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変動と変容の狭間


 今秋の記録的な暑さは人間だけでなく、他の動植物にも当然影響を及ぼしていることだろう。
専門家による予測では、将来的には日本の四季が消え、乾季と雨季の二季になるという。この状況はその前兆ということなのだろうか。
11月とは思えない怪しげな生暖かい風。急な突風と大雨。紅葉するはずの樹々がなかなか色付かずに、途方に暮れながら立ちすくむ。
秋の花も戸惑うようにいつまでも咲き、蝶は秋の花の周りを舞い、蟻が枝葉を彷徨っている。

その一方で、人間社会は中東での惨劇が収まらない。これほどまでに人間の狂気とは底なしに根深いものだったのか。

世界平和を目指して作られたはずの国連はまったく機能せず、シオニストに政権を乗っ取られたアメリカの覇権も弱体化。安保理常任理事国ロシアは、敵対するネオナチ政権のウクライナとの戦争を止めないどころか、温存している空軍力を使った中東への侵攻を模索。イランとイスラエルとの敵対関係も一触即発の危険を孕んでいる。

変動する季節と社会情勢。この現実を直視しつつ、いたずらに不安や恐怖に巻き込まれることなく、どのような状況になろうと、常に何が最も大切なことなのか、できることは何かを見つめていく。危機の時代にあって、よりいっそう内なるセンタリングが問われているのだと思う。


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昔、インドにいた時に聞いた話だが、「」の進化はまず魚から始まるとのこと。やがて地上動物へと進化し、長い長い時間をかけて様々な形態を経験し、最後は「牛」から「人」へと転生する。
魚から人に進化するまでにかかる所要時間は、およそ50万年

地球に最初に「人」として生まれた時代は、人それぞれだ。以前ヒーリングワークをしていた時、原始時代に生きていた過去生を思い出したクライエントの方がいた。突然ぎゃあと叫んだので、どうしたのかと聞くと、マンモスに踏みつぶされたことを思い出した、と言った。
遠い過去から何十回も繰り返している人もいれば、今生が初めてという人もいる。他の惑星が起源ということを思い出す人もいれば、地球が出身地という人もいる。

魂にとって、どうやら地球は「愛」を学ぶためのステージのようだ。やっとのことで辿り着いた進化の最終段階としての「人」は、言わば地球という学校を卒業するための卒業論文を書いているような段階に当たるのだと思う。

この先には、また別の進化したステージが待っている。今地球生命ガイア自体もまた宇宙の流れの中で、新しい進化のステージに入ったと言われている。
それ故に、これまでに「愛」を学ぶことができなかった魂は、今後地球には転生できず、死後別の惑星に転生し、再び魚から進化のプロセスをやり直さなければならなくなるという。




余談だが、2600年前のこと、釈迦が説法をしていたある広場に、毎朝一頭の牛がやってきた。まるで釈迦の説法に耳を傾けているかのように、人々の輪の外で静かに寛いでいた。この牛の魂は、その後「人」へ転生することなしに、直接悟りを開き、その先のステージに進んでいったという。
このような牛はごく稀な存在で、ほとんどの魂は人間に生まれ変わる。

物質世界という過酷な状況に、思い通りにならない肉体を持って生きることは、苦しく辛い大変な試練となるが、まったく異なる視点から俯瞰すれば、その先のステージに進むための貴重な機会と捉えることもできる。

物質的次元では不平等不条理極まりない世の中だが、生死を超えた魂レベルでは完璧な平等世界なのだ。

2011年に起こった東日本大震災では、死者行方不明者の方は二万人以上に上る。ある超能力者の透視によると、この中には人間としての「愛」を学ぶステージを卒業し、その後地球に生まれ変わることなく、進化した優良星へ転生した波動の高い魂がとても多かったという。
今、日本人として生きている人の中にもまた同じような段階にある方が多いのではないかと思う。


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ところで先日、博多で開かれた「ネドじゅん」さんの講演会を傍聴した。
7年前に突如頭の中の自動思考が完全停止するという「悟り」に至り、その後、悟りに至った御自身のプロセスを伝授することによって、人々の心と身体の健康を取り戻すサポート活動を2年前から行っている方だ。

noteでの人気もさることながら、著書の売れ行きも凄いらしい。いまや全国各地での講演に奔走し、日本の精神的支柱としての存在感が徐々に高まりつつあるといった気がする。

ネドさんは講演としての九州は初上陸とのこと。ネットではいろいろな動画をすでに拝見していた。実際に直接お話を聞くのはこれが初めてだった。

講演が始まる前、ネドさんはすでに会場で傍聴者と雑談されていたが、そのお姿や話しぶりは、どう見てもごく普通の「大阪のオカン」。

ところが講演が始まるや否や、突然モードがガラリと変わった。

講演のタイトルは「意識の変容と出現するアカシャ世界」。
思考から言葉が出てくるのではなく、ネドさん個人が消え、周囲に広がる大きなエネルギー場からネドさんに吸い込まれるようにエネルギーが集まり、ネドさんの口からすらすらと話が出てくる、そのような印象だった。
ネドさんのnoteの記事を読むと、どうやらそれは「一段階大きな意識」と呼ぶものではないかと思う。

特に印象的だったのは、人間の身体の役割について。

左脳による自動思考が停止し、意識が右脳にシフトすると、それまで頭部のみに集中していた意識は、首から下の身体全体と繋がるようになる。
この状態になると意識は過去と未来を彷徨うことから離れ、今ここに在るという状態になる。
常に幸福感に満たされ、身体は健康を取り戻すことができる。

この人間の身体は本来、宇宙と繋がるための「受信器」のような役割を担うもの。
ネドさんはこのことを「ネオ縄文」と呼んでいる。
かつての縄文人は宇宙と繋がって生きていた人々だった。

身体を経由して、宇宙に偏在する情報の貯蔵庫「アカシックレコード」と意識が同調すると、今この瞬間必要とする過去現在未来に関する情報が直感として瞬時に意識化される

録音もメモも取っていなかったので、正確な文章ではないが、おおよそ以上のような内容だったと記憶している。詳しくはネドさんのnoteの記事やネッド動画、著書などを参考にして頂きたい。



アカシックレコードの概要

アカシックレコードの「アカシック」はサンスクリット語の「アーカーシャ」に由来し、その英語的な変化形である。アーカーシャは近代の西洋オカルティズムではエーテルに相当するものとされたが、元来はインドの伝統的な概念であってオカルト的、ニューエイジ的な意味合いはない。アカシックレコードという言葉は全く近代ヨーロッパ的な用法である。近代神智学を創始したヘレナ・P・ブラヴァツキー(1831年 - 1891年)はアーカーシャを生命力のようなものとみなし、これを以てアーカーシャは神智学の用語となった。

アカシックレコード、アカシャ年代記は、神智学協会のブラヴァツキーが最初に使った言葉、もしくは同協会に属し、のちに人智学を提唱したルドルフ・シュタイナー(1861年 - 1925年)が作った言葉と言われる。シュタイナーは、透視能力のある意識のみが近づくことができる宇宙の超感覚的な歴史、「世界で起こったあらゆることが記録されている」「巨大な霊的パノラマ」を「アカシャ年代記」「アカシアの記録」と呼んだ。近代神智学系の思想家・オカルティストたちによると、物理界・星幽界・神界・天空などの世界の果てに、それを取り巻くように不思議な境界線が遠く伸びており、ここには全宇宙の歴史が時間の流れにしたがって配列されており、これがアカシャ年代記・アカシックレコードであるという。アカシックレコードは解読不能な言語によって記された書籍に喩えられる。

近現代の神智学や人智学だけでなく、現代のニューエイジ文化の用語としても使われるようになり、神智学の影響を受けた心霊治療家・心霊診断家エドガー・ケイシーが使ったことで一般に知られている。ケイシーは催眠状態で病気の診断や予言を行ったが、彼が催眠時にアクセスしていたとされる潜在意識無意識)の次元、これまでに経験した全ての事柄が刻まれた「霊的な記憶庫」が、のちに神智学の用語に倣って「アカシックレコード」と呼ばれるようになった。

Wikipedia



ネドさんの講演に関して、もう一つとても興味深かったのは、質疑応答。傍聴者の数人が個人的な質問をしたが、どのような質問に対しても、考えたり、迷ったりせず、的確な答えが瞬時に返ってくる。それは蓄積した知識からではなく、まるで質問者のことを何もかもすべて理解した上で答えているような話しぶりだった。

御本人は「『私』が答えているわけではない。」と仰っていた。

確かに、知識に基づく個人的な理解という雰囲気がしない。背後に偏在する「智慧」の宝庫のようなものがネドさんを通して淀みなく流れているというような感じがする。その源泉がいわゆるアカシックレコードであり、周波数が同調するという現象なのだろう。

また質疑応答の中で、これから先、人類が困難な時期を迎えることをとても心配しているとも仰っていた。おそらくそれは第三次世界大戦のことを意味しているのではないだろうかと思う。

刻一刻と世界情勢が悪化していくのを、私たちはただ傍観するしかないのだろうか?

40%の日本人の意識が変容すれば、人類全体に変容を起こす可能性がある」とネドさんは言う。

この危機的状況の中で、集団的な意識変容が起こるとすれば、その可能性が最も高いのは、世界を見渡しても日本人ではないかと思う。

以前インドのアシュラムという探求施設において、世界60カ国から来ていた様々な国籍の人たちと共に過ごしたことがある。
「自分」という固定観念にがんじがらめになって、そこから抜け出せずにもがき苦しんでいる現代人の中で、日本国内にいる日本人には純粋なハートを内奥にしっかりと温存している人が、意外と多いのではないかと感じた。




ネドさんの教える変容プロセスの主軸である「エレベーターの呼吸」法は、実にシンプルなもの。特に過去において修行や探求の知識経験がまったくない人にも、心と身体の劇的な変容をもたらしているそうだ。

呼吸を見つめることは、世界中にある多くの瞑想法やヒーリングワーク、スピリチュアルセラピーに共通する基本中の基本であり、同時に深い呼吸をもたらすことは最終的なゴールでもある。

人が生まれた時、一番最初にすることは息を吸うこと。
そして死の直前、最後にするのが息を吐くこと。
この最初と最後の呼吸の間に人生があり、呼吸の深淵に人間存在の秘密が隠されている。

以前インドで毎朝6時から行っていた瞑想では、まず最初にできる限り速く激しく混沌とした息を鼻から吸う。吐く息は全身から絞り出すように思い切り出す。すると10分ほどで体内は酸素過多状態となる。体の中に埋もれていたネガティヴなエネルギーは我慢できなくなり、爆発的な感情解放が起こる。10分間続けると、身体の抑圧的なエネルギーは相当解消できる。その後両腕を上に上げ、10分間ジャンプし続ける。やがて尾てい骨にあるクンダリーニエネルギーが上昇し、深い瞑想状態に入ることができる。

しかしネドさんの提唱する呼吸法は、こうした感情解放を伴わないシンプルな呼吸法を、日常生活の中や、通勤途中の電車の中、仕事場などで静かに実践することによって、深い変容に至ることを証明してみせた。

これは人類史上たぐいまれな奇蹟の呼吸法だと思う。



日本から世界へと広がる変容の輪。
自我を超越した境地から「愛」の波動が伝わっていく。これが実現したなら、本当に世界が平和に近づくのかもしれない。

この秋のひととき、青い空を見上げ、陽の光の暖かさを感じ、咲き乱れる花々を見つめ、鳥の鳴き声を聴き、身体の中に出入りする呼吸を見守る。
変動する季節、激動の時代にあって、今ここに在ることを想う。
変動と変容の狭間に生きる私たち現代人。
愛は起点となり、平和が終点となると思う。


ネドじゅんさん


 

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P.S. 講演会の帰り道博多駅構内に展示されていた博多人形「卑弥呼」に見入ってしまう
こんな女性が日本から登場し世界の救世主となったらカッコいいな

博多人形師 川﨑幸子氏作
https://hakatadoll-kawasaki.jimdofree.com/




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11月の草花
北九州市 県立中央公園花の丘 






































































Plus Fort Que Nous
Melody Gardot & Philippe Powell

「愛は私たちよりも強い」
https://seiunsha-co.com/%E6%98%A0%E7%94%BB%E3%80%8C%E7%94%B7%E3%81%A8%E5%A5%B3%E3%80%8D-lamour-est-bien-plus-fort-que-nous-%E5%92%8C%E8%A8%B3%E3%80%80%E3%82%A2%E3%83%8C%E3%83%BC%E3%82%AF%EF%BD%A5%E3%82%A8%E3%83%BC%E3%83%A1/



ありがとうございます



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