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わが街の伝統産業  福井県・敦賀市

第45回 福井県敦賀市 〜命のビザでやってきたユダヤ人を温かく迎え入れた人道の港はおぼろ昆布生産量85%の街

 3月16日から金沢~敦賀間が開業した北陸新幹線。多くの福井県民の悲願がかなった。これで関東地方から行きやすくなり、経済効果が期待される。最終駅である福井県敦賀市は県の南西部に位置し、人口は約6万人。日本海に面しており、敦賀港は江戸時代に北海道から大坂までに至る西回り航路で、食材や物資の集積で北前船の寄港地として栄えた。

 その際、特に重要で取り扱いが多かったのが昆布であった。北海道の昆布が敦賀港で荷揚げされ、琵琶湖の水運を使って大坂や京へ運ばれて昆布の加工生産がはじまった。故に、敦賀市はおぼろ昆布の生産量が全国シェア85%を占める一大産地となっている。

 おぼろ昆布は、職人が手すきで薄く削ったもので、芸術品のような美しさがある。ただ、手作業なので削れる量には限りがあり、非常に少ない。機械作業で大量に仕上げることができるとろろ昆布とは決定的に異なる。1枚1枚、手で削っていくおぼろ昆布の薄さは0.01mmほど。
 
 向こうが透けて見えるほどに薄い。1kg削るには、最低1時間以上かかる上に包丁を何度も研ぎ、切れ味を保たなければいけない。非常に手間がかかる作業である。

 おぼろ昆布を削るというのは、おぼろ昆布を作るだけではなく、鯖寿司をおいしくするという役割もある。鯖寿司に載っている昆布は、白板昆布といい、手加工によるおぼろ昆布でしかできない。昆布を両面削ると最後に白い芯の部分が残る。その芯の部分をきれいに切ったのが白板昆布である。

 おぼろ昆布には、表面の黒い部分を削った「黒おぼろ」、黒い部分から中の白い部分まで削った「むき込みおぼろ」、さらには中の白い部分だけを削った「太白おぼろ」がある。

 北海道から運ばれてきた利尻昆布や羅臼昆布などの高級昆布を最盛期には600~700人の昆布職人がさばいていたが、コロナ渦前には120~130人。今では平均年齢が70歳で100人前後と職人の数が減ってきているのが課題となっている。

 敦賀港は、かつて海外との貿易の拠点でもあり、郵便や国際列車の経由地として大きく栄えた。明治時代から昭和初期にかけ、ヨーロッパ諸国との交通の拠点であった。

 中でも、第二次大戦時にはナチスから逃れるためにユダヤ人が、当時のリトアニア駐在の外交官である杉原千畝氏が発給した「命のビザ」で敦賀に上陸した。その際に、当時の敦賀の人々たちは温かく迎え入れた「人道の港」とも言われている。

 最後に敦賀市には「気比の松原」というアカマツとクロマツが入り混じる海との風景が約40平方メートルにも及ぶ素晴らしい景観がある。白砂青松の景勝地で、国の名勝にも指定されており、静岡市の美保の松原、佐賀県唐津市の虹の松原とともに、日本三大松原といわれている。

  提供:伝統産業ドットコム

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