45歳から身に着けた 「本を読むこと」調べる、知るの選択肢、編
このnoteは
から始まる、45歳から身に着けた 「本を読むこと」についてのお話です。
図書館通いをはじめた頃か、はじめて少したってからか
アレルギーの本に書かれていた「適度な運動も有効」というアドバイスにより、週1度ゆるーいヨガを習い始めました。
その教室では、身体を動かした後に瞑想の時間がありました。
それはよくある「考えない」というものではなく、先生の持っている経典の中からお題が与えられ、そのことについて自分の中を観察する・・というようなものでした。
その後瞑想によって感じたことを話したり人の経験を聞いたり、先生の解説を聞くという時間がありました。
ヨガや瞑想に対する知識はなく「近くでできるゆるい運動」を目当てに通い始めたので、先生の話はさっぱり理解ができません。
先生が言ったことってどんな意味だったんだろう?
毎週図書館に通う習慣がつくと、疑問はネット検索一択から「そうだ本を探してみよう」と選択肢が広がりました。
45歳まで3Y(読めない・読まない・読みたくない)で本が読めなかったわたし。
図書館通いが習慣になると、あら不思議!すんなり読めたんです。
なーんて言うことはもちろん全くなく
意識的に、本を読むことに苦手を持たないようにしていました。
何をどう意識したのかについては、のちのち書いていこうと思っています。
というよりも
今書いていることのメインは、そのお話になると思います。
45歳から身に着けた 「本を読むこと」は
どうして読書が好きになったのか
ではなく
どうやって読書の習慣を身につけたか、の解説のつもりです。
1年に77冊読んでもいても、未だ純粋に「本が、読書が好き」とは言い難く、だからこそ
いつか「読書が趣味」と 言うまでの記録。
などというマガジンを書いているわけなのです。
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