【禍話リライト】 ガラガラガラ……
「白衣の天使」という古語がございますね。いや、古語ではないですが。どうなんですかね。甲斐甲斐しく患者の世話をされる看護師さんのことを今でも白衣の天使と呼ぶのでしょうか。たとえそれが男性でも。
しかし天使というのは性別がないそうですからね。男性を含めて「白衣の天使」と呼んでも、そもそも差し支えはないもので。
まあ、それはさておき。看護師さんにまつわる不思議な話を一つしようと思うんです。
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その体験をしたRくん。ある時目が覚めると病院のベッドに横たわっていたのだそうです。
通院しているとか入院しているとか、全くそんなことないんです。医療関係者でもない。それなのに、病院のベッドの上にいたんですって。
Rくんが「あれー?」と思っていると、部屋の外の廊下の方から、
ガラガラガラ……
と、台車か何かの車輪が病院の廊下を転がる音がした。どうやらRくんのいる病室に近づいてきているらしいんですね。
不思議なことに腕はかろうじて動くけど頭があんまり動かない。仰向けに横たわって天井を見上げているんです。少し頭を傾けてあとは眼球を動かして確認したところ、どうやら病室は個室らしい。
もう一つ不思議なことに。その個室の入り口のドア、視界の端で見てみると完全に開いていたそうですね。ほら、普通病室のドアってスライド式で、勝手に閉まるようになっているじゃないですか。ところがそのドアは全開だったんですって。それで廊下の方から、
ガラガラガラ……
音を響かせて台車らしきものが近づいてきている。Rくんが「あっ、そろそろ病室の前までくるな」と感じたその時。女性の看護師さんだけがスーッと通り過ぎたそうですね。別に台車も何も押したりも引いたりもしていない看護師さんが一人、横切った。
でも、車輪が床を転がるような音はずっとしているんですよ。というか、どう考えても今通り過ぎた看護師さんが台車を押しているような感じで。
ガラガラガラ……
音は遠ざかっていったんです。
おかしいなあ、夢でも見ているのかなあ……とぼんやりしているうちに、Rくんは眠くなってきてまぶたを閉じたそうですね。
それでまたふっと気がつくと。
ガラガラガラ……
台車を押す音が近づいてきている。
先ほどと同じ病室、同じベッドの上のようだ。今回は少し身体を動かすことができて。あごのあたりを触るとあごひげが伸びていたそうですね。数日剃っていない感じ。
ガラガラガラ……
来るぞ、と思った時にまた同じ看護師が横切ったそうです。今回はカルテか何か、紙の資料を持っていたといいます。それにちらっとこちらを見た気がした。
しかし相変わらず台車らしきものはない。
ガラガラガラ……
そしてやっぱり、あの看護師さんと共に音は遠ざかっていった。
これはいよいよ夢だなと。Rくんそう思ったそうですね。夢の中で同じ光景を繰り返し見ることってあるじゃないですか。きっとそれだろうと。
目覚めろー、目覚めろー、とRくんが念じていると、またとろとろと眠くなった。
ガラガラガラ……
そしてやっぱりまた、この音でRくんは目を覚ましたといいます。確認するとひげが前回より伸びているようだ。
ほーらまた看護師さんが通り過ぎるぞ、と思っていますと。
ガラガラガ
音が彼の病室の前でピタリと止まる気配がして。あれ?と思っていると、その看護師さんが首だけ病室内に差し込んで、覗き込んでいたそうですね。
看護師さんらしく心配した素振りというか声掛けみたいなことはなくて。ただ黙ってRくんが横たわっている病室を覗いている。
Rくんも声を発したり起き上がったりすることはできなくて、視界の片隅にいる看護師さんの方を意識しつつ、じいっとしていたんですって。
それでちょっと間を置いてから、
ガラガラガラ……
看護師さんは音を立てて去っていった。台車なんて絶対なかったのに。
Rくん、変な夢だなと思って。いい加減起きても良さそうなのに目覚めはまだかよ、なんてつらつら考えているうちに、また眠っちゃった。
次に起きた時は本当に目覚めたそうで、台車の音なんか全く聞こえなかったそうですね。手元にはナースコールのボタンがあったといいます。反射的にボタンを押したら看護師さんたちが駆けつけてきてくれて。
「意識が戻ったんですねー!」
と喜んでいる。話を聞いてみると、Rくんがバイト帰りに自転車を走らせていたところに、後ろからやってきたタクシーにひっかけられて路上に派手に転んだのだそうです。それで頭なんかも強く打っちゃって重体で、意識が何週間も戻らなかったんですって。
「これ以上意識が戻らなかったら脳の機能に障害が残るかも……」
なんて話していた折に目覚めたので、みんな「よかった、よかった」とホッとされている。Rくんも自分がそんな状態だったと知って、うわー、目覚めることができて良かったー、と心底安堵したそうですね。
両親にも無事目が覚めたと報告して。電話口の向こうで泣いて大喜びだったそうです。
夢で見た、あのガラガラ音を立ててやってくる看護師さんがぎりぎりのところを見守ってくれていたのかな、なんてぼんやりと思いつつ。
やがてベッドから起き上がれるようになり、Rくんが体力の回復と歩行のリハビリも兼ねて病院内を歩き回っていた時のことです。
ふと掲示板を見ると、病院の歴史のようなものが書かれてある模造紙が張ってあったそうですね。Rくんは休憩がてらそれを眺めて。
その張り紙の中ほど、看護師ではなく看護婦と呼ばれていたであろう頃のものに。夢に出てきた看護師さんの着ていた制服と同じものを着た看護師たちが並んでいる写真があったんですって。どうやら、夢の看護師さんはこの病院の古い制服を着ていたようなんです。
あの人はきっと昔からこの病院の患者さんを見守っていたに違いないと。Rくんもいたく感謝しまして。これぞ白衣の天使だな、みたいな。本当ありがたいことですよね。
それからRくんの頑張りもあって、予定よりも早く退院できたそうです。
さて退院当日。時刻はもう夕方を過ぎた頃だったといいます。両親が迎えに来てくれて。支払いやら手続きやらお世話になった挨拶やらをやって人の出入りがあった中で、Rくんだけが待合室にいる感じになったそうですね。受付時間もとうに終わっているので、Rくん以外誰もいないんです。寂しい夕暮れ時のこと。
ふと。
ガラガラガラ……
遠くから近づいてくる、あの音がしたそうです。
ああ、あの音のおかげで俺、目覚めることができたんだよなあ。……ん?でもなんで今、この音がするんだ?
Rくんが訝しげに音が聞こえてきた方を見たその時です。
夢の中で見たままの、あの看護師さんが音を立ててRくんに向かって歩いてきていたんですって。
ガラガラガラ……
え?なんで?
Rくんが驚いて固まっている間も、看護師は音を立てて近づいてくる。
ガラガラガラ……
その看護師さんね。Rくんと視線が合いますと軽く微笑んで。
ガラガラガラガラガラガラ
早足になってRくんに近づいてきたんですって。
「うわっ!」
あ、これ、違うんだ。
Rくん、自分が勘違いしてたと察しまして。多分この看護師、別に俺を見守っていたとか助けたわけじゃないぞ、と。
それで慌てて待合室から病院の外へ出て。玄関からは距離のある駐車場の車の陰に潜んで、入り口の方をそっと窺っていたといいます。
幸いその看護師が外へ出てくることはなくて、やがて両親がRくんを探す感じで出てきたそうですね。
「あんた、なんでそんな所にいるの。待合室にいないから焦ったじゃない」
「いや、ちょっと……玄関のあたりに看護師さんとかいなかった?」
「誰もいなかったわよ」
それで後は両親を急かすようにして車に乗り込んで。駐車場から出る時も病院の方をできるだけ見ないようにして、帰宅したのだそうです。
もし次何かあってもあの病院に運び込まれるのだけは勘弁だな、とボヤいてRくんはこの話を締めくくりました。
この記事は禍話で語られた怪談を元に作成されました。
文章化に際して元の怪談に脚色をしております。何卒ご容赦ください。
出典: 禍話 第四夜(2)
URL: https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/306839602
収録: 2016/09/16
時間: 00:05:15 - 00:10:25
記事タイトルは 禍話 簡易まとめWiki ( https://wikiwiki.jp/magabanasi/ ) より拝借しました。