【禍話リライト】 ダンボールの家
とある家にまつわる話で、ダンボールのあった……ある家の話です。
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その家がどこにあるのか、具体的な地名は聞いていません。知りません。ただ、九州地方にある家とだけ。
団地の一角にある山を切り拓いて新しい区画を作ったそこに、いの一番に建てられた平屋の家らしいですね。土地を買ったのは若い夫婦で。家が建つと小さいお子さん二人を引き連れてやってきた。子どもは男の子と女の子の年子で、年齢は幼稚園に入るくらいだったそうです。
傍目には幸せを絵に描いたような家族だったらしいですよ。子どもたちも可愛い盛りで。その夫婦、金銭に余裕があったんでしょうね。敷地も広くて、庭も立派な花壇がありつつ子どもたちが遊べるほどに余裕のあるものだったそうです。
さて彼らが引っ越してきて程なく。近所に住む町内会長が早速彼らの家へ挨拶に向かったそうです。気のいい人で、彼らが一日でも早くこの地域に馴染んでくれるといいな、と親切心から。できる限りサポートしてあげようと。
「なんでも言ってくださいねー」
そんな感じで。夫婦も町内会長を歓迎しまして。
「わざわざありがとうございます。子どもたち共々これからよろしくお願いします。あ、折角ですからお茶でも。上がっていきませんか」
と、気さくに家の中へと案内してくれた。内装も、今風のものでおしゃれに統一感を持たせてあるし、そこかしこに新築の香りが漂っている。文句のない家だったそうですね。
「どうぞこちらへ」と、応接間も兼ねた広いリビングに案内されまして。その部屋の窓からは庭がよく見えて、そこでは子どもたち二人が何やら遊んでいる。うららかな午後です。
「こんにちは。おじゃましてます」
窓を開けて町内会長がかがんで子どもたちに挨拶をしますと、
「こんにちはー!」
と彼らも声を揃えて元気よく挨拶してくれて。可愛いもんだと町内会長、目を細めたりしてね。
「いやー、本当立派なお家ですねえ」
今時はこんな風にあつらえるんだなあ、と感心しながら勧められた席に座って部屋を見渡すと、書棚が目に入ったんですね。いくつか本が立てられていて、見た感じ半分は写真撮影の技術について書いてあるらしい本で、もう半分はスピリチュアル系の本。書棚の最下段には大判のアルバムも置いてあった。
きっと子どもたちの成長の記録をまめに撮って、貼ってあるんだろうな。ああいうの、最初のうちは張り切るんだけど段々整理が追いつかなくなるんだよなあ。しかし、撮り方にまでこだわるなんて。凝り性なんだろうか。
なんて町内会長、我が身を振り返りながら思いましてね。
一方のスピリチュアルな本もですね。思わず身構えるような怪しい宗教の臭いはしなかったそうです。小学校で習うような道徳の一歩先というか、「感謝の気持ちをちゃんと表すと、それは喜びとなって自分に返ってきます」といった感じのもので。
で、軽い世間話をご夫婦としたわけですけど、その時町内会長は面食らったそうですね。
というのもその夫婦。受け答えがぎこちないというか、会話が下手くそというか。
「それで私たち付き合いだして、住むなら絶対ここだ!って。ね」
え、なんか時間軸すごい飛んだな?みたいな。
「やっぱり聞かなきゃなって言われて。そのティーカップも選んでもらったんですよ~」
え、誰が誰に?みたいな。
なんとなく言っていることはわかるけど、まあ要領を得ない。ただまあ悪い人たちではなさそうだし、こんな人たちもいるよなあ、とその時は町内会長も思ったそうです。
もしかすると、初対面の自分にものすごく緊張しているのかもしれない。俺、そんなに威圧感あるのかな?
なんてね。内心苦笑しつつ。長居しては悪かろうと程々にしてお暇したんです。
「それではまた。本当、何でも気軽に言ってくださいね」
玄関を出た帰りがけも、町内会長に子どもたちは挨拶をしてきてね。
「おじちゃん、ばいばーい」
と、塀越しに。本当、可愛いものだったそうです。
さてそれから数ヶ月後のこと。夫婦の家の近隣住民から、町内会長の元にあの家の家族に関することで相談が寄せられたんです。
「二人いたお子さんのうち、男の子の姿を最近見かけない」
「夫婦にそれとなく尋ねても要領を得ない」
ご近所も常日頃の付き合いで犯罪や虐待をするような夫婦じゃないことはわかっているし、それは夫婦の家におじゃました町内会長も肌感覚で承知している。何かあったのだろうかと、まあ不思議で心配なわけです。
それで町内会長は一応話しだけでもと思って、夫婦が家に居そうな休日を狙って散歩しがてら向かったんですね。
町内会長が少し離れた場所からその家の庭を窺うと、たしかに女の子が一人だけで遊んでいたそうです。でも別に怪しい感じはなくて。
「おじちゃん、こんにちはー」
町内会長が近づくと女の子も気がついて、いたって元気に挨拶をしてきたそうなんですね。ちょうど旦那さんも庭に出てきたので挨拶をして。
「いやー、引っ越されて大分経ったけど、どうされてるのかなーなんて、お話しを伺いたくて来てみました。お節介でしたかね」
「いえいえ、そんなとんでもない。どうぞどうぞ、上がってください」
見ると、玄関には男の子の靴、あるんですよ。
あれ、おかしいなあ。家の中にいるのかなあ。
そんなことを考えながら、また夫婦と会話して。
相変わらず夫婦との会話は成立しているような、成立していないような、そんな感じなんです。ニコニコして紅茶を出してくれるんですけど、会話は掴みどころがない。
「息子さんの姿が見えませんけど、今どちらかに預けられているんですか」
と、町内会長が思い切って尋ねても、
「いやあ、まあ元気にやってますよ」
という感じで、よくわからない。
ただ、やっぱり危うい感じはしなかったそうなんですね。何と言っても、夫婦ももう一人の子どもも全然普通に暮らしているみたいで。不審な素振りが何もない。
もしかしたら男の子は病気にかかって入院して、気を遣われるのが申し訳ないからそのことを周囲に黙っているのかな、と町内会長は考えたそうで。
色々気を遣われるのを心の負担に思う人もいるしなあ。
と。それで町内会長、それ以上はあまり深く聞かなかったんですね。
それで適当な世間話をしてお茶を濁していたんですが、紅茶を飲みすぎたのか歳のせいか。町内会長、急にトイレに行きたくなったんですって。
「すみません、トイレをお借りしても」
「どうぞ。リビングを出て奥の突き当りです」
席を立つと、町内会長はトイレへ向かったわけです。
家の奥へ向かいますと、突き当りがトイレ。で、左右にも部屋があって、向かって右側はドアが閉められている。きっと洋間か何かなんでしょう。そして左側が和室なんですね。ふすまが開いていて中が覗けたそうなんです。
町内会長が何の気なしにその和室を覗くと、部屋の中には家具の類、一切何もなかったそうです。
ただ、ダンボールが四つある。部屋の四隅に一個ずつ、直方体のダンボールが置いてあったそうです。それぞれ、部屋の隅とダンボールの角をぴったり合わせて置いてあった。
変な置き方だけれど、掃除中とかあるいは引っ越しの荷解きが終わっていないものとか、それぞれが混ざらないようにあえて離して置いているのかもしれないと、町内会長は一人納得してトイレに入ったそうです。
町内会長がトイレで用を足しておりますと、リビングから一人分の足音が向かってきまして。和室の前あたりまで来ると立ち止まって、少し間があった後に戻っていったそうですね。
トイレから出るとふすまが閉まっていたので、町内会長は「やっぱりまだ片付けていない荷が置いてある部屋だったのかな。断りもなく覗いてしまってちょっと申し訳なかったな」と思ったそうです。
更にそれから一週間も経っていないある日の夕暮れ時。町内会長、日課のジョギングついでに、例の家の方向になんとなく行ってみたんですね。
ちょうど車が駐車場から出て行くところだったそうです。旦那さんが道路に出て軽く手を振って見送っているので、奥さんが運転して行ったのでしょう。
庭で遊ぶ子どもの姿もなくて、子ども用のスコップは庭の隅に刺さっていたそうです。
ああ、奥さんが子どもを連れて買い物にでも行ったのかな。
町内会長はそう思ったといいます。
「どうもー」
「あ、こんにちは」
挨拶を返してきた旦那さんがね。少し臭ったそうです。髪もなんだか油ぎっていて、乱れている。ひげも剃っていなくて全体的に小汚い。どうやらお風呂に何日も入っていない気配がするんですね。
「ジョギングですか、いいですね」
町内会長を見てそう言うんですけど、吐く息も少し臭う。
「汗、かいたでしょう。何か飲んでいきませんか」
「ああ……じゃあ」
男の子を再び見かけるようになった、という話も聞かないですしね。旦那さんの様子も少し変だし。ここは一つ、男同士で腹を割って話せるかなと。
ただですね。玄関を見ると、女の子の靴、あるんですよ。もちろん男の子の靴も以前見たままの状態である。揃って並んでいるんですね。町内会長、あれえ、となって。
「娘さん、奥さんと買い物に行ったんじゃないんですか」
「いえ。一人で出ましたよ」
「あら、じゃあ娘さんは子ども部屋にでも?」
「ええまあ、元気です」
それでおじゃまするんですけど、旦那さん、夕方で部屋が薄暗くなっているのに明かりを点けてくれないんです。その上、淹れた紅茶を出されたカップ、洗ってないものと思われましてね。奥さんが使った跡らしい口紅が残っている。
まあ口つけて飲みたくないですよね。
それで町内会長、旦那さんも席に落ち着いたところで早速、単刀直入に言ったんです。
「不躾ですみませんが、子どもたちの姿が見えないのには何か理由があるんですか。いえ、息子さんにここ最近ずっと会えていないから。もし何か言いにくい事情があるなら、わたし、誰にも言わないってお約束します。なんでも言ってください」
すると旦那さん、やおら一方的に喋りだしたんですね。それも三十分以上。そのくせ「いつ」とか「どこで」とかの5W1Hがないものだから、話の流れがさっぱりわからない。
ただ、町内会長が聞きたかった子どもらのこととは無関係そうな、旦那さんの身の上話らしいことはわかった。
町内会長が辛抱強く話の補完をしつつ聞いてなんとか分かった部分をまとめますと、
「自分は自他ともに認める仕事人間だった。職場で同じように仕事ができる妻と出会えた。ある時病気になって会社に居場所がなくなって、とうとうクビを切られてしまった。精神的に摩耗して妻と共に二人でとても落ち込んでいた。そんな時、とある人に出会えて救われた」
ということらしいんですね。書棚にスピリチュアル系の本があったじゃないですか。あれらを書いたのが夫婦を救った人なのかどうかまではわかりかねるそうですが、どうやら二人がそっちの世界に興味を持つようになった原因は、その人らしい。
旦那さんに言わせると、
「その人の教えを、自分たちの身の丈に合わせて、ちょうどよくなるようにカスタマイズしているんです」
だそうです。
意味わからないじゃないですか。それでも「カスタマイズ」という単語を旦那さんよく使うんですね。
よくわからないけど、教えを勝手にカスタマイズしたらだめなんじゃないの、と町内会長思ったそうなんですけど。
とにかく、少し興奮気味に語るこの旦那さんが町内会長はいい加減気持ち悪くなってきた。ちょっと一緒の空間にいたくない感じ。
「あの、すみません。トイレをお借りしても」
それでまた、町内会長、その家の奥へと向かったんです。
今日も和室のふすまは開いていました。
何の気なしにひょいと覗くと、今日は四隅にそれぞれダンボールが二つ、積んで置いてある。一段増えているんです。相変わらず角は揃えて。
町内会長、思わず近寄ってそのうちの一つを手に取ってみたそうです。
軽い。おそるおそる静かに開けてみると中はぐしゃぐしゃに丸められた新聞紙がみっしり詰まっていたそうです。それも最近の日付のものはなくて、何十年も前の色褪せた新聞紙ばかり。
言い知れぬ薄気味悪さを感じた町内会長、急いでトイレに入ったそうです。
犯罪や虐待はないかもしれないが、あるいはカルト宗教にのめり込んでいるのかもしれない。知り合いの民生委員とか、専門の人に相談すべきかなあ、と町内会長はトイレで考えましてね。何より子どもたちが心配だ、と。
方針を決めると早速手を洗ってトイレから出たんです。随分長く旦那さんの話を聞いていたせいでしょうか。ちょうど奥さんが帰ってきたところだったそうで、「ただいまー」と玄関の方で声がしていたんですって。
「あっ……どうもおじゃましてます」
「あら、町内会長さん。こんにちは」
奥さん、玄関先で普通に町内会長に挨拶をしてくるんですけどね。
玄関の三和土の隅に、畳まれたダンボールが立てかけてあったそうなんですよ。ちょうど、組み立てたら和室にあるような大きさになるダンボールが何枚も。奥さんが運んで来たんです。
町内会長、それを見て「こりゃいよいよ怪しい感じだ」と。慌ててお暇を告げたそうで。
玄関から出て駐車場に停めてある車を見るとですね。トランクが開いていて、そこにも玄関先で見たものと同じようなダンボールが大量に積まれていたそうです。何枚も何枚も折り重なってあって。引っ越すにしてもそんなにいらないだろ、というくらいあったそうです。よく見ると後部座席にもダンボールが束になって置いてある。それを夫婦が全部、家の中へ運び入れようとしていたんですって。
異常すぎるじゃないですか。
急いで自分の家に変えると、早速市役所勤めの知り合いに連絡をして、子どもの姿が見えないことを相談したんですね。できるだけ早い日取りで見に行けないかと。
それで二日後、まだ朝、という時間帯にその人と家へ行ったんですって。
車はある。庭のスコップは放置されたままだ。
ところが、チャイムを鳴らしても返事も何もない。二度三度押しても誰も来る気配がない。
玄関ドアに手をかけると鍵は開いているんですね。
「失礼しますよー」
玄関には一家四人、家族全員分の靴がきちんと揃って並んでいたそうです。
「おはよーございまーす」
市役所の人が首を伸ばして名乗っても出てこない。玄関先で夫婦の名を呼んでも家の中に呑まれるばかりで何も返事はない。子どもたちの名前を呼んでも、あの元気な声はしてこない。
「……念のため警察に連絡しましょうか」
勝手に上がるわけにもいかないし、あるいは一家心中かもと。自分たちの手に余るようだと判断して、お巡りさんに来てもらったんですね。
すぐに数名の方が来てくださって。みんなで揃って家の中へと入ったんですって。ところがリビングに向かっても家の中はシンと静まり返っていて、誰の気配もない。
リビングで町内会長が一人の警官に事情を話している間に、他の方が家の中を捜査していたそうなんですね。
「リビングに車のキー、あります」
「携帯も財布も寝室にありました」
まるで昨日まで普通に生活していた家族が、ふいに消えてしまったみたいなんです。争った様子なんてもの、微塵もない。
そこに突然、
「うわっ」
と、家の奥を見に行った市役所の方が少し声を張りまして。
慌てて、みんなで声がした奥の方へ向かったところ、市役所の人は和室の敷居の手前で立ちすくんでいたそうです。
「これ、何なんですかね……?」
助けを求めるようにその人みんなを見てきて。それで、町内会長も他の方たちと一緒に和室を中を覗いたんですって。
部屋の四隅にそれぞれ、ダンボールが四つずつ積まれていたそうです。他には何もない和室に、ダンボールの柱が四つ。
きれいに積まれていたダンボールの中はすべて、古い新聞紙がクシャクシャに丸められ詰められていたそうです。
やがてそれから本格的に一家の捜索が始まったんですけどね。そんな時、家の中を調べていた一人の警官が書棚のアルバムを見まして。一見普通の家族写真が収まったアルバムに一枚だけ、奇妙な写真があるのを発見したんですって。
例の和室の四隅にダンボールが一つずつ置いてあり、そのダンボールから一家四人がそれぞれ顔だけ出している写真を。
閉め切られているのか和室は薄暗くて、一家全員、穏やかな顔をしてカメラ目線で写っている。三脚を立ててタイマー撮影したのかそれとも第三者が撮影したのかわからないけれど、写真の中の一家はとても幸せそうにこちらを見ているんですって。
奇妙なのがですね。子どもはともかく、どうみても大人が入って顔だけ出すことができるような高さのダンボールじゃないんですよ。かがんでも肩が見えるだろうという大きさで。それなのに、写真では大人も子どもも顔だけを覗かせこちらを見ている。
そんな写真が一枚だけ、家族のアルバムに挟まれていたんです。
そして結局、夫婦も子どもたちも未だ発見には至っていない……そんな家の話があるんですね。
さて、話は変わりまして。
心霊スポット巡りをする、とある大学サークルがあったんです。
それで風のうわさでその家を知った人がいて。みんなを案内して行っちゃったそうなんですよ。
「────ということがあってえ。今ではその家、『ダンボールの家』と呼ばれているんですよ……!じゃ、今からそこ、行きまーーす」
向かう途中の車内であらましを教えて。みんな一様に、慄きますよ。
「やべえ、ガチじゃん」「こわーい」「行かない方が良いんじゃねーの?」
みたいなね。
でも実際に着くと拍子抜けというか。
まず、管理が行き届いているのか外観からしてきれいなんですって。庭も最低限の手入れがしてあって。全然荒れてない。怖い雰囲気、皆無だったんです。
「え?本当にここ?」
中に入って更に拍子抜け。家の中もきれいなもので。床も埃なんか積もっていない。たしかに物はないし、電気やガス・水道も来ていない。でも、仮に明日から誰かが住み始めても全然問題ないくらい、きれいなままだったそうです。
車内では本気で怖がっていた女の子なんかも、「え~~?」となって。
平屋ですから、見知らぬ家の二階に上がるような緊張感もないんです。すぐに探索は終わったんですね。
一番の恐怖ポイントのはずの、家の奥の和室を覗いてみても。
やっぱりそこにも何もなくてね。ふすまは開け放されていて、敷居の向こうはがらんとした、ただの和室があるだけですよ。
「おい、ダンボールどこ行ったんだよ~~」
「昨日が資源ゴミ回収の日だったんじゃね?」
「俺らに恐れをなしたか」
とかふざけたことを言ってしまうくらいで。全然怖くない。
しばらく各々好きなように写真とか撮って時間を潰して。もう何もないから帰るか、となったんですね。それで車に乗り込もうとしたくらいのところで、一人いなくなっていることにようやく気がついたんですって。
Dくんがいない。
「おい、Dー。帰るぞー」
玄関先から家の中に呼びかけてもシンとしている。
「あいつ冗談とかしてくるキャラだったっけ?」
「いや~。全然怖くないもんだから、みんなをビビらそうとサービス精神働いたんじゃね?」
「おい、Dー。くだらないことしてると、置いていくぞー!」
ところがやっぱり出てこない。物音一つしない。
「『置いていかないでくださいよ~』って出てきそうなもんだけどな」
「面倒くさ」
「まあまあ。ノッてやろうぜ」
とか言いながら、みんなでまた家の中に入ったんですって。
なんとなくみんな、家の奥の例の和室にDくんが隠れているんだろうなと思ったそうなんですね。
向かうと、開いていたふすまが閉じられていたんです。
ああ、ここから飛び出て「わっ!」と俺たちを驚かすつもりだったのか?子どもかよ。
と、一同半ば呆れつつ。
「お前、何やってるんだよ~帰るぞ~」
がらっとふすまを開けましたら。入って右奥の隅のところにそのDくんがいてね。こちらに背を向けて姿勢正しく正座している。それで、おでこを部屋の隅にはさみ込むようにしてくっつけて、ぶつぶつと何事か言っているんです。
ものすごく穏やかな口調で。
「うん。はあ、なるほど……そうなんですね。ああ、へえ……!」
まるで誰かの話を真面目に聞いているみたいに、正座したまま独り言を発しているんです。
「D、お前……何やっているんだ。悪ふざけはやめろよ」
仲間にそう言われても背を向けたまま部屋の隅を見据えて、
「それは知らなかったなあ」
なんて言っている。
「おい、D!D!」
こういう時率先して動ける、リーダー気質の一人が勇気を振り絞ってそいつの肩を掴んで揺さぶったんですよ。「帰るぞ!」って。それでDくん、ようやく振り向いたかと思うと、気分を害したようにしかめ面してこう言ったそうですね。
「今、家の人と話しているでしょ。邪魔しないでくださいよ」
「いやいやいや!お前、何言ってるんだよ!」
「はあーー」
馬鹿にしたようなため息ついて、Dくんはまた隅に向かい合うと「本当、すみませんね」なんて言っている。
「帰るぞ!!」
片腕を掴んでDくんを立ち上がらせようとしてもね。Dくん、ものすごい力で抵抗してきて、その人を睨みつけてきたんですって。
「だからあ、色々なカタチの幸せがあるって話を、今、してもらってるところなんですよ!?どうして邪魔をするんですか!」
言葉が通じない。これはもう駄目だとその人感じたそうで。
「お、おい、お前ら手伝ってくれ!」
和室の入口で震えていた数名にその人呼びかけまして。Dくんを引きずるようにして、和室から連れ出そうとしたんですね。その間もずっと、Dくん吠えているわけです。和室の隅を凝視しながら。
「俺の身の丈に合った幸せはどういうことかって、今から教えてもらうところだったんですよ!ねえ!?」
もうね。みんなでDくんの両手両足を抱えるようにして、車に押し込めたそうです。
ところが車を発進させてもDくんはぶつくさ文句を言うわけですね。
「あのねえ。そうやって足を引っ張り合うようなことをしていたらねえ。幸せとか見えてきませんよ」
「そうだね……」
車内の雰囲気は最悪ですよ。Dくんの文句を適当にあしらいながら、彼のアパートへ一直線に向かいまして。一番最初に車から降ろしたわけですね。
車内にDくんがいなくなって、ようやく一息ついたというか。
「あいつ、死なないよなあ」
「洒落にならないからやめろよ」
ちょっと冷たい話なんですけどね、サークルのみんな、怖すぎてDくんと距離を置いたそうです。というかDくんもサークルに顔を出さなくなった。
それから幾日か経ったある日のこと。
そのサークルには入ってないけれど時々遊びに顔を出すような、そんな女の子が「おはようございまーす」とそのサークルにやってきてこう言うんですよ。
「Dさん、最近見かけませんでしたけど、元気にされているみたいですね」
部外者にはダンボールの家に行ったとかそういうことは何も話してないんです。話す気もない。サークルメンバー、曖昧に返事をしましてね。
「うん、まあ……ね。あいつ、何か言ってた?」
「いや、昨日遠くから見かけただけなんですけど。Dさん、ホームセンターの裏の搬入口から出てきたんです。ダンボールを両手いっぱいに抱えて。なんだか幸せそうにニコニコしてましたよ。引っ越しでもするんでしょうか」
それっきりDくん、大学にも来なくなってしまって。もうどうなっているのか、誰にもわからないそうです。
この記事は禍話で語られた怪談を元に作成されました。
文章化に際して元の怪談に脚色をしております。何卒ご容赦ください。
出典: 禍話 第三夜(2)
URL: https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/304903364
収録: 2016/09/09
時間: 00:08:10 - 00:25:55
出典: 禍話BEST OF BEST 加藤よしき選
URL: https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/659101834
収録: 2020/12/30
時間: 00:46:05 - 01:12:30
記事タイトルは 禍話 簡易まとめWiki ( https://wikiwiki.jp/magabanasi/ ) より拝借しました。