【禍話リライト】 女の絵

 人生、ふとした瞬間に取り憑かれたようにして何かにのめり込むことってありますよね。後になってから「どうしてこれにハマっていたんだろう?」と不思議になるような。

 ただ、もしもあなたのそばに。よくわからないタイミングで何かに没頭しだした人がいるなら、注意して見ておいた方がいいかもしれません。

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 これはかなり前にとある高校で起きた話なんですけどね。体験したKから聞いた話です。

 その高校、私立のいわゆるヤンキー高校で。昼休みなんか校舎の隅で煙草を咥えている輩がちらほらいるような、当時はそんな高校だったそうです。

 ところがある日のこと。そのヤンキーの中の一人、Hが急に絵を描くのに熱中しだしたっていうんですね。

「オイ、Hのやつ最近集まりに顔出さないけど、なんかあったのか」

「いやそれがあいつ、急に美術の道に目覚めたらしいっすよ」

 なんてヤンキー同士でも噂になってね。

 Hの絵画へののめり込み具合はすさまじく、放課後も残って絵を描く。朝も早く来て絵を描いている。なんなら、昼休みも美術室にこもって絵を描いていたそうなんです。

「火が着いた、って言うんすかねえ。一心不乱なんすわ」

「そっかあ。あいつ、俺らとは別の道に行くのかもなあ」

 ヤンキーたち、Hはこれから真面目な道を歩む覚悟でいるんだと思ってそっとしておいたそうです。

 さてそんなある日の夕暮れ。

 この話をしてくれたKがたまたま美術室の前を通りかかって、ふと中を覗いたそうなんです。するとやっぱりHがいるんですね。明かりもつけずに。

 それでK、Hをちょっとからかってやろうと美術室に踏み込んだんです。

「おいH~~何描いているんだ~~?」

 音を立ててドアを開けても、おどけた調子で近づきつつ声をかけても、Hは一切Kの方を見ないんですね。薄暗い中ずっと、一人で絵を描くのに熱中している。

 随分とご執心だなあ、とひょいとHの手元を見ますとね。HはA3サイズのスケッチブックを広げて、そこにクレヨンをガリガリと走らせて人物画を描いてたそうです。

 その人物画。おそらく女子高校生だろうとKは思ったそうです。Hに絵心があんまりなかったんですかね。制服っぽい格好の、髪の長い様子の人物だったから、なんとなくKはそう判断したらしいです。

 ただですね。Hの目の前にモデルになっている子、いないんですよ。写真を置いているわけでもない。Hの前は何もない薄暗い空間なんです。

 それなのに、Hは時折顔を上げて「うん、うん」と、画用紙と目の前の空間を見比べているみたいなんですね。

「お、おい。H。何してるんだよ……」

 Kが肩を叩いて呼びかけても、それにすら無反応なわけです。ずっとガリガリとクレヨンを走らせてる。

 それでKは、ひょっとするとHは危うい薬物でもやっているんじゃないかと思ったそうですね。流石にそれはまずいだろと。

「お前、何か変なモノ吸ってるんじゃ──」

 そう言いかけた時。Hが「うーん?えー!?えっ?」と、驚くような声を出すとスケッチブックから顔を上げて、前方をじっと見つめたんですって。描く手を完全に止めて。

 眼前の虚空を見つめて「えっ?えー?」と誰かの言葉に驚いているようなHにKは怯えて、何も出来ずにしばらくそこで立ちすくんでいたそうです。

 時間にしたら数分。突然、Hは「うん!うん!」とうなずいて、真っ赤なクレヨンを手に取ったんですって。

 それで描いていた女の子の絵、その首のとこにクレヨンをガーッと走らせているんです。何度も何度も。

「うん!」

 まるで血だらけにするかのように、首のあたりを執拗にぐるぐると、幾重にも輪を描き赤のクレヨンを塗り重ねていたんですって。

「うん!」

 それをしている間、Hはずっと「うん!うん!」と、ニコニコしながらやっていたんです。

 K、いい加減これはやばすぎるとなって。

「おい!バカヤロー!」

 肩を掴み自分の方を向かせると、思い切り殴ったそうですね。するとHもヤンキーらしく瞬時にキレ返してきた。

「何すんだよお前ーっ!」

「お前こそ何してるんだよ!」

 そこでH、ようやく我に返ったというか。自分の手に持っていた真っ赤なクレヨンを見て驚いているんです。

「何……え、なんだこれ」

「……お前覚えてないんか。お前が描いてたんだよ、それ……」

 Kがスケッチブックを指差すと、そこでようやくHは自分が描いていた絵に気がついて。

「は?うわっ!何だこれ気持ち悪っ!」

 驚いたHが派手に椅子から立ち上がるとスケッチブックは床に落ちた。

「いや、ていうかここ、美術室か……?なんで俺ここにいるんだ」

 Hはキョトンとして彼ら以外何も無い美術室を見回していて。ここに至る記憶がないというんです。K、これは異常すぎる状況だと気がついて。Hの腕を掴んで叫んだんですね。

「おい!とりあえずここ出るぞ!」

「なあ、なんで俺美術室なんかにいるんだ……?」

「いやもう、いいから、いいから!まずは出るぞ!」

 と、二人でわちゃわちゃしながら美術室から出ようとしましたらね。他に何もない美術室の奥から声だけがしたそうです。おしとやかな女子の声が。まるで、二人に問いかけるように。

「すみません。わたし、いつまでこうしていればいいんですか?」

 それを聞いた瞬間、二人はダダッと美術室を飛び出して。叫びながらもう全力疾走で薄暗い校舎を駆け抜けて事なきを得たそうです。

 そして翌朝、開きっぱなしの美術室から床に落ちていたスケッチブックを回収すると、学校の使われていない焼却炉に捨てに行ったんですね。

 もうあの絵のことは忘れようと。

 それでH、また不真面目な日常に戻って。ヤンキー同士の付き合いの輪に帰っていったそうです。仲間内からは大変歓迎されたそうですね。「やっぱお前の居場所はここだよ!」みたいな。

 一方のKはといいますと、それからも美術室の女の子のことを軽く調べてみたらしいんです。

 でも美術室で死んだ人はもちろん、誰かが美術関係で一悶着起こしたなんて話、教師も卒業生の先輩も知らない。記録も何も残っていない。

 結局、何も判明できずに卒業を迎え学び舎を去った、ということです。




この記事は禍話で語られた怪談を元に作成されました。
文章化に際して元の怪談に脚色をしております。何卒ご容赦ください。

出典: 禍話 第四夜(1)
URL: https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/306826137
収録: 2016/09/16
時間: 00:16:50 - 00:25:20

記事タイトルは 禍話 簡易まとめWiki ( https://wikiwiki.jp/magabanasi/ ) より拝借しました。