第九夜 御帳台(みちょうだい) 前編

 平安時代の貴族階級では、実情としては一夫多妻であったが、制度的には一夫一妻であった。正式な婚姻は、双方の両親の話し合いで決められるのが普通であり、恋愛結婚は基本的になかった。
 例えば、
「この世をば 我が世とぞ思う 望月の 欠けたることも なしと思へば」
 の歌で知られる、栄華を極めた、藤原道長は、二人の妻(と多数の妾)を持っていたとされるが、あくまで正妻は、源雅信の娘・倫子であり、源高明の娘・明子は、「正妻とほぼ同待遇の妾」である。
 今、蔦葛を妻に迎えようとしている中将の君だが、これも「正妻待遇」であって、「正妻」ではない。いずれ、出世のために、中将の君も、それなりの家柄の女を、正妻として娶らねばならない。
 とはいえ、何の後ろ盾もない蔦葛に、ここまでの待遇を与える中将の君は、平安時代の基準においては、極めて誠実な男であると言えよう。


 これは裏切りではない。
 だってまだ、私は中将の君の妻ではないのだから。
 私と拾は、侍女の目をぬすみ、日の暮れるまでの時間を、激しく求め合って過ごした。
 これが最後かもしれないと思った私は、彼の肩を強く噛み、彼の背に鋭く爪を立てた。彼の体に、証を残したかったのかも知れない。
 拾も、私の体に証を残すかのように、今までになく、幾度も果てた。
 果てると拾は、私の舌を求め、舌と舌が絡み合うと、拾は、むくむくと大きさと硬さを取り戻し、再び私の内側を擦る。私の内部も、拾を締め付け、絡みつく。
「あっ……!」
 拾がまたしても放った。
 ほんの短い、最後かもしれない、二人きりの求め合いであった。


 牛車の停まる音が聞こえた。
 外はすっかり日が暮れている。
 私は、拾の手伝いで(これも最後かもしれない)湯浴みを済ませ、衣に香を焚きこめて、御帳台の中で、中将の君を待った。
「中将の君が参りました」
 侍女の声に、
「お通ししなさい」
 返した私の声は、震えてはいなかっただろうか。

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