【禍話リライト】 バス停の女

 バス停、と聞いてどんなバス停を思い浮かべますか。駅構内のバスターミナル。屋根のあるモダンなバス停。時刻表が貼ってあるポールだけのバス停も、もちろんありますね。きっと人により様々なバス停があると思います。

 このお話は、木造トタン屋根の小さな待合所付きのバス停が舞台です。

 あ、古い話なのかな。それも田舎の。

 と思った方は正解。これは大分前に起きたことで、九州のとある山間地域にあるバス停にまつわる話なんです。

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 そのバス停なんですけどね。夜七時を回るとそこはバスが停まらなくなるんです。時刻表にはちゃんとその時間帯の停車時刻、書いてあるのに。

 夜七時前までは普通に定刻通り停まるんですよ。でも夜七時を過ぎるとバスは停まらない。車内でもそのバス停に停まるというアナウンスをしなくなるんです。一つ前のバス停も次のバス停も時刻表通りに停まるのに、そのバス停にだけは夜七時以降素通り。停まらなくなる。

 地元の人も夜は前後のバス停で降りるのが決まりでして。そのバス停に停めて降ろしてくれとは決して言わないんです。

 というのもそのバス停。全身真っ白にコーディネートして日傘を差している不審者が、季節を問わず夜七時から夜が明けるまでバス停の待合所に立っていたそうなんですね。

 何の前触れもなく、そいつは現れたそうで。付近で事件や事故が起こったわけでもない。ある日気がつくと、そいつはバス停の待合所に立っていたらしいんです。

 来る日も来る日も、夜七時になるとどこからともなく日傘を揺らして現れてそのバス停で佇んでいる。

 「お客さん」と思ったんでしょうね。はじめのうちはバスも停車してドアを開けていたそうなんです。でもそいつはバスに乗る素振りも見せず、じっと佇ずむばかりで。

 全身真っ白。ひらひらのフリルがびっしりの、裾がぶわっと広がったスカートを身につけて、まるでお姫様みたいな格好をしている。その上、夜に待合所の屋根の下、日傘ですよ。目立ってね。地元の人が「なんだか気持ち悪いね」なんて噂をしだすくらい有名になったといいます。

 そこで、その地域の世話好きの男性が奮起しまして。

「ちょっと話しを聞いてみるわ」

 と言い出した。いらっしゃいますよね、そういう方。地元愛というか責任感というか、妙にはりきっちゃう方。別にその方、町内会で何か責任ある立場でも何でもなかったらしいんですよ。いや、だからこそ、なんですかね。誰も行かないのなら俺が、となったんでしょう。

 さて夜七時を回りました。今夜もあれはバス停の待合所に一人佇んでいる。野次馬というか、見守りに着いてきた周囲の人が「やっぱりお巡りさんに相談した方がいいんじゃない?」なんて話している横で、

「じゃ、ちょっと話してくる」

 と、その人は向かって行きまして。今まで誰もそいつのそばに寄ったことがないものですから、見物人からは「おう」なんて感心する声が上がったりしてね。あの人勇気あるぞ大したものだなあ、と。

 でもその人、近づいて話しかけようと、

「あの……」

 そう言いかけた所で、「えっ?うわっ、うわあ……」となって居心地悪そうに戻ってきたんですって。

「いやあ……あれ、ちょっとやばいね」

 なんて身震いしてね。

「何か言われたんですか」

「いやそれがさあ……近づいてわかったんだけど、あいつの傘、小刻みに振動しているんだ。ぷるぷるぷるぷる。一人で笑っているんだよ、あれ」

 その人曰く、そいつは笑いを噛み殺しているような声をずっと漏らしていたそうです。

「うわあ、それって……」

「うん。毎日来るということは、家がそれほど遠くないのかもしれない。今度の寄合で議題にして、それでも収まらないなら警察かどこかに相談してみればいいんじゃないかな」

 たしかに不気味ですけど、人に危害を加える様子もないわけですから。とりあえず町内会の集まりで話題に上げるだけにして、解決しなければあとはしかるべき方々にお願いしよう、となったんです。

 さてその翌日の夜。

 昨日果敢にもあれに接触を試みた人の奥さんが隣近所に「旦那が帰ってこない」と相談しましてね。

 隣近所はもちろん、その人が行きそうなお店や友人宅、全部見て回ってもいないんです。で、「ここにもいない、あそこにもいない」と探し回っているうちに話が広まり地元の青年団の人たちも総出になって。みんなでその人を探し回ったんですね。

 昨日のことはみんな知っていますから。「もしかして……」と、例のバス停を一人二人と確認しに行くわけですよ。それで、その人があのバス停にいるのを目撃して。

 やがて「大変だ、バス停にいるぞ」と、大騒ぎになったんです。

 というのもその人。例の真っ白なやつの隣に並んで立っていたんですって。狭い待合所の中、そいつと肩を並べるようにして日傘の内側にいて、二人してじっと佇んでいたそうなんです。

 着ている服や足元のつっかけサンダルで「あの人だ」ということはわかるけれども、日傘に隠れて顔は見えないんですね。

 誰も近づきたくない。

 誰も近寄りたくない。

 かと言って放置しておくわけにもいかないじゃないですか。

 それでいやいや、青年団の中でも勇気のある人らが四、五人で固まって、恐る恐る二人のそばまで行ったんです。

 彼らが近づくと声が漏れ聞こえてきたそうで。

「ふふふふふふふ」

「くくくくくくく」

 二人揃って笑っていたそうです。爆笑するのをこらえるようにして。

 何がおかしいのかわからないけど、日傘をブルブル揺らし声を押し殺して笑っていたんですって。

 様子を見に行った青年団の彼ら、悲鳴を上げて退散して。遠巻きに見ていた地元民の元へ逃げ帰って、「これはもう俺たちにどうこうできるものじゃない」と訴えたそうです。

 正直に言うと、下手に触れて更に恐ろしい事態へ繋がるのが怖かったんでしょうね。誰だってそうですよ。巻き込まれたくない。

 「朝になるとあいつはどこかへ帰るから、それから旦那さんを連れて帰ろう」とか何とか言って、混乱する奥さんをどうにかこうにか説得、みんな、家へ帰ったんです。

 ただ奥さんは家に帰っても寝れないですよね。

 うちの旦那大丈夫なのか。元気に帰ってきてくれるのか。もしもの時はどうしよう……

 そんなことを布団の中で悶々と考えて。

 ところが。日付が変わって更にしばらく時が過ぎた丑三つ時。その旦那さん、しれっと帰ってきたんです。驚いて呆気にとられている奥さん尻目に、彼女の横に自分で布団を敷いて、すぐにぐうぐうといびきをかいて眠ったというんですよ。

 そして朝起きたら、昨夜のことは何も覚えていない。話を聞かされて、

「え~~?俺が?いや、覚えてないなあ……」

 なんて言ってのけたそうで。そして幸いなことに、その後は彼の身に何も起きなかったらしいです。

 しかしそれ以降も来るんですね、あいつは。時刻が近づくと白いスカート日傘を差して、どこからともなく暗い夜道をゆらゆらと。

 ですから次第に誰も夜七時が近づくとそのバス停を使わなくなって。それどころか夜はバス停に近寄りすらしなくなった。最終的にとうとう、時刻が来るとバスも停まらなくなってしまった、ということです。




この記事は禍話で語られた怪談を元に作成されました。
文章化に際して元の怪談に脚色をしております。何卒ご容赦ください。

出典: 禍話 第一夜(3)
URL: https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/301162510
収録: 2016/08/27
時間: 00:06:35 - 00:13:25

記事タイトルは 禍話 簡易まとめWiki ( https://wikiwiki.jp/magabanasi/ ) より拝借しました。