第二十六夜 白拍子(しらびょうし) 前編

 白拍子とは、平安から鎌倉にかけて活動した、漂泊する、芸能に長けた遊女と、その集団である。
 まだ遊女は蔑まれる職業ではなかったので、彼女たちは貴族の屋敷にも出入りした。平家物語には、平清盛の愛妾である祇王(ぎおう)・仏御前(ほとけごぜん)、源義経の愛妾であった静御前(しずかごぜん)などの白拍子が登場する。承久の乱で知られる後鳥羽上皇も、亀菊(かめぎく)という白拍子を愛妾にしていた。
 白拍子は、男物の衣装である、白い水干(すいかん)をまとい、烏帽子をかぶり、太刀を佩いて舞ったので、男舞とも呼ばれた。


 目を覚ますと、私の体に、誰かがしがみついている。
 拾ではない。豊満な女体であった。
 慌てて身をもぎ離そうとする私に、
「じっとして。あなたの体は冷え切っています。暖まるまでは、離れてはなりません」
「私の連れは……」
「仲間がそこで暖めています」
 暗くてその様子は見えなかったが、信用してもよさそうだ。
「私たちはどうなったのです? あなた方はいったい……」
「浜辺に流れ着いた船の中で、お二人が倒れていたので、お助けしたのです」
「京の火事は、どうなりましたか?」
「ひどい大火で、大勢死んだそうです。お二人は、火事を逃れてきたのですか?」
 私の沈黙を、彼女は肯定と取ったようだった。
「あなた方は……」
「白拍子の一座です。京に向かっていたところ、火事の話を聞いて、引き返そうとしていた時に、お二人を拾いました」
「これからどこへ?」
「さあ? 気の向くまま、足の向くまま。ただ、しばらくは京へは近づかないのだけは確かですね」
 それを聞いて、私はとっさに口にした。
「私たちも、連れてっていただけませぬか?」
 彼女の驚いた気配が伝わってくる。
「京へは戻れぬのです。行く当てもございませぬ。お願いです、私たちも連れて行ってください」
 しばしの沈黙の後、彼女は口を開いた。
「私たちと共に行くということは、白拍子になるということです。それでよろしいのですか?」
 私の沈黙は、肯定を意味していた。
「ならば、お二人には、仲間になっていただきます」
「仲間?」
 彼女が素早く、私の口を吸った。舌を絡めた、激しい口吸であった。
「こういうことです」
 私は息を呑んだ。

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