第二十三夜 熱にうかされて…… 前編

 平安時代、身分の貴賎にかかわりなく、疫病は人々を襲った。
 そして人々は、貴族も奴婢も同じように、疫病に対して無力だった。
 疫病は悪霊やもののけの仕業と考えられ、人々は僧侶や陰陽師による加持祈祷で、疫病を追い払おうとしたが、疫病は人々の努力をあざ笑うかのように、猛威を振るい続けた。
 今日、我々は、同じように目には見えないものであっても、細菌やウイルスを、悪霊やもののけと同じように考えることはなく、科学の力でそれに対処する。しかし、科学が未発達な平安時代において、悪霊やもののけの仕業と、細菌やウイルスの活動とを区別することは不可能だったし、その意味もなかった。


 中将の君が、流行病でお倒れになった。
 私がまず心配したのは、
「道長さまの報復ではないのか」
 ということだったが、
「晴明どのにも見ていただいたが、その心配はない」
 とのことだった。
「人目に立ちたくないから」
 と、中将の君は、私の館で養生することになった。


 拾が、落ち着かなげにしている。
 やはり『恋仇』と、一つ屋根の下で暮らすというのは、居心地の悪いもののようだ。
 私はといえば、妙に浮き浮きとして、いそいそと看護をしていた。
 普段は中将の君に、何から何までおんぶにだっこなので、少しでも恩を返せる機会があるというのは、嬉しいものだ。
 しかし、容態は、あまり思わしくなかった。
 噂によると、今回の流行病では、高貴な方が幾人もお倒れになっているらしい。
 病床の中将の君が、苦しげに何事かうめいた。私は、中将の君の口元に耳を寄せる。
「……ああ、いてくださった。よかった」
 私の顔が、どうしてかわからないが、ぽっと熱を持った。
「私はもう、だめかもしれない」
 私の顔から、さっと血の気が引いた。
「そんなことはありません、お気を確かに……」
「死ぬかも知れないと思ったら、心残りが気にかかります」
「どのような」
「あなたをまだ、抱いていない」
 私の手を捕らえた、中将の君の手は、病人とは思えぬほど力強かった。

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