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#15 雨下の迷い者たち

壁をすり抜けると、そこには不思議な部屋が広がっていた。
 木でつくられた壁と床には、ところどころモザイク画のような装飾がほどこされ、どこからかぽちゃん、ぽちゃん、と水のしたたる音がする。温度が二度下がったような空気で、うす暗く、不気味な感じだ。
 そしてなにより、部屋にはくねくねと曲がった本棚が四方八方にのびており(迷路のようだ)、中には大きくて分厚い本がぎっしりとつまっていた。本棚はどこまででも続いていくように長く、見上げると一番上が見えないくらいに高い。本当に、世界のどこまででも続いていきそうだ。そして、本棚のあちこちに、様々な高さのはしごが立てかけてある。ファンタジーな映画に出てくる図書館も、きっとこんな感じなんだろうと思う。ハーマイロニーが「あなたたち本読まないの?」って言った図書室が、ここだといわれても、納得いくかもしれない。
「本当は、あまり来たくなかったところなんだけど」
そうテンは苦笑いをする。声を出した時に、少しだけ白い息が出たのが見えた。ほんと、学校とは別世界のようだ。そして、とまどっている僕に、
「さ、あたしが雨と晴れの恋のお話を教えてあげる!」
といって、近くにあった金色のはしごに飛び乗った。
「ユウくんも!」
そういわれ、おそるおそる僕も登ってみる。ギシ、という音が鳴った。僕の後に、いつのまにか元通りになっていたウールが、テンの肩に飛び乗った。全員が乗ったことを確認して、テンが叫ぶ。
「本の迷路は雨の道。迷い者導く道しるべ。さあ、夕日中の歴史はどーこだ!」
そのセリフを合図に、金色のはしごが勝手に動き出した。すーっと、床を、本棚をすべるように移動する。なかなか速いスピードで最初はとまどったが、すぐにアトラクションのような楽しさを覚える。髪の毛が揺れて、少し冷たい風を切ってゆく。
入り口で見ていた時も広い部屋だと思っていたけど、本当に広い部屋だ。どこまでもどこまでも続いていく。後ろに流れていく風景は、ずっと変わらず本棚だ。くねくねとまわりくねった本棚は、なんでこんな形をしてくるのか疑問だったが、多分はしごを動かすためだ、と思う。このはしごに乗って、普通の直角の角は曲がれないだろう。僕たちが振り落とされる。
 あれ? 本棚に一瞬、光る何かが見えた。黄色くて、僕の手くらいの大きさの何か。よく見ると、人の形をしているようにも見える。何かは僕たちのはしごを見つけると、当たらないように(じゃまにならないように?)すっと本の影に隠れた。
「この子たちは、火の子っていうの」
テンが僕の視線に気づいて叫ぶ。風をきる音に負けないように。
「雷が落ちて火事になったところに現れる火の妖精だよ。だいたいは雨に濡れてすぐ消滅するんだけど、たまたまかげに残っていた子をを連れてきて手伝いとかさせているの」
確かに、顔が炎のように燃えているのと、大きさが手のひらサイズであることは別にすれば、腕も足も首もちゃんとある、人間の姿をした妖精のように見える。
 その説明の終わりと同じくらいのタイミングで、はしごが止まった。効果音をつけるなら、キキー、だ。少しはしごが揺れて、止まったことを確認すると、テンははしごから飛び降りる。僕も同じようにおりると、はしごは来た道を戻っていった。
テンが本棚の前に立つと、お目当ての本が、すっと一歩前に出る。一歩前、が一番ぴったりな言葉くらいに人間のような動きだった。冷たい空気中に、薄くほこりがまう。
「ここは雨の力によって集められた、世界中のすべての本が集まっている、『雨の図書館』なんだよ。広いでしょ? びっくりした?」
と、テンが僕に説明しながら、どれどれー、と本のページをめくる。あずき色の、古くさくて紙の色も変色した本。夕日中のひみつは、そんなファンタジー小説に出てくるような本に書いてあるのか。
「あ、そうそうこれ! えっとね、」
テンは本の内容を、いつもの高くて舌足らずな声の姿勢をしゃんと正して話し出す。
 

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