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#19 雨下の迷い者たち

「あーナナか。もう帰っちゃったかなあ」
ちらちらと後ろを振り返りながら、教室にいた男子生徒が答える。そりゃそうか、もう窓からは夕日がのぞいていたし、教室にも数人しか残っていなかった。僕が声をかけたこの男の子も、すでにかばんを背負っていて、帰る準備をしていたようだ。その子は全然悪くないのに、申し訳なさそうな顔をされて、こっちも申し訳ない気持ちになる。
「何か伝言があったのなら、伝えておくけど」
「ああ、全然! それは大丈夫! ありがとう」
男の子が僕に軽く会釈をし、教室に戻っていった、そのタイミングで、スイが後ろから走ってきた。息を切らしながら僕の目の前に立つ。
「ユウくん! ナナは?」
「いない、もう帰ったって」
そういうと安心したように胸をなでおろしたスイ。そのあと、真剣な顔になって僕の方を見る。
「私、ナナじゃないと思うんよ。だって、確かにけんかしてまったのは事実やけど、でも、ナナが一番、コンサート楽しみにしとったから。ひっこしが決まって一番悲しんどったのも、ナナだし」
「けんかって、どんな理由で?」
僕のその質問に、言いにくそうに下を向き、廊下の壁にもたれかかった。
「ナナがアドバイスしてくれたことに対して、アコとか、周りの子が怒ったの。伴奏者に何がわかるんだって。それで、それがきっかけでナナがどんどん仲間外れみたいになってまって。部活やめたのは、ひっこしのせいでもあるけど、このせいでもあるんやと思う。コンサートの二日前にひっこすから迷惑かけんようにって表向きにはなっとるけど、いづらくなってまったのかもしれん。私部長なんやから、どうにかしんとあかんかったのに」
ナナはコンサートを楽しみにしていたかもしれないが、これがやめた理由なら、中止にしたいって思うこともまあ考えられなくはない。というより、そのほかに合唱コンサートを、あそこまでして中止にしようとする人がいるとは思えない。
「ねえ、爆破予告については、先生とかに何か言った?」
僕のその声に、スイが慌てる。
「あ! あんま大きい声で言わんといて! ……ううん、まだ誰にもいっとらんよ。花火のマシンが本当に盗まれたものなのかはまだわからんし、それに、コンサートは中止にしたくない」
スイはそう下を向いて最後の方の語尾をにごらせる。もし合唱コンサート当日の爆破予告が届いたとわかれば、地域の方もたくさん訪れるコンサートは、安全のために中止になるだろう。悪いことなのはよくわかっていても、コンサートを中止にさせたくないスイの気持ちはよくわかる。なんとか安全にコンサートを開かなくては、と思った。
 ふたりで音楽室へもどろうと足を進め始めた。すれ違いざまに、生徒の会話が聞こえてくる。その会話の中に、『注文リスト」という単語を聞いた。まただ、また『注文リスト』……。
 その時、ふと思った。今、夕日中の生徒の中で、きっと『注文リスト』について聞いたことない人はいない。わざわざ花火うちあげマシンをぬすむ必要はないのでは、と。それに、ものづくり部の中にそんな危険なものがあるって知っている人も少ないのではないか。少なくとも、僕は知らなかった。関係者ってことになるのか。それか、または……。僕は、もう一つ、新たな可能性を思いついた。これは、もしかしたら、夕日中でよく起こる不思議な現象なのではないか。だとすれば、犯人は……
「どうしたの? ユウくん」
考え事をしていた僕の顔を、スイが心配そうにのぞきこんだ。
「ああ、ううん。なんでもないよ」
そう笑顔を作りながら、僕は考え事にふけった。
あともう一つ、気になることがある。なんで、誰にも言っていない爆破予告のこと、雪口メイクは、ものづくり部は知っていたんだ? じゃなきゃ、爆破予告と、花火うちあげマシンがつながることはないだろう。

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