【禍話リライト】 伝説の男

 シンプルに、廃墟に行ってはいけないという話です。絶対に面白半分で行ってはいけない。

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 この話、その地元では半ば都市伝説化して有名な話なんですけどね。

 とある辺鄙な土地に廃病院があったそうなんです。場所が場所だけに流行らなかったんですかね。唐突な夜逃げか何かがあったみたいで、医療器具がまだちらほら残っている、そんな廃病院が。

 その廃病院、二階から先は誰も上れなかったそうなんです。いや、「誰も」というと語弊がある。業者とか何かしらの用事がある、「ちゃんとした」理由がある人たちは上っても大丈夫。スイスイ行けちゃう。ところがですね。廃墟マニアとか、もの好きな人たちが物見遊山で用もないのに入り込むと、一階から二階へ上る階段の踊り場付近で、もうだめなんですって。

 全身に悪寒が走ってね。「行ったらだめだ!」と直感が訴えてくるくらいだったそうです。それも霊感のある人がじゃないですよ。霊感なんてない普通の人が、一階から二階へ向かう途中でそう感じるんです。

 霊感がある人はその廃病院には入りもしない。とんでもない場所だって言ってね。

 地元のヤンキーの人たちなんかね、それでも無理して二階まで行ったりするんです。「XXここに参上!」みたいな落書きを残すために。それでどうするかというと、昼間に行くんですよ。そういう人たちの活動時間帯って、決まって夜中じゃないですか。違うんです。まだ日も高い、明るいうちに行って、ビビり散らかしながらなんとか二階に落書きを残して、それを武勇伝にしていたんですって。そんな彼らでも三階には絶対行かない。いや、行けない。

 だからその廃病院は二階まではごちゃごちゃ落書きがあって荒らされているけれど、三階には落書きなんて何もなくきれいなまま残っていて。

 ただまあ、そんな建物がいつまでも残っているわけもなく。ある時、解体・撤去される話が持ち上がったんですって。

「オイ、聞いたか」

「あの病院の話ですか?次、何か建つんすかねえ」

「どーせラブホとかだろ」

「そういや俺、まだラブホ入ったことないっすわ」

「馬鹿。おいお前ら。このままでいいのか?」

 ヤンキーが五人。後輩二人と彼らの先輩が三人です。その先輩のうちの一人、Sくんが突然こんなことを言い出した。

「俺ら、まだあれに爪痕残せてないだろ」

 自分らより上の世代は落書きを残せているのに、俺たちはまだそれをやっていない。このまま解体されるのを指をくわえて眺めていていいのか、と。これじゃ男の名が廃る、と。ヤンキーというのは損な生き物です。

「だからさ。今夜、伝説を作りに行こうや」

 工事が始まって入れなくなるその前に、まだ誰も達成したことがないという病院の三階まで上って、そこに自分たちの名前でも記念に残してこようぜ、というわけですね。

「やるか」「やりますか」「やろうぜ!」

 というわけで、五人は廃病院までバイクを飛ばし、まっしぐら。

 で、廃病院に着くと雰囲気が凄すぎて彼ら一気に呑まれちゃった。この廃病院の中へ入るのはみんな初めてなわけです。それも深夜。落書きに来る時は普通日中ですから、Sくんたちより更に上の先輩から聞いていた話と雰囲気が、重々しさが、全然違う。

 一階のエントランスに入った時点で、もう「やばい」と感じたそうです。なんだかね。分厚い透明な壁がそこにあって、それにのめり込んで息が苦しくなったみたいな感じなんですって。

 みんな怖気付いちゃって。でも、伝説を作ろうぜと言い出したSくん。ちょっと色々キマっていたんですね。携帯電話のライトを点けると、

「俺は行くぜ!お前ら、そこで俺が伝説になるとこ見とけよ!」

 とフロアを駆け抜けて、階段を上って行ってしまった。

「すげーSさん……」

「あいつ、マジモンの伝説や!」

 残された四人はSくんに感心しながら、階段を駆け上がる彼の足音を聞いているわけです。

 タッタッタッ。一階から二階へ階段を上りきった。

「うおおお!」

 タッタッタッ……三階へ上るSくんの足音が遠ざかっていく。

 それきり、静かになっちゃった。

「……あいつ、大丈夫か」

「いや~……どうなんすかね……?」

「…………」

 真夜中の静かな廃墟の中、突然、四人の携帯電話がそれぞれ着信の通知音を鳴らしたんだそうです。みんなでびっくりして情けない声で「おわっ!」っと叫んだりして。

 見ると、四人とも階段を上っていったSくんからのメッセージを受信していたんですね。

『デンセツ誕生!!!』

 メッセージはそれだけ。「三階に俺の名前残したったぜ」とか、具体的に武勇伝になるようなことは何も書いていないんです。準備したスプレー缶は持って行っていたはずなのに。記念の落書きをした写真も何もない。

 なんだこれ?と四人ともなりまして。それでもまあ、Sくんが三階まで行ったのは自分らが証人ですから。ちょっと物足りないけど、まあいいかあ。怖いし。となったんですね。

 それで彼らはSくんの帰りを大人しく待ったんです。あいつ早く帰ってこいよ、なんて愚痴りながら。

 それが帰ってこない。随分待っても帰ってこない。しびれを切らして、年長の二人が「ちょっと見てくるから待っとけ」と言って、おそるおそる上っていく。

 タッ……タッ……タッ……

 すると、その人たちも帰ってこない。

 可哀想なのは残された後輩二人ですよ。正直、廃病院に爪痕残すなんてどうでも良かったけど、ノッてる先輩たちに水を差すわけにもいかず付き合わされた二人なわけです。

「……これやばいんじゃね?」

「どうするよ」

「二人で上って全滅するとやばいから……一人が行って、一人はここで待つことにするか。それでもし、誰も帰ってこなかったら、残ったのがKさん呼ぼう」

 Kさんというのは腕っぷしのある先輩でして。ちょっと怖い人だけど、何かトラブルがあればその人に頼って助けてもらうことがよくあったそうですね。

 それで二人でじゃんけんをして。勝った方が行くか残るか選んだんです。

「じゃあ俺、行くけど。帰ってこなかったらまじでKさん呼べよな」

「わかった」

 タッタッタッ……

 やっぱりそれっきり、今上って行った奴も帰ってこない。

 さて、一階に取り残されたEくん。

 彼、これはもうKさん呼ぶしかないだろうと考え始めたんですね。ただ悲しきはヤンキーの性です。

 自分は安全な一階にずっといて、怖くなったので助けを呼びました、なんて、これ、許されるんだろうか?はたと気がつきまして。

 せめて二階くらいまでは行って男を見せた上で助けを呼ばないと、後から笑われたり叱られたりするんじゃないか。

 そう考えると、上に行った四人は自分を試すつもりで息を潜めているんじゃないか。そうとすら思えてきて。

 もしかしたら先にKさんに連絡して、「あいつが連絡してきたら、ガッツリ叱ってください」なんて伝えているかもしれない。

 それでEくん、自分だけイモ引くわけにはいかないぞ、と。おっかなびっくり一階から二階へ階段を上って行ったんです。

 すると、途中の踊り場を過ぎたあたりから、何か音がする。

 耳を澄ませてみると、携帯電話のカメラでシャッターを切る音なんです。

 何度も何度も、カシャカシャと写真を撮っている音がする。

 二階まで来ると、先に上がっていった仲間の声も上から聞こえてきて。

「すげえ、すげえ」

「デンセツだよこれ」

 何かに興奮している様子の仲間の声が、上からしているんです。

 なんだ。みんな無事なんだ。Kさんに連絡しなくてよかった。

 Eくん、安堵しまして。三階への階段を急ぎ足で上って行ったんです。

 その間もずっと、「これまじでデンセツだよ」とか「アツすぎますね」とか「俺等で語り継いでいこうぜ、このデンセツをよ」とか、テンション上がっている仲間の声とカメラのシャッター音がしているんですね。

 で、Eくん。三階まで到達すると、すぐそばにある、みんなの声がしている病室を覗き込んだ。みんな、何してるんすかーって。

 その部屋の中で首を吊っているSくんの姿を、Eくんは目撃したそうです。自分のベルトを上手いこと引っ掛けてぶらんと垂れ下がっているSくんを。それを三人が取り囲んで、立ち位置を変えながら携帯電話のカメラで撮影していたんですね。

「デンセツだよこれ」「まじやべー」「デンセツすぎる」「デンセツだな」

 三人は夢中で、首を吊っているSくんを撮り続けていたんですって。

「いや……あんたたち、何してるんすか!」

 Eくんがたまらず叫ぶと、その瞬間、他のみんなも我に返って驚いてその場に腰を抜かして、うわーーっ!と絶叫したそうです。

 Sくん以外。

 彼、みんなでどうにかこうにか床に降ろした時には事切れていました。

 それで警察が出てくる騒ぎになったんですけど、Sくんの死は色々なアレによる衝動的な自殺だろうと処理されまして。

 結局、Sくんが望んだ通り彼は地元で伝説になっちゃった。

 かつて存在した廃病院の名前とかSくんの名前とか具体的な固有名詞はタブー視されて伏せられつつも、その地元では今もこの話、語り継がれているんですよ。




この記事は禍話で語られた怪談を元に作成されました。
文章化に際して元の怪談に脚色をしております。何卒ご容赦ください。

出典: 禍話 第二夜(1)
URL: https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/302893578
収録: 2016/09/02
時間: 00:20:25 - 00:26:10

記事タイトルは 禍話 簡易まとめWiki ( https://wikiwiki.jp/magabanasi/ ) より拝借しました。