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釣り人語源考 エビ

海のエビ(海老・蝦)の語源の定説とされているのは、「ブドウの色"葡萄えび色"に似ているから」となっている。
その説の出自は新井白石の『東雅』(享保4年 1719年)で、「エビは其の色の葡萄えびに似たるをいひ、俗に”海老”の字を用ひしは、その長髯傴僂ちょうぜんうるたるに似たる故也」とある。
新井白石の言うエビは「海老」であるのでイセエビの事だ。「蝦」の方は「クルマエビ」のような泳ぐエビの事である。

色鮮やかな伊勢海老

葡萄えびとは昔の呼称でエビヅル・エビカズラという植物の事である。(現代ではヤマブドウと呼ばれる。)
ヤマブドウは冷涼な奥山を好むツル植物で、その果実は食用となりつるは加工されてかござるなど編み細工品の原材料となる。
江戸時代中期頃、葡萄をそれまでの「えび」から「ぶどう」と読み始め、江戸後期には定着していたようだ。
そしてヤマブドウの実は「深い紫色」なのである。

ヤマブドウ

奈良時代から平安時代、朝廷や貴族達はもちろん庶民の服にまで染色が広く使われて、様々な植物などが染料として見出され「色名」が決められていった。
葡萄色えびいろ」とはムラサキの根(紫根)を使って染色する。
紫根を米酢を用いて酸性溶媒染色すると赤みを帯びた深い紫色になる。
平安時代の貴族の女性に非常に好まれた色である。

しかし、「海老色」という別の色も存在する。
古代日本より「深く渋い赤色」とされてイセエビの殻の色に由来すると文献に残っている。
だが江戸時代に、両者の読みが似通っている為に混同されてしまい、色合いが本来の物から変わってしまったようだ。
古代色を比較すると明らかに違う色である。
白石が書いたように、江戸時代には「海老色=葡萄色」となってしまい、それによって海老の語源も葡萄となってしまった。

では本当の葡萄と海老の由来はなんだろう。
「エビ」と同じく「○○ビ」と言う名前の物は多い。
「ゆび・へび・おび・くび」などなど。
"〜び"の共通点は「よく曲がる・柔らかい」という意味となる。
実はこのような「一つの音に意味があって組み合わさって単語となる」のは台湾島が発祥とされるオーストロネシア語族の特徴である。
日本語は周辺の民族が使用する様々な言語に影響を受けて、独自に発展していった「孤立した言語」だ。
現存する他の言語と、比較言語学による系統的関係性が立証されておらず、共通する「祖語」が確立できない言語である。(現在では沖縄弁を琉球語として"日琉祖語"とする)
日本語とオーストロネシア語族は系統が異なる言語であるが、集団の移住や交易など民族的にも文化的にも交流が深まると、自分たちが知らない物や現象、概念などを「借用語」として彼らの言葉を借りるわけだ。

オーストロネシア語族での単語の法則では、「え + び」とは「美味しい・重要な」「よく曲がるもの」となる。
はるか古代の日本人のうち南西諸島を通じて東南アジア諸国と移住や交流してきたグループにとって、伊勢エビやらの大きな海老はもちろんのこと小さな蝦も大変重要で美味しい食材だったのは間違いない。
この海の生物を「えび」と呼んだのは言葉の決まり通りなのだ。

そしてその後日本列島で繁栄した縄文人が、冷涼な山岳地帯に生える美味しい実が成りツルで加工品が出来るヤマブドウを「美味しく役に立つ曲がるもの」という意味の「え び」と名付けたのはもう間違いないだろう。
海の生き物と山の蔓草、共に同じ「美味しく重要でよく曲がるもの」という特徴と名前を持っている。
これをただの偶然だとはとても思えない。
遠い昔、海の向こうから教わったとても大事な「名前を付けるルール」に則っている。

山葡萄工芸品バッグ

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