見出し画像

うぬぼれゲーマーが27歳で2社役員に。挑むは地方と最前線の「接地面」

株式会社DERTA(デルタ)は、地方企業や地域に根ざした課題を「デザイン」「デジタル」そして、起業家・クリエイターが所属する「共創コミュニティ」の力で解決する会社です。
2022年に設立したDERTAには、3度の起業を経験した代表の坂井をはじめ、PM・UXデザインやマーケティング・SNS戦略など、さまざまな専門領域を持つメンバーが在籍しています。

今回は、DERTAの立ち上げメンバーかつ取締役CMO(最高マーケティング責任者:Chief Marketing Officer)である丸山さんにインタビュー。

DERTAの他にも、アプリ・Webサービスの開発・運営/企業向けプロモーション支援を行う株式会社RipariaのCOOを務め、26歳の時に創業期ベンチャー2社の役員に就任。DERTA役員から「経営の解像度が高く年齢を忘れて会話ができる」と言われる丸山さんが、これまでどのようにキャリアを積み上げてきたのか、DERTAで挑戦したいことなどを聞きました。

丸山 太一
専門学校を卒業後、マーケティング企業で約2年勤務し、広告代理店へ転職。WEB事業部を立ち上げ、部長として約3年勤務。2021年6月に株式会社Riparia COOに就任。同社にてフォロワー1万人越えのインスタメディア「新潟暮らし編集室。」の運営も行う。2022年、新潟で株式会社DERTAを設立し、同社CMOを務める。

自負心を砕かれた社会人スタート

ーーー どんな学生・新入社員だったのか、教えてください。

僕、専門学生時代はごく普通の学生でした。友人と遊ぶか、ゲームをするか、バイトをするか。就活の時期に参加した合同説明会でなんとなく「かっこいいな」と思った新潟のマーケティング企業に新卒で入社しました。

正直なところ、マーケティングが何者でどんな業務をするかなど、あまり知らなかったんです(笑)もちろん最低限の職業研究などはしましたが、社員の雰囲気などに惹かれて入社を決めた感じでした。

なので、入社してからは大変でしたね。いかにこれまで社会と向き合わず適当にゲームだけで過ごしてきたか気づきました。自分で言うのも恥ずかしいんですが、僕、運動も勉強もそれなりにできた方だったんです。

趣味のゲームでは気づいたら東アジアサーバートップ100にランクインしてたこともあります。やっている最中はただただハッピーで、10時間連続でプレイしたり。上手くなるのが純粋に楽しいんですよね。少しやれば人よりいい成績が残せるので、自分はやればできると思っていたし、なんなら「天才だな」くらいに思っていた。

でも実際は、PowerPointとExcelがぎりぎり使えて、簿記3級の資格を持っているくらいのスキルセット。KPIって何?という状態だったので、マーケティングやプロモーション、ビジネス全般に関する言葉を覚えるところからのスタートでした。

加えて大変だったのが、クライアントワークという業態です。入社後いきなりマーケティング担当者としてお客様の前に立たなければいけません。さらに、退職されるWeb制作系の先輩からお客様を引き継ぐことに。ベンチャーなので担当者が少ないんですよね。既存の在籍メンバーはすでに仕事があるので、空いている自分に回ってきちゃうんです(笑)

ただでさえマーケティングを勉強中なのに、さらに保守も含めて30件ほどのWeb制作案件も担当することになりました。やっとマーケティング案件の提案書が作れるようになったと思ったら、Web制作のお客様から電話がきてホームページの表示がおかしいと言われたりする訳です。ホームページがどう動いているのかも知らない僕宛に、ですよ。

Web制作の先輩は退職済みなのでググるしかない。唯一の救いだったのが、外注先として手伝ってくれていた丸山さんという方の存在でした。分からないことがあると、とにかく丸山さんに電話をかけていました(笑)お客様からこんな依頼があったんですが、この部分修正しちゃっていいんですか?とか、何から何まで本当に1日中助けてもらいましたね。

彼とは同じ苗字という偶然や、漫画やゲームが好きな共通点もあり意気投合。その1社目時代から現在に至るまで形を変えながらお仕事をご一緒させてもらっています。同じ名前でマーケターとエンジニア。スティーブ・ジョブズとスティーブ・ウォズニアックのような関係性みたいだな、なんて勝手に思ったりしています。

この頃はとにかく学ぶことに必死で、他の人から見たら随分げっそりしていたんじゃないでしょうか(笑)

踏ん張れたのは、世間知らずなプライド

ーーー どうして環境のせいにせず、そこまで貪欲に学ぶことができたのでしょうか?

辛かった時代を乗り越えられた理由は、2つあると思っています。

一つは、世間知らずだったこと。忙しくて友達とも飲みに行けず、社内に年の近い同僚もいないという環境だったので、僕以外の新入社員がどう過ごしているか知らなかったんです。「社会って厳しいな。これは世の中のお父さんくたびれるのも当然だよ」と思いながら、自分も追いつくために頑張らなきゃ。という気持ちだけでした。

もう一つは、幸か不幸か耳くそくらいのプライドがあったことです。学生時代、それなりに自分はできる方だと思っていた自覚があったので。「自分の理想を裏切りたくない。こうありたいという像から外れたくないな」という気持ちが強かったんだと思います。

その環境が、1年半くらい続きました。

いま振り返ると、あのとき踏ん張れてよかったなと思います。かなり密度の濃い時間を過ごしたおかげで、一般的なペースでやっていたらなかなか到達できない場所に早めに到達できたので。

顧客に教わった視座の高さ

ーーー 20歳ほど年が離れたDERTA役員から、丸山さんは「若いのにとびぬけた戦略理解度で本質をつかむ力がすごい。年齢を忘れて対等に話せる」と絶賛されています。なぜ20代で経営の解像度がそこまで高いのでしょうか?

基本的に、知見や視座って複利的な増え方をすると思っているんです。一定レベルまで視座があがると見えることが増える。僕は、はやく“次”が見える段階にたどり着けたから、人より早く有効な学習時間を過ごせたのだと思います。

一般的に大卒だったら3年目、4年目の段階で社会や自社業務が分かりはじめ、“次”に目を向けるタイミングですよね。僕は専門卒業後20歳から働いているのでそもそもスタートが2年早いんです。

そのうえ、日々対峙するお客様が決裁者さんであることが多かったことも幸運でした。視座の高い方々と対峙する環境で社会人をスタートできた。なので、役職者が普段何を考えていて、何がビジネス上のキーになるのかという勘所に20歳で触れることできたんです。

もし経営や戦略理解の解像度が高いと感じてもらえているのだとしたら、それは若いうちに経営の勘所を知って、必要な周辺知識を手に入れざるを得ない環境に身を置いていたからだと思います。

いま思うと、社会人をスタートした頃、自分の提案にお金を出してもらう理由をきちんと理解できていなかったように思います。何かを決めるうえで、何が検討材料として必要なのか。そもそもどんな費用対効果を求められているのかを考えていなかったんですよね。

あるお客様から言われたんです。「30万円が高いか安いか、つまり妥当かどうかは正直どっちでもいい。極端な話だが、30万円だろうが300万円だろうが、それが5倍、10倍になると言われたらわたしたちはやる。でも30万円が1.2倍になるかも、くらいならやらないよ」と。

この話を聞いて腑に落ちたと同時に「僕の提案では選ばれないな」と気づいたんです。それまでは、商談の場では自分の仮説を証明し、商品を売るための材料を集めにいっていたように思います。営業用の商品を売りたかったら商談では営業に困っていると言わせにいっていた。

それ以降、商談前にこの会社にとってこの費用は高いか安いか。予算確保の状況はどうなのか。など、先方の経営における観点での仮説を複数推測するようになりました。とはいえ、事前情報はあくまで仮説。商談の中でその企業が本当に困っている部分はなんなのかを、きちんと探りに行くようになりました。仮説が違っていたら、日を改めて再提案させてもらう柔軟さも持ち合わせるようになりました。

これがたしか22歳とかですね。

閉じたネットワークの「外」を求めDERTAへ

ーーー DERTAジョインのきっかけを改めて教えてください。

その後、お声掛けいただいた長岡の広告制作会社に転職しました。新設されたWeb事業部の立ち上げを任される形で部長になり最終的には4人ほどのチームを持ちました。Web事業部と兼任する形でグループ会社の企画営業部も担当し、自分の領域を広げていきました。

課題だったのが、営業と採用です。Web事業部は立ち上げたてなので当然Web関連の仕事がなく、ゼロから開拓営業しました。それと同時に、デザイナーやエンジニアの採用も進めなくては事業発展しないという危機感もありましたね。

地域の閉じたネットワークだとどちらも詰んでしまうなと思っていた。なので、似たようなWeb系の仕事をしている方々と、どうにか繋がらなければいけないなと考えていたのがちょうどこの頃です。

見識を広げるため外の広がりを欲していた当時、久しぶりにお会いしたのがDERTA代表の坂井さんです。坂井さんとは1社目を退職して早いタイミングで、先輩から紹介されて一度食事に行かせてもらったことがありました。それ以降特に接点はなかったのですが「DIGITAL DIRECTORS DISCUSSION NIIGATA(現:デルタ新潟)」という名前の、ディレクター・プランナー向けイベントの登壇者としてお声掛けいただいたんです。

エンジニアのコミュニティはあるけど、新潟県内のディレクターやプランナー向けのコミュニティってないよね。という課題感からスタートしたもので、ちょうど立ち上げのタイミングでした。最先端の技術について学んだり、その情報をシェアする場が必要だという考えのもと開催されたイベントです。

ここでのご縁が非常に良いものだったんです。発起のタイミングでイベントに誘ってもらったこともあり「デルタ新潟」という任意団体の副代表としてずっと参加させてもらいました。

こういったイベントを3年ほど継続。次第に「デルタ新潟」の活動が認知されはじめ、新潟県から講演依頼などのお話をいただいたりするようになりました。確かこの頃から法人化についても検討しはじめたはずです。

2社同時立ち上げの相乗効果

ーーー 当時、さらに転職され創業期であるRipariaのCOOを務めていたと思います。兼任でのDERTAジョインに不安はなかったのでしょうか?

RipariaにCOOとしてジョインし、半年ほど経ったタイミングでした。もちろん時間が限られますし、両立への不安はありました。ただ、DERTAの活動に参加すること自体に何の迷いもありませんでした。

だってそれまで3年間くらいずっと一緒にやってきた人たちだったので。会社化する前から週次でミーティングをして、イベントを企画運営してきた。これまでの延長線上で本格化していくんだな、という感覚でしたね。実際は思った以上に規模も関わる人も大きくなっちゃって、創業当初には見えなかった世界にきちゃいましたけど(笑)

ーーー DERTAではどのような動き方をされているのですか?

DERTAでの僕の動き方は、講師として登壇し企業向けにマーケティングやSNS戦略についてお話ししたり、サービスの戦略立案・企画実行。他にも、お客様の課題にマーケティング領域があれば担当したり、とにかくなんでもやってきましたね。4時間分の登壇資料を170枚くらいつくることもありました。脳みそを使うことと手を動かすこと、どちらも担当しています。

1年少しやってみて思うことですが、創業期の2社を兼業するのはおすすめしません(笑)

Ripariaが3期目のときに、DERTAが創業でした。とはいえ、Riparia創業初期は代表室田がほぼひとりでやっていたので、3期目といえど提案書フォーマットも何もかもこれからつくり上げていくフェーズ。結果、2社の立ち上げ期だったので、2022年の一年間は何をしていたか正直あまり覚えていません(笑)

タイムマネジメントや時間の切り分けに苦労しましたし、基本的に四六時中何か考えている状態。会社の立ち上げって、1社が安定してからやるべきですね(笑)反面、フェーズが近いので転用できる課題や考え方が多くありました。どちらか1社がある壁にぶつかったら、もう一方の会社では早めに対処できたりしたのはよかった点ですね。

何よりいいなと思うのが、DERTAの役員陣。すごいんですよ、フィジカルが。僕が一番若いのに、一番フィジカルが弱いんじゃないかな、と思わせてくれる。やりたいことがどんどん湧いてきて、エネルギーが尽きないんですよね。エネルギッシュな人たちを尊敬のまなざしで見ています。

僕は、自分で旗を立てたり内側から意欲を沸かすのが実は苦手で。良くも悪くも環境に適応していくタイプなんです。なので、基本的にぬるく生きている。でもDERTAメンバーに日々かっこいい背中を見せてもらい、非常にストレッチを効かせた環境に身を置かせてもらっている感覚です。

加えてみんな、並列で走ってくれるんですよね。20歳以上年齢が離れている人もいますがフラットに話してくれる。これは創業前のデルタ新潟コミュニティのころからです。先入観なく、僕のような若造でもフラットにチームとして動かせてもらえる感覚がある。そこもすごく好きなポイントです。

これが「地方で」というのが、また熱いですよね。

DERTAは、地方に必要な「最前線」との「接地面」

ーーー いまDERTAが新潟に必要な理由をどう捉えていますか?
技術やコミュニケーションのトレンドは日々変化しています。本来、その「最前線」を一番必要としているのは課題だらけの「地方」です。一方で最前線のトレンドを活用するためには、新潟という地域にローカライズすることが不可欠です。

その点、DERTAに参画しているメンバーは、ほぼ全員が兼業や2社経営などビジネス的に多様なんです。あまり地方では例を見ない組織のあり方。様々なバックグラウンドやスキル・観点を持つメンバーが在籍しているからこそ、DERTAがこのトレンドをローカライズして新潟にインストールすることができるんです。その「接地面」になれるのがDERTAだと信じていますし、挑戦していきたいと思っています。

ーーー 最後に、ここまで読んでくれた方へメッセージをお願いします。
恐縮しますね(笑) 地方はまだまだ圧倒的にプレイヤーが不足しています。特に新しいサービスや文化ほどそれは顕著です。例えば、サービスが盛り上がってから暫く経過しているTikTokでさえ、動画制作やアカウント運用ができる人はほとんど存在していないのではないでしょうか。

若輩で今まで積み上げてきたものなんて無い。自分みたいなそんな人間が存在感を発揮するのに、実はうってつけの時代なんじゃないかなと思っていますし、実感しています。地方はまだ空いている椅子ばかりです。年代の近い方が隣や向かいに座ってくれると嬉しいです。一緒に頑張りましょう!