【禍話リライト】 押さえる子供

 お酒、好きですか。

 世の中、お酒との付き合い方は様々ですよね。全くお酒を飲めないという人からガンガンいこうぜという酒豪の人まで。もちろん未成年の方は嗜んじゃだめですよ。

 悪酔いしてだる絡みする人もいれば、陽気になって笑い上戸。中には何かを思い出して泣き出す人もいらっしゃる。酔い方にも色々あります。

 ただ、お酒のせいにして他所様に迷惑をかける。これはよくないですね。

 そんなわけで、酔うと陽気になるおじさんのせいで恐怖体験をすることになった、憐れな一人の青年の話をしていこうと思うんです。

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 その青年、Aさんというのですが。彼の知り合いにBという中年のおじさんがいましてね。そのBさん、酔っ払うともう、すごいんですって。

 一度飲みだすと、まっすぐ立っていられないくらいぐらぐら酩酊するまで飲んじゃって。千鳥足でなんとか家には帰れるけど、道中、かばんに入ってる私物を道端に投げ捨てたりするんです。

 だからBさんが飲んだ夜は、Aさんに助けを求める電話がかかってくることが多かった。

「Aくん~パスケースがないよ~」

「あーもう、またどっかに投げちゃったんでしょ」

 こんなやり取りしょっちゅうです。でもヘルプ・ミーと言われたら、近所ということもあってAさんは手助けに行くんですね。

 さてある日の晩。もう夜も更けて、時刻は22時、23時といったところ。Aさんがテレビを見ていると、いつもの如くBさんから電話がかかってきた。

「まーたあの人、何かやらかしたな」

 テレビを消して電話を取りましてね。

「はいはい、どうしました」

「おお~Aくん~~。俺、トイレから出られなくなっちゃったよ~」

 電話の向こうで、40過ぎたおじさんが「出るものは出たのにさ~」なんて言っているわけですよ。

 Aさん曰く、似たような電話は以前にもあったそうです。その時は押せば開くドアを手前に引こうと一生懸命Bさんやっていたそうで。

 ただその時もそうだったらしいんですけど、電話で言っても聞かないらしいんですよ。「押してみてください」と伝えても「わかったあ!」と言って手前に引いてる。

 今回もまたそのパターンだろうと。しょうがないからAさん出動です。

「どこのトイレですか」

「俺おしっこしたくなってさ~。道端でやったら犯罪じゃんか。だからさ~」

「だからどこなんですか」

「おお~X公園だよ。X公園のトイレ。そこに入ったらよ~出られないんだよ~」

 徒歩で行けるくらいの近所だったそうです。たしかにその公園にはトイレがあったんですね。個室で男女兼用タイプのやつが、一つだけ。

 Aさんが思い起こしたところによると、たしか押せば開くタイプのドアだったんじゃないか、と言うんですよ。

 さてAさん。早速公園へ向かうわけですけど、道中も電話を切らず、無駄とわかっていてもBさんに指示を出してみたわけです。

「ちゃんと押してますか?多分引いても開かないから、押してみないとだめですよ」

「いやそれがよ~。最初押してみたんだけどびくともしなかったからさあ~、さっきは引いてみたんだよ~。でもそれもだめでさ~。結局また押してるんだけど、これもだめだあ」

 そんなことないだろ、と内心ツッコミつつAさん、公園のそばまで着いたんですね。

 で、たしかに公園のトイレの中からBさんの声がする。

「開かないよ~」

 というBさんの情けない声がトイレと電話と、両方から聞こえてくるわけです。

 ところがですね。Aさん、あることに気がついて公園のそばの歩道で立ちすくんでしまった。

 幼稚園の制服をきちっと着て肩からかばんをかけて、黒っぽい帽子を被っている幼児がトイレのドアに張り付いている。そんな光景をAさん、見てしまったんですね。

 つまりその幼児が、両腕を広げてトイレのドアを押さえていたというんですよ。片側の頬をべったりトイレのドアにはりつけてる感じで、表情は帽子に隠れて見えやしない。

 そんなわけないじゃないですか。

 いくらBさんが情けないおじさんだからと言っても、それくらいの子どもの腕力に負けるはずがない。

「あ~~もう、おかしいよこのトイレ~」

 何も知らないおじさんは愚痴るんですね。

「このトイレ最悪だよ~。落書きがあってさ~~。あ~~これ、小さな子がやったな~」

 Bさん、トイレの中と外をリンクさせてきた。

「うわっ、ちょ、ちょ、なんで小さい子が描いたってわかるんすか」

 携帯電話を手から取り落としそうになりながらAさん言ったんです。Bさんに否定してほしくて。だっていやじゃないですか。

「描いてある高さ的にさ~幼稚園児とかそれくらいなんだよ~。チューリップとかトイレに描きやがってさ~。親は何やっているんだ~!そんなんじゃ、お先真っ暗だぞ~~」

 Aさんの恐れをよそに、Bさんよくわからない感じで世を憂いだした。

「ここの管理もさ~。しっかりしろって話だよ~。ちゃんと清掃して、ちゃんとドアの整備もして。なあ~~?」

「そ、そうっすね……」

 会話している間も、その子微動だにしないんですって。

「おーい、まだ着かないのかあ~」

「いや、すんません、もうちょっと」

「早くしてくれよ~~」

 どうしよう、どうしようとAさんは焦っているのに、Bさんはのんきなものでしてね。

「あ~~、もう、いくぞお。押し通る、おしとーーる!」

 とかやってる。

 うおお、と力む声を上げながらBさんがなんとかドアを押し開けようとしているのが、電話越しにわかるんですって。

 でもびくともしない。幼児もドアも全然動かない。

 異常な事態に巻き込まれた時、自分よりおかしなことになっている他人を見ることで落ち着きを取り戻せることってありますよね。

 Aさん、アホなことをやってるBさんのおかげで逆に冷静になれたんです。いや、やっぱりあんまり冷静じゃなかったかもしれない。

 ふと、「こんなに小さな子なんだから親がそばにいなきゃだめだろ!」と義憤というか疑問というか。そんな考えに取り憑かれたそうで。

 それで公園をぐるっと見回したんですね。

 そうしたらいたそうです。親らしき人。公園の、Aさんから見ると奥の方のベンチに。姿勢良く背筋を伸ばしてお座りになって。

 トイレのドアを押さえる幼児を眺めて、幸せそうに微笑む女がいる。

 それに気がついたAさん、薄情な話だけど電話を切って全力疾走で部屋まで逃げ戻って、明かりをつけたままベッドにダイブしたそうです。

 翌日、Bさんから彼のもとに謝罪のメッセージが来てましてね。Bさん、昨晩のこと何も覚えていないんです。ただ携帯電話にAさんとの通話履歴があったから、メッセージを送ってきたそうで。

『ごめん。昨日俺Aくんに電話した?何も覚えてなくてさ。今朝起きたらX公園のトイレだったんだよね。いい歳なのに俺、恥ずかしいよ(笑)』

 Aさん、次助けを求められてもX公園だけは行かない、というか絶対近づかない、と言ってました。例のトイレに本当に落書きがあるのかどうかさえ、知らないし知りたくないそうです。




この記事は禍話で語られた怪談を元に作成されました。
文章化に際して元の怪談に脚色をしております。何卒ご容赦ください。

出典: 禍話 第一夜(2)
URL: https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/301148616
収録: 2016/08/27
時間: 00:11:35 - 00:17:00

記事タイトルは 禍話 簡易まとめWiki ( https://wikiwiki.jp/magabanasi/ ) より拝借しました。