第十二夜 二日目、そして三日目(前編)

 平安時代の双六は、現代のそれとはかなり違う。インドから伝来した双六は、どちらかというと、現代のバックギャモンに近いゲームである。
 互いに黒と白の石を十五個ずつ持ち、十二の区画に区切られた盤上を、二個のサイコロを振った出目に従って、石を進める。先に相手の陣地に、全ての石を送り込んだ方が勝ちである。
 かつて権勢を極めた白河天皇(法皇)は、
「賀茂河の水、双六の賽、山法師、是ぞわが心にかなわぬもの」と嘆いたという。賀茂川の氾濫と、比叡山の僧兵、そして賽の目の三つだけが、自分の思い通りにならない、と言うのだ。逆に言えば、他に思いのままにならぬことなどなかった、というほどの意味である。
 平安貴族の間で愛された双六には、しばしば賭けが伴った。負けが込んで家財を失い、零落する貴族も少なくなかったという。
 いつの世も、ギャンブルは人を破滅させる。


「また、私の勝ちですね」
 中将の君は、子供のように喜んでいるようだった。
 私はまだ御簾を上げていないから、サイコロを振るのも、石を進めるのも、中将の君が代わりにやってくれている。
 私は未だに、中将の君の真意を図りかねていた。
「恋がしたい」
 とは、どういうことなのだろう。源氏物語のような雅やかなやりとりには、私では不足ではないか。
 しかし、中将の君は、そんなことを気にする様子も見せず、次の勝負のために、石を並べ直しはじめた。
「しかし、そろそろ、何かを賭けた勝負がしとうございますな」
「何か?」
「そう、例えば……私が勝てば、あなたはその御簾を上げる」
 どきん。
 ついに来たか。
 私に、勝負を拒むという選択肢はなかった。


「……負けてしまいましたな」
 次の勝負は、私の勝ちであった。今までの、中将の君の連勝が、嘘であったかのように。
「では今宵は、私はおとなしく引き上げるといたしましょう」
 ほっとしたような、残念なような私がいた。
「そう言えば、あしたで三日目でございますな」
 私ははっとした。
 三日続けて、一人の女の元に通う。それが何を意味するか、知らぬ者はいなかった。

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