、今後のさらなる成功へのチャンスと捉えているようです。

正直、新参者のような気分だよ。俺のそばにいてくれたファンはたくさんいる。でも、まだ俺が誰なのか知らない人もたくさんいて、それは俺にとってはクレイジーなことなんだ。傲慢に見えてしまうから、そんな風に言いたくないんだけどね。ここ数年、俺たちは大きなインパクトを残してきたし、もっと大きなチャンスに恵まれるはずだと感じている。まだ、俺の時代ではないのかもしれない。
新しいファンも優しいし、彼らと一生懸命コミュニケーションを取ろうとしたし、スマホで繋がろうとしたよ。マネージャーは俺にインスタグラムをやらせようとするんだけど、俺はただスクロールしているだけ。(笑)
でも、そういう時期には、みんなのページにコメントしたり、できるだけファンに話しかけたりしているし、ニューシングルやたくさんの新しい人たちが来てくれて、昔のファンに再会したり、新しいファンに紹介されたりしているのを見るのはとても素敵なことだよ。

SiRが語ったように、最新作『HEAVY』は彼自身の人生の試練や成長を反映した生々しく感情的な作品となっています。このアルバムには、過去5年間に彼が経験したさまざまな困難や葛藤が歌詞やメロディーに込められています。従来のR&Bが恋愛や失恋ソングを中心に歌ってきた中、SiRの今作は、美しいメロディーとは対照的に、ヒップホップに通じるリリシストシンガーの側面を魅せています。

同様に、彼を支え、回復に大きな役割を果たしたTDEのメンバーAb-Soulも、2022年に6年ぶりのアルバムを発表し、さらに、Schoolboy Qも2024年に6枚目のアルバムをリリースし話題となりました。これらの動きを見ると、TDEとしてはSiRの復帰作が今後のレーベルの方向性を占う重要な要素となるかもしれません。

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