【禍話リライト】 同居者

 怪談を好んで聞く皆さんですから。あわよくば自分の部屋や家にもおばけの一つや二つ出ないかな、なんて考えていらっしゃるんじゃないですか?期待半分怖さ半分くらいで。

 そのおばけが美男美女だったらいいですよね。アイドルの誰それに似ているおばけが一つ屋根の下で暮らしているとか。最高です。

 ただですね。おばけと同居するのはあまりよくないんじゃないかな、という話があるんですよ。

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 Aさんがまだ若い頃の話です。新卒で入った職場の歓迎会でのこと。

 先輩の一人、Mさん。マンション住まいなんですけど、家に「おばけが出る」と言われていたんです。

「この人の家、出るんだよ。女の霊が」

「まじっすか」

「う-ん、まあちょっとね。たしかに少し変なことがあったりはするけど、俺はそうは思わないんだけどなあ」

「はあー。そうなんですねー」

 その時は先輩たちが余興で適当に言い合っているのかな、くらいにしかAさん捉えていなかったんです。

 でも後日、別の先輩とその話になって。

「この会社って怖い話好きな方多いんですか?この前、Mさんの家におばけが出るぞって軽く聞かされましたけど」

「いやいやいや……あいつの家、まじだから。まじで洒落にならない」

 大真面目にそう言われたそうです。

 たとえばこんなことがあったそうですね。

 Mさんは独り身で家が職場からそう遠くないのも手伝って、その家に仲の良い人同士で集まって飲み会とかしやすかったんですって。翌日が休みの日などは夜遅くまでお酒をかっ食らって、そのままぐぅぐぅ眠って。

 で、翌朝。リビングのソファでお邪魔していたその方が目を覚ましたところ。ふと、締め切った磨りガラスの引き戸の向こうで人の気配がしたそうなんです。見ると人影が何やら動いている。

 戸の向こうは台所だそうで。最初は家主のMさんが自分より先に起きて朝食の準備でもしてくれているのかな、と思ったそうです。でも視線を足元にやると、クッションを枕にしてカーペットの上でMさん寝ているんですよ。

 あれ、おかしいな。この人彼女がいて合鍵を持ってて、それで入って来たのかな。

 ただその推定彼女ですね。台所をウロウロしているだけなんですって。包丁で食材を切る音とか冷蔵庫を開け閉めする音とか、そういう、料理をしている気配が何もない。

 やがて目がばっちり覚めてきたその人、ソファから身を起こしましてね。そうすると、たとえ磨りガラス越しでもこちらが起きているのに気がつくはずですよね。

「おはようございます」

 なんてね。こちらに来て挨拶をしてもよさそうだけど、磨りガラスの向こうの人影はただ台所をぐるぐる、行ったり来たりしている。

 おかしいなあ、飲みすぎて幻覚でも見ているのかなあ、なんて考えていますと、ちちち……ぼっ、とガスコンロに火が着く音がした。

 えっやっぱり幻覚じゃないじゃん。頭のおかしいやつでも侵入してきた?

 その人慌ててMさんを起こしましてね、二人でガラス戸を開けてみたんですって。

 でも誰もいない。直前まで人影はあったのに。ただガスコンロの火は着いてる。「あぶなー」と、Mさんがその火をすぐ消したそうなんですけど。

「だから、あいつの家、まじだよ。まじで出る。多分女の霊だと思うけど、直接見たわけじゃないからようわからん」

 そんな家に住む人がいたんですね。

 それで物は試しに、というわけじゃないんですけど、Aさんと他に何人かで連れ立って、その家で飲み会をしたこともあるんですって。

 たしかに何か変な感じはしたそうです。家鳴りというか、どこからか視線を感じるというか。妙に落ち着かない感じが。

 でもそれはわずかな違和感程度のものだったそうで。「この家に幽霊が出る」という先入観を持っているせいで、自分が勝手に感じているだけかもしれない。Aさんはそう考えて、一人納得したんです。

 そもそも俺霊感ないし、出たとしてもわかるわけないか、と。

 さて、それからしばらくしてAさんが会社にも慣れてきた頃のことです。Mさんの家に霊が出るなんて話、Aさんがすっかり忘れていたある夕暮れ。

 普段Aさんが使っている電車の路線で事故か事件か起きたらしく、止まっちゃったそうです。借りているアパートに帰ることができなくなってしまった。

 するとMさんが「お、じゃあうちくる?」なんてね。気軽に誘ってくれたわけです。

「明日は休日だし、ゆっくり飲もうよ」

 それで帰り際、お酒とおつまみを買い揃えてMさんの家にお邪魔したそうです。

 ただね。いくら慣れてきているとはいえ、歳の離れた先輩と二人きりですよ。やっぱりちょっと居心地はよくない。

 二人で「乾杯」「一週間お疲れ様っした」なんてやるんですけど、共通の話題も乏しくて、そこまで話しが盛り上がるわけでもなかったんです。

 テレビをつけて、ぼちぼち話しつつ、それでもお酒だけは進んで。やがてAさんはトイレに行きたくなったんですね。

「すいません、ちょっとトイレ借ります」

 「どうぞ、どうぞ」なんて、Mさんおどけた様子で。

 で、その時初めてAさんはその家のトイレに入ったらしいんですけど、妙に広いんですって。慣れないAさんからすると落ち着かない。

 便座に座ると先程までいたリビングが左手側の壁を隔ててある。そんな位置関係だったそうですね。バラエティをやっているテレビの音やそれに対してMさんが笑う声なんかがくぐもって聞こえてくるわけです。

 Aさんが用を足し終えてさあ部屋に戻ろうかと立ち上がりかけたとき。

 ミシミシ……と、誰かがトイレの前の廊下を歩いた気配がしたそうです。それもどうやらAさんの右手側にある浴室の方から来て、トイレの前を通ってリビングに入っていったらしいんですよ。絶対にMさんではない。

 その時になってようやく「あっそういえばここ、おばけが出るんだった」と、Aさんは思い出したそうです。

 そしてリビングからMさんともう一人、女の人がボソボソ話している声がしてきたからAさん驚いて。思わず便座に座り直した。

 何を言っているかは聞き取れないけど、どうやらくだらないことを言って笑い合っているような、そんな感じだったらしいですね。Aさん、あとはもうトイレを流して手を洗って出るだけなんですよ。でもトイレから出られない。物音一つ立てられない。

 息を殺してじっと様子をうかがうんですけど、ずっと二人で喋っているんですって。

 うえー……めっちゃ話すじゃん……

 困惑しつつもしばらくじっとしていると、耳が慣れてきたのかおぼろげながら何を言っているか聞こえてくるわけです。

「XXXXX、XXXXXだよね」

「そうそう。ははははは、XXXX。そうなんだよね」

 詳細は聞き取れませんでしたが、女の冗談にMさんが乗っかって相槌を打っているような、そんな感じだったそうです。

 さてAさん。いつまでもトイレに篭っているわけにもいかないじゃないですか。覚悟を決めてトイレから出た。

 ドアを音を立てて開けたその刹那、女の気配が消えたそうです。リビングからは話し声なんてしていなくて、バラエティ番組の出演者たちがドッと笑い合う声だけがしている。

 Aさんがおそるおそる部屋に戻ると、Mさん以外誰もいない。女の影も形もない。

「どうした、長かったなあ」

 そしてMさんは平然としているんですね。待ってたよ、くらいの感じで。でも、彼の目つきが全然平常じゃなかったそうです。まるでしょうもないドッキリを仕掛けてきているような、意地悪そうな怪しい目つきでAさんを見つめて。

「大丈夫?」

「いえ、ちょっと。飲みすぎたのかなあ」

 なんてAさんが言い訳すると、わざとらしいリアクションをして「それは大変だあ」なんてやったそうです。

 Aさん、ものすごく嫌な気持ちになった。

 もう飲んで忘れよう。さっさと忘れよう。

 そうやってまた、お酒をさっき以上にぎこちない会話で駄弁りながら飲みまくりまして。

 それでやっぱり、またトイレへ行きたくなった。

「すいません、またトイレへ……」

「ああ、いいよ、いいよ」

 めちゃくちゃ見てくるんですって。Mさんが。目が合うと、微妙な、ぎこちない笑顔を向けてくる。

 うわあ。もうなんだ、来るんじゃなかったな。

 それでまたトイレへ入ると、今度はトイレのドアを閉めた瞬間、リビングから話し声がしたんですって。

 ボソボソボソボソ、と。

 Aさんその場に固まっちゃって。うわ、気持ち悪すぎる。飲みすぎたせいじゃないですよ。

 それでトイレの壁に耳を当てたら聞こえるんじゃないか。Aさんそう考えましてね、耳を当ててみたんだそうです。

 ぼんやりと聞こえていた知らない女の声と笑いをこらえているようなMさんの声が、くっきり聞こえてきて。

「あの人絶対さ~、あたしのこと気づいているよね~~」

「いやいや、あいつ霊感ないから。気づいてない。絶対気づいてない」

 Aさんが聞き耳立てている間ずっと、そんな感じの会話をしていたんですって。

「さっきさ、あの人テレビからベランダの方に視線ずらしてたじゃん?あたしが視界に入ったと思うんだよね~」

「無理無理。あいつ、知らんふりできるような人間じゃないから。気づいたら顔に出るって。絶対気づいてないよ」

「え~~本当~~?」

 もう嫌だ。これ以上は無理。トイレなんかしている場合じゃない。

 Aさん、いきなりドアを開けて飛び出たんです。トイレのドアを開けた瞬間、やっぱり女の気配は消えて会話は聞こえなくなった。

 それでリビングの入口のところにAさんが立ちますとね。一人でリビングにいるMさんがものすごく穏やかな声で言ったそうなんですよ。

「おお、早かったねえ」

 わざとらしいなんてものじゃない。Mさんの口元はニヤついていて、様子を観察するようにジロジロとAさんを見ていたんですって。

 こんな家、一分一秒でも長くいたくない。一晩泊まるだなんて、とんでもない。

「あの、その、XX駅の始発ってものすごく早いんスよ。泊まるのはやっぱMさんに悪いし、俺、どっかそこらへんで時間潰すことにします」

「そうなんだ?」

 始発が早いなんて嘘ですよ。でもこんな家にいるくらいなら、駅でも公園でもどこでもマシだと。

「お、俺、もう出ます!」

 と、Aさん挙動不審も隠せずにね。荷物を持つと「お邪魔しました」も言わず玄関から出たんです。靴もかかとを踏み潰して。

「そうかそうか。Aくん、それじゃあねえ」

 Aさん、部屋から遠ざかりながら月曜日からどんな顔してMさんに接したらいいんだろう、と悩むわけですよ。

 エントランスを出てからも悩みながら歩いていると、ふと、マンションから視線を感じたんですって。

 Mさんがね。部屋のベランダから彼を見ていたんです。Aさんが振り返り見上げると、ゆらゆらと手を振ってきたそうですよ。

 それ以来、AさんはMさんとなるべく関わらずにすむよう徐々に距離を置いていって、最終的には没コミュニケーション。一切関わらなくなった。

 それでも結局、Aさんは転職したそうですけどね。転職理由はMさんのせいじゃなくて、職場での待遇とか給与体系とか、至って真っ当な理由だったそうですけど。

 さて、それからしばらく経って、Aさんが奥さんと休日に団らんをしていた時のことです。

 二人で地元のローカル誌を眺めていたそうです。その中に夏場の心霊スポット特集みたいな記事がありまして。

 『出た!墓地に火の玉揺れる!』とか『怪異!化け猫あらわる!』とか、見出しの時点で話のネタにもならないような特集です。くっだらなーい、と二人でふざけあいながら読んでいまして。

 その中に一つだけ。Aさんがぞっとした文章があったそうなんですね。

『とあるマンションでは、男女のカップルの霊がベランダから通行人を見ており、見上げると時々手を振ってくるという』

 記事中に書かれている描写的に、そこはどうみてもMさんの住まうマンションだった、ということです。

 ただですね。その記事よると『男女のカップルの霊』じゃないですか。Mさんの生死はどうなっているのか、という問題がありますよね。

 そこを尋ねてもこの話をしてくれたAさんはそこまでは知らない、と言うんです。「もう関係ないですし。調べるつもりもありません」と言われてしまいました。

 でも気になりますよね。Mさんは亡くなっていて霊として現れているのか、それとも実は存命で、女の霊と今も仲良く暮らしてるのか……




この記事は禍話で語られた怪談を元に作成されました。
文章化に際して元の怪談に脚色をしております。何卒ご容赦ください。

出典: 禍話 第二夜(2)
URL: https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/302911350
収録: 2016/09/02
時間: 00:04:45 - 00:15:00

記事タイトルは 禍話 簡易まとめWiki ( https://wikiwiki.jp/magabanasi/ ) より拝借しました。