【禍話リライト】 タクシーの夢
怖い話というのは黙って待っていても転がりこんでくるものではありません。なので積極的に集めにいかなければいけないんですが……。
無理に話を聞き出そうとして、想定外の方向からぶっこまれることがあったんです。
不可思議な話のディテールを詰めるのはあまりよくない、ということなんでしょうか。
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大勢が集まる飲み会の席でのことです。見知った顔から初めましての顔まで、まあそれなりに人がいて。
それでわたし、怖い話を蒐集しているわけですから。酒の席となると色々な人からそういう話を集めようと試みるわけです。
で、大抵の人は水を向けると、やれ「金縛りにあった」だの「死んだおばあちゃんが枕元に立った」だの。
言っちゃなんですが、出てくるのはありがちな話がほとんどなんですよ。それが当然といえば当然なことではあるのですけど。
ただ、その中に一人。「いやー、俺は恐怖体験みたいなのないです」という方がいまして。ところがわたしは「いや、あるでしょう一つくらい」と、ちょっとしつこくね。蒐集家の直感みたいなものです。この人は持ってるぞ、と。
それでわたし、その人にお酒を勧めながらね。「予知夢とか、何でもいいんですよ」と、軽い気持ちで話しやすくなるよう言ってみたんです。
そうしたらその人、「ああ……夢ならありますけど。怖くもない不思議な夢ってだけで。それでいいっすか?」と、話しだしてくれたんです。
・・・・・・・・・
ふと気がつくと、夢の中で自分は実家の玄関の上り框に腰を掛けている。玄関は完全に開いており、どうやら自分はそこから外をぼうっと眺めていたらしい。
と、そこにタクシーがやってきて、家の門の前でゆるやかに停まる。
「誰か降りてくるのかな」
見ていると、こちらがわの後部座席のドアが音を立てて開いた。しかし誰も降りてこない。どうやらタクシーの中は運転手しかいないようだ。
それなら両親か誰か家の人が乗るつもりで呼んだのかな、と思って座ったまま家の中を振り返って眺めても誰も出てこない。というか、家にいるのは自分だけじゃないか、というくらいとても静かだ。
「えー?じゃあ、どうしてタクシーは家の前で停まっているんだろう?」
と、今度はまたタクシーの方を見つめてみる。タクシーは相変わらず後部座席のドアを開けたまま、動く気配はない。運転手もハンドルを握ったままだ。こちらを見ることもなくただ黙ってじっとしており、微動だにしない。
自分も座ったまま、タクシーや運転手をただ眺めている。
・・・・・・・・・
本当にただただ不思議な夢の話でした。しかしですね。わたしが集めているのは怪談なわけで。申し訳ないけど、この話は怪談としては使えそうにないな、と思ったんです。こちらが催促して折角話していただいたくせにね。
ただ一応社交辞令として、
「おおー、結構不思議な夢ですね。いつ頃見られた夢なんですか?」
と、話しを繋いでみたんです。そうしたら、
「最初に見たのは幼稚園の時ですね」
「最初?」
「うん。今も結構な頻度で見るから」
そう仰るんですね。それは不思議というか、どちらかというと気持ち悪い話じゃないですか。
「えっ、何かタクシーに小さな頃のトラウマとか……?」
「いや、それが全くないんですわ」
ぐっ、とその人お酒をあおりまして。
「もう何度も見るものだから、タクシーの見た目もばっちり覚えたんです」
と、聞いてもいないのに説明を始めましてね。まずはタクシーの外観。次にタクシーの内装。しまいには、
「運転手の首のとこ、うなじに。ほくろがあるんですよ」
そんなことまで言い出したんです。
そこまで聞いてわたし、「ははあ。この人サービス精神旺盛で、ついつい話を盛ったな」と、そう思ったわけです。
だってそうじゃないですか。夢の中でこの人は玄関に腰掛けている。一方運転手はずっとタクシーの中。いくら夢の中とはいえ、距離もあるのにどうやったらほくろまで見えると言うんですか。
「ちょっと、ちょっと。玄関にいて離れているのに、運転手の首のほくろなんて見えるわけないでしょう」
思わずそうツッコんでしまったんです。そして、それがよくなかった。
その人、「えっ……」と言ったきり顔を伏せて黙り込んじゃいまして。
折角気持ちよく話されていたのに、いらないツッコミで不愉快にさせてしまったかな……と一人で少し反省しましたよ。
でもその人、不愉快になって黙り込んだんじゃなくて、本当に何か考え込んでいたんですね。少しして顔を上げると、わたしを見て真顔でこう仰ったんです。
「じゃあ俺、あのタクシーにもう乗ってしまってるんですかね?」
この記事は禍話で語られた怪談を元に作成されました。
文章化に際して元の怪談に脚色をしております。何卒ご容赦ください。
出典: 禍話 第一夜(2)
URL: https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/301148616
収録: 2016/08/27
時間: 00:07:20 - 00:10:00
記事タイトルは 禍話 簡易まとめWiki ( https://wikiwiki.jp/magabanasi/ ) より拝借しました。