【禍話リライト】 覗かれる家

 覗くのはよくない。駄目ですよ。別にわたしは覗きに一家言あるわけではないんですけど、あれ、ぎりぎりのスリルを求めるとかではなく、安全圏からこっそり誰かを覗き見て優越感に浸ることが醍醐味だと思うんです。

 いやいや、何が言いたいかと言いますとね?廃墟に行くのも一種の覗き行為じゃないですか。無断で侵入してかつての住民を勝手に想像したりなんかして。ただあんな所、安全圏でも何でもないですからね。廃墟を覗き見るのは本当によくない。

 あちらから覗かれるのはもっとよくないな、という話があるんです。

────────────────────

 これは大学進学時に九州から中部地方へ出て行って、そのままそっちで就職した古い友人から聞いた話なんです。

 そうですね、Aくんとしておきましょうか。彼、大学生の時にTという奴とめちゃくちゃ仲良くなったんです。そのまま社会人になってからもよくつるんでいて。得難い友だったわけです。

 そのTが廃墟マニアな奴で、Aくんを連れ回すんです。Aくんは廃墟になんか興味なかったそうなんですけど。ところがまあ、なんだかんだ言って、いやいやながらもあちこちに友人と行くのは楽しいわけですよ。帰りに適当な飯屋で感想戦なんかしたりしてね。

 さてそんなある日のこと。Tから「やばい家を見つけたから今度そこに行こう」とAくんに連絡が来たんです。いつものことですね。

 そういうわけで、休日の予定を合わせると二人でそこへ向かったんです。覗かれる家へ。


「『覗かれる家』?」

「そう呼ばれているんだよ」

 廃墟マニアのTが車を運転をして、助手席にAくんが座って。だいたいいつも、向かう道すがら今日行く場所はどういう所か、というのをTが説明するんです。

・・・・・・・・・・

 平屋の一軒家らしいんだよ、そこ。で、敷地いっぱいに家が建ってるらしくてさ、家の壁と塀の間にほとんど隙間がないんだって。家の外から庭へ行けるのは猫くらいじゃない?ってくらいキツキツな感じらしいんだわ。ほら、庭って普通家の外からでもまわって入れるだろ?ところがその家の庭に入るためには、家の中の一番奥の和室からじゃないと駄目なんだそうだ。な、変な家だろ。

 和室の窓から庭に出るとそこは台形型の小さな庭らしくてさ、洗濯物を干すとしても二人分いけるかどうか、ってくらい狭いんだって。実際は日当たり最悪で洗濯物を干せるような場所じゃないらしいけどさ。

 俺が思うに、きっと元はちゃんとしたサイズの庭があって外からも入れたと思うんだよ。だってそうだろ?いきなり、不便な庭つきの家を建てようなんて人いないよ。ただ、いつの時にか限られた予算で無理に増改築でもしたんだろうね。それで、変になっちゃった。

 めちゃくちゃ見てみたくなる家じゃん?

・・・・・・・・・・

「ほーん。それでまた、庭とか部屋の写真を撮ると。飽きないもんだねぇ」

「まあな」

「で、『覗かれる』って何よ」

「おうそれそれ。実はその家、こんな話があるんだよ……」

・・・・・・・・・・

 その家、古くからある家でさ。住人は入れ替わりつつもずっと誰かしら住んでいた、はずなんだ。それなのにちゃんと記録に残っているの、廃屋になる一つ前に住んでいた若い夫婦だけなんだよね。この夫婦も別の土地から来た人たちでさ。

 傍目には若い、幸せな夫婦だったらしいよ。それなのにある日、旦那さんの運転する車が事故を起こして、助手席にいた奥さん共々亡くなっちゃったんだね。

 本当のところは事故なのか心中なのか言い切れない部分があったらしいのよ。でも言い切れないなら事故ということでいいんじゃないでしょうか、ってさ。親族の体面的にもね。

 で、問題は遺品。家に残されていた遺品を両家の人達がお互い気まずい中整理するわけ。そこに奥さんの日記が出てきたんだよ。

 その日記が厄くてさ。見た感じ普通の日記なんだけど、事故が起こる一週間くらい前の日付から内容がおかしくなってるっていうんだ。

『旦那が庭から覗くのをなんとかしてほしい』

 要約するとそんな内容のことが、最後の日まで毎日毎日書いてある。なんとかしてほしい、いい加減にしてほしい、やめてほしい、耐えられない……表現はまちまちだったらしいけど、一週間くらいずっと。

 それを読んだ親族の人たち、うわなんだこれ気持ち悪いな、ってなって。本当は何日もかけて遺品整理するつもりだったらしいんだけど、すげえ高速で整理して、あっという間に家の中空っぽにしたらしいんだわ。

 親族の人たちはその日記のこと隠していたらしいけど、どこからか話は漏れたんだろうな。その家、奥の和室に行くと男が窓の外から見てくるとかマニアの間で噂になってさ。それで『覗かれる家』って呼ばれているわけ。

・・・・・・・・・・

 そんなことをべらべらべらべら饒舌にまくしたてるわけです。だいたいいつも、こんな感じで鼻息荒く廃墟の紹介をしてくるのがTなんですって。

「何だお前、やっぱキモいな」

「うるせーばか、勉強熱心だと言ってくれ」

 その熱意を仕事に活かせよ、なんて茶化し合いながらね。

「いや、でもT、お前さあ。行きながらそんな怖い話するのだめだろ。行く気失せるわ」

「どうしても俺、行きたいんだよ。なあA~~、いいだろ~~?」

 その時点でもう、あと数分も走れば着く距離だったらしいんです。ここまで来たらしょうがないじゃないですか。運転しているの、Tですし。

「今日のこれだけだからな。次オカルト系選んできたら呪う」

「サンキュー!」

 さて、そんなこんなで。その平屋に着いたわけですけど、当然のことながら管理者によって玄関は鍵がかかっているんですね。引き戸になっている玄関はがっちり動かない。

「どうする、無理矢理あの隙間から行ってみる?」

 なんて家の壁と塀の間の通路を見て言うわけですけど、もう、見た感じ普通には人が通れるものじゃないんです。聞いた通りびっちり家の壁と塀が詰まっている。横向きになって、蟹歩きで行けば行けるか……?いや無理だろこれ……?くらいの狭さだったそうで。

「いや、台所の勝手口が開いているらしいから。そっち行ってみよう」

「どこ情報だよそれ」

「ネット」

 どうも廃墟仲間が集う、個人が運用するサイトからこの家の情報を得たらしいんですね。誰が書いたかわかりもしない。道すがら滔々と語ったアレもそうだったんでしょう。

「んだよ。じゃあ、心中したかもとか変な日記とかも根拠のない噂レベルじゃねーの」

「そだねー」

 ところがですよ。勝手口。何の抵抗もなくドアノブが回った。

「うお、マジだ。ネットこえー」

 Tが興奮している横でAくんため息、みたいなね。それで二人とも土足のまま、その家におじゃましたんです。

 最初からいきなり、唯一庭に通じる窓がある和室に向かったんですって。

 和室は六畳一間でした。T、大興奮ですよ。部屋の写真を様々な角度から撮って。「来てよかったなあ」なんて言っている。

 庭に通じる窓は高さが2mくらいあり人が出入りできるようになっている、いわゆる掃き出し窓だったそうです。高さ半分の1mくらいのところにアルミの中桟で上下に区切ってあって、上と下とで別々のガラスがついているタイプの窓です。

 その窓は上半分が透明な普通のガラスで、下半分は磨りガラスだったそうですね。

「ここから旦那が覗いていたのかあ」

「おい馬鹿。変なこと言うなよ」

 さてそれで。その窓から庭を二人で覗いてみたんだそうです。庭は本当に狭かったといいます。その上、放置されて長いんでしょうね。草が生い茂っている。伸び放題。短パンで行ったらきっと脚に切り傷がつくだろうなと感じたそうです。

「昔は窓のそばに縁台とか置いてあったのかなあ」

「かもなあ」

 去りし日々を思って二人で少ししんみりして。Tは庭の写真も撮っているんですね。

 それはさておき、その家、他には何もないんですよ。廃墟マニアのTは、

「じゃあ俺ちょっと探検してくるわ」

 とカメラを抱えて嬉々として行くわけですけど、Aくんはこんな場所全く興味ない。庭に面した和室で一人、途中でTに奢らせた缶コーヒー飲みながら彼が満足して戻ってくるのを待っていたわけです。

 終わったら、今日はラーメン食いに行くか。あいつのおごりで。

 なんて一人考えながら。それで数分待っていた頃ですかね。気がつくと、家の中からTが歩き回っているはずの音がしない。えらい静かなんです。はしゃいでシャッターを切るような音もしていない。

 たしかにTはAくんを振り回すようなところはあるけど、無駄に怖がらせるとか、Aくんが本気で嫌がるいたずらはしない奴なんですよ。だからこそ、社会人になっても友情が続いていたわけで。

 あれ、あいつ何しているんだ?なんて思ってですね。ふと周囲を見回してみた。するととんでもないものが視界に入ってきて、Aくんぎょっとして。

 Tが窓の外に立って部屋の中を覗いていたというんです。基礎の上にある家の床と地面との高低差で、外の地面に立つTの目鼻は中桟より少しだけ上の位置にあったそうですね。

 そのT、別にAくんを見ていないんですよ。なんとなく部屋の中央あたりを透明な窓ガラス越しに見ている感じで。

「は?え?何?おい、冗談か?やめろよ。な、なんだよ、お前」

 びっくりして声を震わせつつも、何とかそう言ってやったんです。するとそのT、目だけ動かして今度はAくんをじいっと見てきたんですって。

 うわっ、なんだこいつ。こんな心臓に悪いことするような奴じゃなかっただろ。

 そこでAくん、窓を開けてTを一発ひっぱたいてやろうかとでも思ったそうなんですが、すぐ思い直したそうです。いや待てよ、と。

 庭に出るにはこの和室の窓からしか出られなかったはずなんです。なのにTは外にいる。あれは嘘で、他の窓からも出られたのか?とも考えるわけですけど、さっき一緒にここから外を見た時、出入りできるような窓は他になかったように思うんですね。

 えー?と思いつつTの方をよく見て、Aくんはようやく気がついたんです。Tの身体、なかったんですよ。

 上半分の透明なガラスの部分にはたしかにTの顔があって、目鼻が見えているんです。でも下半分の磨りガラスの部分。そこには何にも映っていない。そこに映っているべきはずのTの胴体がないんです。長年の放置でガラスは多少汚れているけれど、それで映らなくなるわけがない。

 窓ガラスの向こうでは目と鼻だけのTが、黙ってAくんを見つめている。言葉に詰まっているAくんを、覗いている。

 Aくん悲鳴を上げて、缶コーヒーを取り落としてしまいましてね。落とした缶を蹴っ飛ばしてその部屋を飛び出してまっすぐ廊下を走り抜けて玄関に向かったんですって。玄関ですよ。勝手口じゃなくて。玄関。

 というのも。Aくんが廊下に飛び出てすぐにTの声が玄関の方からして、

「そろそろ帰ろうか」

 と鷹揚に言ってきたそうなんですよ。それで玄関の方へ全力で向かったんですって。TはAくんに背を向ける形で玄関に腰掛けていて。

「おい!お前本当にTかー!」

 Aくん、駆け寄りながらも叫んで確認したんですって。すると向こうはAくんの方を振り向いて見慣れた顔を見せると、

「うん」

 と頷いた。それでAくんはTのいる玄関までやってきたわけです。

 でもですよ。Aくん、玄関まで来て一呼吸置くと落ち着いて考えてみた。

 俺たち勝手口から土足で入ってきたよな?どうしてこいつ玄関に座っているんだ?

 ……わからない。

 Tの手元を見ると、靴紐を結わえて靴を履くような、そんな動きをしているんですね。

 いやいや、入ってきた時からずっと靴履いていただろ。

 困惑するAくんをよそにそのTが腰をおもむろに上げまして。

「じゃあ帰ろうか」

 そう言うんです。Aくんが叫んで和室を飛び出してきたのにも関わらず、何も聞いてこない。

「う、うん、うん……」

 それでTが引き戸の玄関をカラカラカラ……と開けるんですね。うえっとAくんドン引きですよ。いやいやいや。鍵いつの間に開けたの!?って。そんなAくん置いて、Tはスタスタと外へ出て行ってしまった。

 Aくん、わけわからなくなってしばらく玄関に立ちすくんで。でも、そうしている時も、和室の方からは視線を感じたそうなんですね。じーーっと見ている、振り返ったら絶対に目が合うぞ、と思うくらい強い視線を。

 それでその視線から逃れるように、Aくんはおそるおそる玄関から家の外に出た。するとさっきのTの姿が見えないんです。

 Aくん、「は?は?」となって。

 「おいT!!」

 半分以上怒鳴り声になっていたそうですよ。

 そうしたら、家の壁と塀の間から、「おー!」というTの声がして。

「あいたたたた……」

 そう言いながら、庭へと通じる細い通路からずりずりと出てきたんです。Tが。

「お、お前、何してるんだ、お前」

「いやー、俺さ。やっぱさ、和室通らなくても外から奥の庭に行けるんじゃないかと思って、あの通路行ってみたんだわ」

「お、おう……」

「でもやっぱ無理。入ってすぐでもう、ほら、服こすれて……うわ、ひでーなこれ。背中とか見てくれよ。破れてない?大丈夫?」

「お前、お前、ずっと外いたのか」

 Aくん、もう色々ありすぎて頭の整理が追いつかないんです。

「うん?そうだよ。勝手口から出たの気がつかなかった?いやーでも、やっぱ本当にあの和室の窓からじゃないと庭に出られないんだなあ。家の外をぐるっと一周してみたかったんだが。庭の方からだけでも、また撮っておかないといけないな」

 Tは家の中に戻ろうとしたんですって。「お、玄関開けたの?」なんて言いながら。

「俺、もう一回庭見に行くけどどうする?」

「いや……俺、外いるわ」

「あ、そう」

 そう言って、Tは玄関から家の中に入っていったんですね。手慣れた自然な素振りで、後ろ手にカラカラ……と玄関を閉められたそうです。

 可哀想にAくん、そこで15分くらい待ったそうですよ。それくらい経ってようやく、

「ただいま」

 と帰ってきて。じゃ、ラーメンでも食って解散とするか、となった。

 よく使う、Aくんの家からは絶妙な距離のラーメン屋に行ったんですって。Aくんの家へは距離的に歩いて行けなくはないけど、車のほうが楽だよね、くらいの立地のラーメン屋に。

 さてそのラーメン屋で。車の中からそうだったらしいですけど、相方の様子がずっと変なことにAくん気がついて。いつもなら感想戦で興奮気味にべらべら講評している彼があんまり喋らないんですって。

 そういえば、Aくんが和室で蹴っ飛ばしてそのまま放置してしまった缶コーヒーのことも何も言わない。絶対見ているはずなのに。

 Aくんが何か言っても、

「うん、そうだね」「わかる」「ああね」

 そんな感じで、素っ気ない。

 落ち着いているというか冷めているというか。とにかくずっと、普段の彼らしくないんですね。

 Aくん、もしかしてこいつも窓から覗いている己の姿を見ちゃったのかなあ、なんて思うわけですけど、そのことは言い出せないですよ。口にするとまた例の顔がどこからか出てきそうで。

 嫌じゃないですか。自分の家の窓とか鏡とかに現れて覗かれたら。だから一刻も早く忘れたいのもあって、あの家で起きた色々なことは黙っていたんですね。

 こいつ、俺以上に憔悴してるのかもなあ。でもそれにしてはラーメンちゃんと食ってるよなあ……

 と、ふと、彼の手元を見た時にですね。Aくんまたぎょっとしたんです。

 彼の箸を持つ利き手が入れ替わっていたそうなんですよ。いつも右手に持っていた箸が、今は左手に握られている。それなのに、慣れた手付きでラーメンをすすっていたんですって。

 うわ、何こいつ、誰こいつ。となって。

「……そ、そういえば、俺さあ」

「うん」

「行きがけ、今日は用事があるから急いで帰らないと、みたいなこと言ったよな」

 もちろんそんなことAくんは言っていないですよ。カマかけたわけです。すると、

「ああそう。そうだったね」

 そう言ってAくんの顔をじいっと覗き込んでくると、やがておもむろにこう言ったのだそうです。

「じゃあ、車に乗るよね」

 絶対に乗ってはいけない、とAくんは直感して。

「いや俺さあ!歩いて帰るわ!!」

 近くの席の人が思わず振り向くような声量で彼に言い放つと席から立ち、Aくんは先に会計を済ませて一人で帰ったそうです。

 Aくん、そのまま彼とは絶縁しました。連絡が来てもずっと無視して。それでも未だに、めげない彼からメッセージが来るんですね。

「もう一度、あの家へ行かないか」

 そんなお誘いのメッセージが。今も届くらしいんですよ。




この記事は禍話で語られた怪談を元に作成されました。
文章化に際して元の怪談に脚色をしております。何卒ご容赦ください。

出典: 禍話 第三夜(1)
URL: https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/304885359
収録: 2016/09/09
時間: 00:16:35 - 00:24:15

出典: 震!禍話 十五夜 長いよ!
URL: https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/463778938
収録: 2018/05/12
時間: 01:21:50 - 01:36:50

記事タイトルは 禍話 簡易まとめWiki ( https://wikiwiki.jp/magabanasi/ ) より拝借しました。