第十五夜 暴かれた秘密 前編

 政治家としては藤原道長、文化人としては、清少納言・紫式部・和泉式部などが活躍したこの時代は、まさに平安文化・宮廷文化が花開いた時代であった。
 時の帝は、一条天皇である。藤原氏の権勢が頂点に達した時代でもあり、帝は傀儡(かいらい)のような存在だったと思われがちだが、実態は道長と一条帝による共同統治であったとも言われており、事実、(主に藤原氏からとはいえ)多くの有為の人材を輩出した、平安時代の頂点とも呼べる時代であった。
 なお、「一条天皇」とは、崩御後の諡(おくりな)であり、在位の天皇のことは「今上天皇」と呼ぶ。作中の人物たちは、「帝」「天子さま」などの呼称で呼ぶことになる。


 困った。
 することがない。
 私と拾は、ひまを持て余していた。
 中将の君の力で、定子さまにお仕えすることになったのはいいのだが、後宮というところは、特に何か仕事をするところではない。
 本来、私は、定子さまのお世話をするために来たのだが、定子さまのお身の回りのお世話は、古参の女官たちがされてしまうので、私のような秦山には、特にすることがないのだ。
 清少納言さまは、と見れば、男を引っ張り込んでいない時は、ひたすら書き物をしていて、どちらにしても、声をかけづらい雰囲気だ。


 ある日、定子さまがめずらしく、侍女を集めて歓談されておられた。私も、末席にはべっていた。
 季節はそろそろ冬で、早くも雪が降る、寒い日だった。御格子は下ろしたままだったので、外は全く見えない。
 突然、定子さまがおっしゃった。
「清少納言、香炉峰(こうろほう)の雪は、どんなでしょう?」
 私には、何が何だかわからなかったが、清少納言さまはピンと来たようで、立ち上がって御簾まで行くと、御簾を掲げてみせた。
 定子さまは、それを見てにっこり微笑み、女房たちは、半数ほどが「ああ」という顔をし、半数ほどは、「?」という顔をしていた。私は恥ずかしながら後者だった。
「『遺愛寺の鐘は 枕をそば立てて聞き 香炉峰の雪は すだれをかかげて見る』」
 後で、清少納言さまが説明してくれた。中国の詩人、白居易の詩の一節だそうだ。
 教養がある、とは、こういうことを言うのであろう。


 戸惑いながらも、平穏に過ぎて行った出仕の日々に、嵐がやってきた。

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