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Moved soul No.02

One coin story


(1963文字)

北国のある駅裏のバスターミナルでのこと。
その日は小雪がちらつく寒い日だった。
僕は仕事を終えて帰りのバスを待っていた。

やがていつもの家路路線のバスが来て僕は乗り込む。
始発から乗る客の特権で最後列の私的指定席へ座る。ほぼ100%日々そこは確保出来ていて、たまにハズレると少しガッカリした。

やがてすべての座席が埋まり、通路もほぼ隙間が無いほどになるとバスは動き出した。
僕の目の前には坊主頭の野球部らしい高校生が立っていた。重そうなドラムバッグを肩に下げている。
多分一年生だろう、寒さで赤く染まった頬のあどけない顔は、上級生には見られない緊張感が漂っていた。

僕が降りるバス停はそこから40分程北に走った所の終点である。

その少年はその終点の一つ手前で、小銭をジャラジャラと料金箱に入れ降りて行った。

その時はもうバスの乗客も10名程になっていて、車内はかなり見通しの良い状態。

降車客は少年一人だった。
バスは一瞬で発車するはずだったが・・・

おや?

運転手が降りて行った少年を呼び止め、何か話している・・。
彼のマイクはONになっていたので、最後列に座っている僕にもはっきりと聞き取れた。

「ちょっと、料金が10円足りないんだけど。」

その後に少年の小さな声がかすかに続いた。
「ごめんなさい、お金無いんです・・」

それを聞いた運転手は大人気ない苛立ちを見せる。

「お金が足りないのが分かっていて乗ったの?どうして?」

少年は無言だった・・。

運転手は尚もたたみ掛けるように問い詰める。
その間30秒は経っていたろう。

このやり取りは車内に隈なく響き渡っていたのだが、
乗客は皆全く無関心の態・・。

僕は運転手に腹が立った。
「10円くらい何だってんだ!」
そして、最後列の席から降車口まで駆け寄り、料金箱に10円を投げ入れ、運転手の目を見据えて言ってやった。

「これでいいでしょ!」

え?・・っと我に返ったような表情を見せ運転手は、

「ありがとうございます・・」

と、少年から目を離し、ドアを閉めるとようやくバスを発車させた。

僕はバスの外の少年に気を使い、彼を見ないようにしていたのだが、
ふとバスのサイドミラーに映った彼の姿を見て・・あぁ・・

涙腺が崩壊する。


少年は走り出したバスに向かって、最敬礼していたのだ!
もう、頭が膝についてしまう位の深い深い礼だった。
それはバスが少年の前を通り過ぎてしまってもずっとそのまま・・。

ミラーに映ったその姿はどんどんと小さくなって・・、でもその影に動く気配はなかった。

涙がどんどこ涌いて来てどうにもならなかった。
幸い次のバス停で降りたので、涙でグシャグシャの顔は運転手にさえ気づかれずに済んだが、ワイシャツの襟元は見事に濡れしょぼたれていた。

僕は少年の心を思いやった。
始発駅からここまで、距離にして20kmはあるだろうか、雪がちらつく夕方に、とても歩いて帰れる距離ではない。もし途中で10円の不足に気が付いていたのなら、とてもとても心中は穏やかではなかったろう。
苦し紛れに
一気に小銭を流し込めば何とかなるかもしれない
いや正直に運転手に話してみよう
などと思っている内に、自分の降りるバス停に着いてしまった・・。
イケナイ事だが少年は前者を選択してしまったのかも知れない。

でも、君のその真摯で清らかな心はちゃんと伝わって来たよ!


この経験は彼にとって、恥かしくて情けないものであったろうと思います。
でも、
「ペイフォワード」
先の未来への糧とならん事を期待します。



もう8年も前の出来事。



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8年後、僕は京都へ移住して新しい仕事を始めていました。

ある日の通勤の朝、いつものバス停から市バスに乗って直ぐに、
財布を忘れた事に気が付きました。
現金も交通系カードも何もない窮地に陥り、大慌てでした。
直ぐに乗務員にその状態を申告して、直近のバス停で降ろしてもらうようにお願いしたところ、

乗務員は「優しい笑顔」でこう言ったのです。

「あ、大丈夫ですよ~、次回ご利用の時に2回分清算してください。」

ええ~~~?? 絶句でした・・。

その瞬間、僕はあの少年の事を見る見ると思い出しました。

これは・・あの時の10円が8年経ってこんな時に帰って来たのだろうか?
僕はそう思わずにはいられなくて、またあの時のように乗務員の横でボロボロを泣き出してしまう・・。

「情けは人の為ならず」

この諺がまさにリアルに胸を貫いた瞬間でした。


あの少年、きっともう社会人だろうな・・
あの日の出来事を覚えているだろうか・・?



僕は、あの時と同じ一番後ろの席に揺られながらしみじみと思いを馳せていた・・。



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