【禍話リライト】 ノックしてくださいね

 知らない系列のコンビニに入ると不思議な体験をするかもしれない、という話です。入るコンビニはよく選んだ方がいい。

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 とある男性から聞いた話なんですけどね。その彼、ある晩、深夜に彼女とドライブデートを楽しんでいたそうです。田舎道を適当気ままに走っていちゃつくドライブデート。

 それで、車を走らせ結構な時間が経った頃のこと。

「コンビニ寄りたくない?」

 と彼女が言い出したそうです。彼は気の利く人で。「そうだねー」なんて相槌を打ちつつ、きっと彼女はトイレに行きたがってるんだろう、と察したそうなんです。

 ただ、急に言われてもね。田舎の、それも慣れない山間の道なわけで。点々と明かりはあるもののコンビニが近くにあるかはわからない。

 次にコンビニが見えたら寄ろうね、近くにあればいいね、なんて話しながら道なり行くと、これまた良いタイミングでコンビニが現れた。知ってるチェーンの看板じゃないけど、まあいいか、という具合で。

 ところがですね。車を駐車場に停めて降りたところで彼、

「このコンビニなんだか変だぞ」

 と思ったらしいんです。

 というのもそのコンビニ。窓に異様にたくさんの虫の死骸があったのだそうです。それもただ死んだのではなくて、まるで、ものすごい勢いで窓にぶつかったみたいにして死んでいる。ぐちゃっと潰れた体から体液が飛び出てべったりと窓にこびりついていたといいます。

 げえっ、と思いはしたものの、言っても虫が死んでいるだけですから。彼らはそのまま店内に向かったわけです。

 店の中でも虫が大量死していて────ということは流石になくて、狭い店内に背の低い商品棚。要するに普通のコンビニだったそうです。夜も遅いからでしょうか。他に客はおらず店内は自分たちカップルと店員が一人だけ。

 その店員はというと、カウンターの向こう側でレジのそばにぬぼーっと立っているだけだったそうです。覇気のない声で、

「っしゃいませーー」

 と言ったっきり、またぼやーっとそこに突っ立っている。

 店員さんが男の人だったからかなんなのか、彼女の方は何も言わず飲み物を選んでいるふりを始めたんですね。それで彼が気を利かせて、

「すいません、トイレ借りてもいいですか」

 と、先んじて店員に訊ねたそうです。

「あ、はい。でも、ノックしてから入ってくださいね」

 「ありがとうございます」なんて礼を言いながら、変なことを言う店員さんだな、と彼は思ったそうなんですね。

 というのも。駐車場には自分たちの車以外なかったし、他に先客がいる気配もない。そもそも、誰かがすでに使っているなら「今、別の方が使われているので、少々お待ちいただけますか」とか、そういう返しになるはずだ、と。

 それでもまあ了解を取り付けたわけで。彼女に言って、先にトイレに行ってもらったわけです。

「ちゃんとノックしろよ」

「はーい」

 なんて半分ふざけた会話をしたりしてね。トイレに向かう彼女の背中を彼がなんとなく目で追っていると、トイレの入口に張り紙がしてあることに気がついたそうで。

『自由に使って構いませんがノックは絶対してください』

 張り紙にはそう書いてあったんですって。

 うわあ、誰も入っていないってわかりきってる時でもノックしなきゃいけないの?変なしきたりだなあ。

 鼻で笑うとまでは言いませんけど、彼はそんなことを考えたわけですね。彼女の方はというと律儀なもので、きちんとノックをし、一拍間を置くと中に入っていったそうです。

 さてそれから。トイレから出てきた彼女曰く、設備はきちんとしていてウォシュレットまで付いていたと。

「意外だよね~」

「何様目線だよ」

 小声で軽口を言い合いつつ、それで次は彼が「じゃ、ちょっと俺も」と、トイレに向かったんですね。

 当然今、トイレには誰も入っていないわけです。何と言ってもさっき彼女が出てきたばかりで、他にトイレへ入る人影も見なかったわけですから。

 だから彼、ノックせずに何の気なしにトイレのドアを開けたんですって。

 人が死んでいたそうですね。そこで。閉じた便座に腰を掛けた状態で、電気コードのような紐状のもので首を絞めた死体が。口からはだらんと、変色した舌が力なく飛び出ていたそうです。

 その上、死体のその顔がレジにいた店員と瓜二つだったそうです。そんなわけないじゃないですか。

「うわあっ!」

 思わず叫んでドアを思い切り閉めまして。すると当然、彼女が「どうしたのー?」なんて心配する素振りで寄ってきた。

「い、いや……」

 彼はもう、どう説明したらいいのかわからないわけです。まさか彼女に向かって、「トイレを使った時、死体があっただろ?」なんて馬鹿なこと言うわけにもいかない。何と言おうかどう説明しようか逡巡していたら、彼女が「何かいたの?」なんて言いながら気軽にトイレのドアを開けましてね。

 思わずまた「うわっ」と彼はビビっちゃったそうなんですけど。

 ところが、中には誰もいない。死体もコードも何もない、ただの普通のトイレだったんですって。

「えーっ?なにこれ?」

 彼、もう困惑し倒してしまって。不思議がる彼女に説明もできず、にっちもさっちもいかなくなった。すると突然、背後から声をかけられたんです。

「ノック、しなかったでしょ」

 思わず振り向くと、レジにいた店員がそこにいたそうです。いつの間にか二人のそばに店員がやって来ていたんですって。無愛想な顔して。

 驚いて何も言えない彼らに、店員は抑揚のない声で注意してきたそうで。

「だから、ノックしなかったでしょう。だめですよ、ノックしないと」

 言い終わるやいなや、店員は静かにレジへ戻って行ってしまって。

 それで彼、出るものも出なくなっちゃって。彼女の方もおびえた様子で。もうトイレはいいから適当に買い物をしてこの店から出よう、となったそうです。

 目に入った商品を適当に掴んで、できるだけ店員の方を見ないように会計を済ませてね。よし、さあ店から出るぞ、というタイミングで、最悪。

 店員が彼を呼び止めてきた。

 内心、うわぁ、もう何だよ……と彼がげんなりしつつ振り返ると、その店員、とんでもないことを訊いてきたんですね。

「その……トイレの中にいたのぼくでした?」

「いや……」

「ぼくじゃなかったですか?」

「……わかんないっす」

「トイレにいたの、本当はぼくだったんじゃないですか?」

 彼が否定しても、店員の方は興奮が増している様子でどんどん訊いてきたそうです。

 彼に言わせるとね。その店員の口元から、今にも舌がでろんと飛び出てくるんじゃないか。そんな気がしてひたすら怖かった、と。

 店員の方を見もせずに「すいません、わかんないっす、わかんないっす」と繰り返すのが精一杯で。

 あとはもう、逃げるように車に乗り込んで、急発進でそのコンビニから立ち去った、ということです。




この記事は禍話で語られた怪談を元に作成されました。
文章化に際して元の怪談に脚色をしております。何卒ご容赦ください。

出典: 禍話第0回
URL: https://www.youtube.com/watch?v=LSRg_M-xIOw
収録: 2016年? アップロード日は2020/11/18
時間: 00:14:45 - 00:19:00

記事タイトルは 禍話 簡易まとめWiki ( https://wikiwiki.jp/magabanasi/ ) より拝借しました。