【禍話リライト】 踊り場こっくりさん

 突然ですが「こっくりさん」ってご存知ですか。「はい」や「いいえ」に「あいうえお」の50音表、それに絶対忘れてはいけないが鳥居ですね。そんな諸々が書いてある紙を用意してやる、アレです。

 昔ある時期ものすごいブームになって、どこの学校でも「こっくりさん、こっくりさん」と子どもたちが唱えては、

「今度の遠足の時の天気を教えてください」

 とか、

「私が気になるXXくんは誰が好きか教えてください」

 とか、そんな他愛もないことをこっくりさんに訊ねたものでした。

 さてしかし、ブームというのは去りゆくものでして。数年も経てば子どもたちの「こっくりさん」に対する熱は静かに冷めていき、とうとう廃れてしまったのです。

 これは「こっくりさん」ブームが去って随分経った後の、とある女子高校生が体験したお話です。

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 その彼女、とても真面目な性格でして。高校入学したその日に、渡された生徒手帳に書いてある校則、その全てに目を通したんですね。大半はまあ、当たり障りのない、どこの高校の校則にも書いてあるようなものばかりだったそうなんですが、一つだけ。最後の方にこんなことが書いてある。

『こっくりさん禁止』

 先に述べた通り、この頃こっくりさんブームは去っていましたから。彼女は随分と古臭い校則が残っているんだなあ、と思ったそうです。

 今時こっくりさんって。それも高校生にもなって。やるわけないじゃん。

 普通の高校生ならそう一笑に付して終わるのでしょうが、そこは真面目な彼女。他にも時代錯誤な校則が残ってるんじゃないかと、改めてよく校則一覧に目を通してみたんですって。

 ところが生徒手帳をきちんと読んでみると、時代錯誤的でカビの生えたような校則、他に見当たらない。むしろきちんと読んだせいで「こっくりさん禁止」だけ異様に他の校則から浮いていることに気がついたそうです。

 それで彼女、俄然「こっくりさん禁止」の校則に興味が湧いてきた。早速、色々な先生方にこの校則の由来を訊いて回ったんですね。

 ところがですね。担任の先生も同学年の他のクラスの先生も学年主任の先生も、誰に訊いても「わからない」と返ってきたそうで。それでとうとう、この学校に長くいるという、年かさの先生に放課後わざわざ訊ねに行ったんですって。

 その先生からは「勉強のことじゃないの」なんて苦笑されたりしてね。

「詳しくは知らないんだけどね……こっくりさんのトラブルが起きたらしいんだよ。や、誰か亡くなったとか、大怪我をしたとかじゃないらしいが」

 その先生、そう教えてくれて。ただ、具体的に何が起きてなぜ校則で禁止されているのか、それはその先生でも知らなくて。彼女も先生方も「何なんだろうねえ?」と揃って首をかしげたそうです。

 それからしばらく経ったある日のこと。

 放課後、帰宅部特権で家にまっすぐ帰った彼女は、宿題のプリントを教室に忘れたことに気がついたんです。しかも部屋で荷物を下ろした後に。別に大した量ではないので、明日の朝一番に教室に行ってしまえば始業前には片付けられる、その程度のものではあったらしいです。しかしやはりそこは真面目な彼女。即断即決で学校へ取りに戻ったんですね。

 グラウンドでは運動部が片付けを始めているし、文化部も活動を終えた様子の生徒がちらほら校舎から出てきている。そんな夕暮れ時の時間帯。

 彼女の教室のある棟はもう誰も活動をしておらず、校舎の明かりが消えていてとうに暗かったといいます。

 ただ、暗いとは言ってもぎりぎり日没前でまだぼんやりと見えはするし、何より自分のためだけに明かりをつけるのも気が引けて。彼女は三階にある教室へ向かって一人、暗がりの中を進んで行ったんです。

 校舎の中は当然、誰もいない。聞こえるのは自分の上履きが階段を上る音だけ。校舎に入った時は外から聞こえた、運動部員たちが片付けをしながらふざけあう声も聞こえなくなって。

 やっぱり明かりをつけるべきだったかなあ、でも今更なあ、と彼女は段々心細くなってきた。

 それで最後の方はほとんど駆け足気味に階段を上って、教室にたどり着いたそうです。薄闇の中急いで自分の机からプリントを回収して、さあ戻ろうと彼女は踵を返して再び階段に差し掛かって。

 そこで彼女はあるものに気がつき、ぎょっとして足を止めたそうです。

 たった今さっき自分が上ってきた階段の踊り場に、四人分の人影があったんですって。彼女と同じ年代の女の子の人影が四つ。四人で何かを取り囲むように踊り場にうずくまっていて、ぶつぶつと声が聞こえてくるんです。

 彼女が上ってきた時は間違いなく誰もいなかったし、誰かが移動するような物音も気配もしなかった。それなのに今、四人はこうして階段の踊り場にいて、何事か呟いている。

 それで彼女、廊下の角のところに身を隠し、おそるそる階段の方を見下ろすように覗いて、聞き耳を立ててみたんですって。

「こっくりさんこっくりさんこっくりさん」

 その四人、口を揃えて「こっくりさん」とひたすら繰り返していたそうです。息継ぎもなしに。

 彼女が驚いて固唾を呑んでいる間もずっと、

「こっくりさんこっくりさんこっくりさん」

 四人はひたすら唱えている。

 え?何?なんでそこでこっくりさんやってるの?

 彼女、もう怖くてその四人から目を離せないわけです。普通のこっくりさんなら「こっくりさん、こっくりさん」と唱えたあとで「いらっしゃいましたら……」とか、訊きたい質問へ続くわけですよね。ところがこの四人、質問に移る気配が全くない。

「こっくりさんこっくりさんこっくりさん」

 彼女のいる校舎、廊下の反対側にも階段はあったそうです。下駄箱に向かうには遠回りになるけど、そちらから階下へ向かうこともできる。

 でももし反対側に行って、そこでも四人が階段の踊り場でこっくりさんをやっていたらどうしよう……そんな考えに囚われて彼女は身動きが取れなくなってしまった。

 そうこうしているうちに陽は完全に沈みまして。ぼんやりと見えていた校舎の中はどんどん、どんどん暗くなって、とうとう真っ暗になった。その暗闇の踊り場で、

「こっくりさんこっくりさんこっくりさん」

 終わりも始まりもなく延々と四人は「こっくりさん」と呟き続けている。

「こっくりさんこっくりさんこっくりさん」

 ただ黙って見ているだけの彼女は冷や汗やら脂汗やらが止まらない。

「こっくりさんこっくりさんこっくりさん」

 いよいよ彼女が耐えきれなくなってきたその時でした。

「こっくりさんこっくりさん忘れ物を取りに来たんですか?」

 何の前触れもなく、そう言った四人が一斉に彼女の方をばっと見上げてきたそうです。もう真っ暗闇なのに、彼女は四人が自分をじいっと見ている視線をたしかに感じて。

 …………そこで彼女の意識は途切れて、次に気がついた時は上履きのまま、学校から一番近いコンビニの店内にいたそうです。

 店内に入ってきた彼女がただ黙ってぼうっとアイスの入ったケースを見つめているものだから、店員さんから「大丈夫ですか」なんて心配されたりなんかして。

 汗も全然引いてなくて、まるで無我夢中で全力疾走してきたみたいだったそうです。額からは汗が玉を作って流れ、廊下の角を掴んでいた左手も汗でぐっしょりと濡れたままだったといいます。

 その一件でつくづく彼女は思い知ったそうです。

「こんなことが起こる学校なんだから、そりゃあ、こっくりさん、禁止になるよね」




この記事は禍話で語られた怪談を元に作成されました。
文章化に際して元の怪談に脚色をしております。何卒ご容赦ください。

出典: 禍話 第一夜(1)
URL: https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/301130969
収録: 2016/08/27
時間: 00:13:50 - 00:20:55

出典: ベスト・オブ・禍話②……新作多め
URL: https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/471907378
収録: 2018/06/16
時間: 00:33:20 - 00:43:10

記事タイトルは 禍話 簡易まとめWiki ( https://wikiwiki.jp/magabanasi/ ) より拝借しました。