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『はじめてでも美味しく作れるロシア料理』著者が語る、日本人に伝えたいロシア料理のこと

『はじめてでも美味しく作れるロシア料理』著者ヴィタリさんに訊く、もうちょっとロシア料理のことーvol.1ー

「ロシア料理」と聞くと、どんな料理が思い浮かびますか?
「ボルシチ? ピロシキ? ビーフストロガノフ? それから、えっと……」という方も多いのでは。実はロシアには、もっとバラエティに富んでいて、とっても作りやすくて美味しい、日本人の好みにも合う料理がたくさんあるんです。
本当に(本当はもっと)美味しいロシアの家庭料理を、大好きな日本の人たちに伝えたい、と立ち上がったのは、日本でオペラ歌手として活躍中のロシア人、ヴィタリ・ユシュマノフさんです。日本に住んで7年。料理をするのが大好きなヴィタリさんが日々作っているのは、慣れ親しんだ祖国の味です。そのとっておきのレシピを『はじめてでも美味しく作れるロシア料理』という一冊の本にまとめました。
本書からいくつかのレシピをピックアップしたり、載せきれなかったヴィタリさんの熱い想いをご紹介する連載です。

オペラ歌手の私が料理をする理由

ロシアでは俳優にとって「舞台の上で過ごした時間は人生のトータルに入らない」と言います。演じるときは別の誰かとして生きているからです。
私はオペラ歌手も俳優と同じだと思います。私にとっては、料理をする時間もある意味、違うディメンション(次元) へ入ることです。もちろん舞台ともまた違うのですが。

私は料理を作ることが好きです。新しいレシピや、本当に美味しいものを試すことはもちろん、作ったことがない料理のレシピを探したり、自分で新しいレシピを編み出したりすることも好きです。
ただ美味しいものを作って食べるだけではなく、料理は精神的な安らぎをもたらします。料理をするときは時間を忘れてしまい、時計には必要な調理時間を計る以外の役目はありません。

料理はただ作ればよいというわけではなく、その味わいもとても大切です。味が豊かでないもの、美味しくないものは食べられません。もっと正確に言えば、もちろん食べられますが、食べたくない、ですね。

自分のためだけでなく、誰かのために料理をすることは、私にとってこの上ない喜びです。家族、親しい友人を集めて、新しい料理で喜ばせたい。そんな気持ちも、私を料理に向かわせます。自分の料理をみんなが美味しそうに食べてくれると、心底嬉しくなるのです。

ロシア料理は家族の思い出

子どもの頃から、台所は”魔法の世界”でした。
祖母の焼いたレーズンクレンデリの生地の匂い、サワークラウトとローストした鴨の味と香りを、よく覚えています。実家で開いたホームパーティに大勢が集まったことや、そのときの明るい光景も。

大宴会でご馳走を作ることは、ロシアの慣例です。
ロシア人が大好きな正月の祭りでは、一日中いろいろな種類の料理を作り、その料理を夜遅くまで楽しみます。それでも全ては食べきれないので、朝起きたら冷蔵庫から取り出して、またお祭りの気分になって食べ続けます。
ちなみに、次の日の方がもっと美味しくなっているロシア料理もあります。

生きることの全てを食べることに捧げるわけにはいきませんが、生きるためだけに食べるというのは、少し物足りない気もしますよね。

その国ならではの料理というと、地理や気候は、材料の選定や使い方、作り方など料理の細部にまで影響します。歴史や文化もまた深く関わってきます。料理を芸術の域にまで押し上げることもあれば、ただ食べられるだけのものにしたりと、その料理の位置や意味を決定づけます。

日本人が知るロシア料理の代表格「ボルシチ」も、その成り立ちは歴史や風土とともにあります。

ロシア料理の美味しさを日本人にもっと知ってほしい

たとえばロシアには人気のある素敵な歌がたくさんありますが、日本では数曲しか知られていません。
それと同じように、日本ではボルシチとピロシキは大人気ですが、それはロシア料理という大海の中の、ほんの一滴にすぎません。知らないなんて、残念ですね。もったいない!

2020年4月のある晴れた日、「ロシア料理についての本を書こう。有名なロシア料理だけではなく、ロシアの家庭料理を! 私が自宅で親しい人たちに振る舞うような料理を」と、思いつきました。
自分のコンサートでロシアの音楽を紹介するように、ロシアの様々な家庭料理を日本の皆様に紹介しようと決めました。

もちろん、日本(特に東京)にも「ロシア料理」のレストランがあります。ロシアとほとんど同じ味が食べられる、とても良い店もありますが、大半のお店は「ロシア風」または「シェフが想像するロシア料理」を出すお店になっています。あるいは、ロシア料理はボルシチとピロシキだけで、それ以外はロシア料理とはあまり関係のないメニューなんてことも。
どんなに素晴らしい「ロシア料理店」でも、この本で紹介した全ての料理を見たことはありません。

日本人にもお馴染みのピロシキですが、ロシア家庭では揚げずにオーブンで焼きます。詰め物のバリエーションも沢山あります。

懐かしい香りに包まれたら、そこはもうロシア

ロシア人が家庭で食べている、毎日のデイリーミールや、集まりがあるときに作るスペシャルミール。
朝早くから家族や自分のために作る料理。
また前日からあらかじめ仕込んでおいて、客人のために作る料理。
ロシアではどんな家庭でも当たり前のように作る料理の数々……。
この本はロシアの一家庭で育った、私の子どもの頃の思い出への扉です。

昔から、外食よりも家庭で食べる文化が息づいているロシアですが、現代も依然として、外食よりも家で食べることを大事にしています。
それもあって、料理の技量は男女関係なく重んじられるポイントです。
ロシア人は家族や、親しい人との集まりをとても大切にしています。
家庭料理はそんな大切な人々に安らぎを与えることができます。
社会での厳しいチャレンジに疲れた心と体を癒し、新しい力を授けるのです。

誰しも子どもだった頃があり、時として(特に辛い時に)、あの明るい、幸せだった頃に、少しでもいいから戻りたいと思うことがありますよね。
私もどこにいても、どんな状況の中でも、よく知っている料理の匂いを嗅ぐだけで、ロシアの自分の家に戻れる気がします。両親や祖父母が料理を作ってくれた、子どもの頃に。

愛と心遣いが作り出す料理は、さらに美味しくなります。
好きな料理の香りに包まれるだけで、家の中は居心地のいい場所になります。何よりも香りが幸せな思い出を呼び起こします。

週末や長期休暇を過ごすダーチャにも、家族との幸せな思い出が詰まっています。

材料は日本のスーパーで手に入るものだけ

この本で紹介する料理は、多くの日本人にとっては、初めて見るものかもしれません。でも心配はいりません! 
先述のようないろいろな思いも全て詰め込んで、家にいながらにして、楽しく安全に、近くて遠い国・ロシアへの旅にお連れしましょう!

この本では、日本のスーパーマーケットでも普通に売っている材料で作れる料理だけを厳選しました。はじめて作ってみる方がガッカリしないように、本当に美味しくて、特別なスキルが不要で、間違いなく完成できるレシピになっています。

基本食材はじゃがいも、にんじん、キャベツ、玉ねぎなど。近所のスーパーマーケットなどで買える材料を使うだけで、ロシア料理への扉が開きます。

ロシア料理には、カロリーが高くて甘かったり、伝統的な作り方だと長時間かかってしまうものもあります。しかし私は、料理は美味しいだけではなく、身体に良くなければならないと思っています。
日本人の勤勉さや、資源を節約すること、できるだけゴミを減らすように気をつけていることも、本当に尊敬しています。そこで、味を損なわない程度に、油と砂糖の量を減らしましたし、電気やガスの使用量を抑えるためにレシピを工夫しました
また、日本人の小皿で食べる習慣を考慮して、でき上がった料理の量が多くなりすぎないように、全体の分量も調節してあります。

この本が、皆さんの生活の中に、ひとかけの幸せを加えることができますように。

次回から、本でご紹介しているレシピのいくつかを、ヴィタリさんの解説とともにご紹介します。次回は2月24日(金)に掲載予定です。どうぞお楽しみに!(編集担当:丸井富美子)

文:Vitaly Yushmanov(ヴィタリ・ユシュマノフ)/サンクトペテルブルク生まれ。マリインスキー劇場の若い声楽家のためのアカデミーで学ぶ。ライプツィヒ音楽演劇大学を卒業。2015年春より日本に拠点を移す。びわ湖ホールオペラ、「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」、「東京・春・音楽祭」、NHK-FM、NHKワールド・ラジオ日本、BSテレ東、NHKワールドTV、東京芸術劇場他の全国共同プロジェクト、新国立劇場オペラなどに出演。「日本トスティ歌曲コンクール」第1位、「日伊声楽コンコルソ」第1位、「東京音楽コンクール」など、受賞多数。これまでに4枚のCDをリリース。幼いころからの料理好きが高じ、YouTube「Café Vitaly」(カフェ・ヴィタリ)でも、その腕を披露している。
オフィシャルサイト:http://vitalyyushmanov.com/
twitter:https://twitter.com/vitaly_jpn
写真:ローラン麻奈