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暗号資産取引所の機能はEmbedded Finance化する

こんにちは、Decentierでリサーチャーをしている聖・マーくんです。

2022年以降、ビットコインの価格が大きく下落し、暗号資産取引所の業績が低迷する時期が続いています。2023年に入ってからは相場の回復とともに事業環境も改善されつつありますが、直近で発表されたコインベースの2023Q3の決算発表では赤字幅は縮小しているものの依然として営業赤字が連続していました。暗号資産取引所は相場に左右されない事業態勢作りが求められています。

そこで今回は、そのための重要なキーワードとなる「Embedded Finance(組込型金融)」をテーマにして、暗号資産取引所の展望について考察したいと思います。


Embedded Financeと暗号資産

昨今のフィンテックの発展の中で「Embedded Finance(組込型金融)」という言葉がトレンドワードとして誕生し、非金融企業が自社サービスに金融機能を組み込んで提供する動きが世界的に増えています。2019年にa16zパートナーのAngela Strange氏が「すべての企業はフィンテック企業になる」と講演し、Embedded Financeへの注目が高まったことは有名な話です。

Embedded Financeの勢いが増す背景には、各国政府が金融機関のオープンAPIを推し進めてきたことがあります。特に欧州では2016年に採択されたPayment Service Directive 2(通称:PSD2)に従って銀行のAPI公開および接続許可が義務付けられています。これに倣い、日本においても2018年に施行された改正銀行法の中で銀行にはAPI公開の努力義務が課されています。

こうした政府によるEmbedded Financeの後押しもあり、非金融企業が要件の厳しい金融ライセンスを自ら取得せずとも様々な金融サービスを間接的に提供できるようになりつつあります。これにより、例えば小売業者が独自の決済システムを導入したり、顧客にローンを提供したりすることが可能になります。これらの動きは、消費者の利便性を高めるだけでなく、非金融企業と金融機関の収益源の多様化にも寄与しています。

Embedded Financeは同じ金融の中でも銀行、決済、融資、投資、保険の5つに大別することができ、これらの機能を提供する金融ライセンスホルダーによって支えられています。一方で非金融企業がよりAPIを使いやすくするためのツールやソリューションを提供するイネーブラーの存在も重要になります。例えば米国のユニコーン企業であるPlaidは1万以上の金融機関のAPIを統合し、単純なAPIを使って世界中の金融機関にアクセスできる機能を提供しています。

さて、Embedded Financeの基礎を理解した上でいくつかの事例を見てみましょう。すでに暗号資産の取引に関する機能を自社サービスに組み込む動きは始まっています。

GrabはEmbedded Financeの形でweb3も参入する計画

Grabはユーザー数が約2億人とされるアジア最大規模のスーパーアプリです。元々ライドシェアリングサービスとして事業をスタートしましたが、そこで獲得した顧客基盤をもとに事業の領域を拡大し、今ではオンラインショッピングや各種サービスの手配、公共料金の支払い、自動車ローンなど様々なサービスをワンストップで提供しています。

中でもGrabの成長を加速させたのは「GrabPay」と呼ばれる決済アプリです。銀行とのパートナーシップによって金融機能を自社のモバイルアプリに統合し、ただのライドシェアリングサービスから包括的なデジタル決済プラットフォームへと大きな進化を遂げました。東南アジアでは銀行口座を持てない人々も多いため、金融インフラとしてもユーザーを惹きつけました。

そしてGrabはweb3の領域にもEmbedded Financeの形で参入しようとしています。2023年9月に米国のステーブルコイン業者であるCircleが提供するウォレット機能をアプリ内に組み込み、まずはNFTバウチャーの利用について試験運用を行うことを発表しました。この提携により、Grabはウォレットを一から開発することなく、ユーザーに対してweb3へのアクセスを提供する計画です。

メルカリはEmbedded Financeの形で取引所事業を拡大

メルカリは月間利用者数が2000万人を超える日本最大級のフリマアプリです。個人が自由に商品を出品できるフリーマーケットプレイスとして事業を開始し、2019年からは「メルペイ」と呼ばれる決済事業にも参入しています。アプリ内に様々な金融機能を統合し、ユーザーは銀行から残高をチャージしたり、フリマで得たお金を何かの支払いや借入れ、投資などに使うことができます。

メルカリは2023年にグループ会社であるメルコインを通じてビットコインを売買できる機能をアプリ内に追加しました。ユーザーはメルペイの残高やフリマの売上金をビットコイン投資に回すことができます。このような使いやすさがヒットし、提供開始からわずか7ヶ月でメルコインは100万口座を突破しました。今後はビットコイン以外の暗号資産・NFTについてもアプリ内で取引できる機能を追加することを検討しています。

暗号資産取引所が提供しうるExchange as a Service

非金融企業が金融システムを開発することが難しいように、非web3企業が暗号資産・NFTを管理できるブロックチェーンシステムを開発することは極めて困難です。仮にウォレット機能を自力で用意できたとしても、交換機能を提供するためには厳格な交換業ライセンスを取得しなければならず、ほとんどの企業にとっては無理難題とすら言えるでしょう。

この難題に対して一部の企業はweb3スタートアップや小規模な暗号資産取引所を買収することで対処しています。しかし、その手法は大企業だけが取りうるものであり、今のままではweb3におけるイノベーションが抑制されてしまいます。実際に日本では交換業ライセンスの規制が敷かれた後にウォレット系を中心とするweb3スタートアップが淘汰されました。

ではどのようにしてこの状況を改善できるのでしょうか。その鍵となるのがこれまで説明してきたEmbedded Financeです。

銀行の場合、法人向けにオープンAPIを活用して銀行機能を提供する「Banking as a Service(BaaS)」というサービス形態が広がりました。これによって非金融企業が金融ライセンスを持たずとも自社サービスを通じてお金の管理や決済、融資などの機能を比較的容易に提供できるようになりました。またBaaSを活用して米国のchimeや英国のRevolutなどネオバンク(あるいはチャレンジャーバンク)と呼ばれる新興のフィンテック企業が成長しました。

今後は、銀行が提供するBaaSと同様に、暗号資産取引所が法人向けにAPI経由でウォレット機能や交換機能などを提供する「Exchange as a Service(EaaS)」が台頭することが予想されます。米国ではすでにコインベースがウォレット機能をはじめ各種APIを提供しており、受動的な収益モデルによって相場の影響を受けづらい態勢を構築しようとしています。

暗号資産取引所の収益の大半は取引手数料が占めています。そのため価格が低迷する時期には商いも小さくなり、それと比例して業績も悪化してしまいます。どうにかして取引を促そうと新規上場銘柄を増やしますが、それも一時的な対処療法に過ぎません。また定期的なキャンペーンなどによって新規口座開設を獲得しようにも、取引所が単独でユーザー数を拡大するには限界があります。

その中、暗号資産取引所はEaaSを提供することでAPI利用料や間接的な取引手数料などの収益を追加で上げることができます。BtoBtoCモデルで非web3企業が抱える新しい顧客層に対してもリーチすることができ、顧客基盤を間接的に広げることにもつながります。EaaSによってより多くの企業がweb3に参入しやすい環境も整い、そこから新しい取引所のモデルが誕生するかもしれません。

DeFiはそれ自体がEmbedded Financeである

これまで暗号資産取引所の機能があらゆる業種のサービスに組み込まれるであろうことについて話してきました。このことは本来クローズドな金融機関の仕組みをオープン化しようとする時代の潮流に即しています。一方でweb3における金融、すなわち分散型金融(DeFi)の世界ではすでにEmbedded Financeに近い概念が実現されています。

DeFiはそもそもの理念がオープンソースであり、各プロジェクトの開発したスマートコントラクトのソースコードがブロックチェーン上で公開されています。プロジェクト側はそれらのコントラクトを広く活用してもらうことでエコシステム全体としての価値を伸ばそうとします。そのため第三者がコントラクトの機能を任意のサービスに組み込めるように開発ドキュメント(SDK)を用意していることが一般的です。

例えば、最大の分散型取引所(DEX)であるUniswapでは価格を参照する機能やトークンを売買する機能、流動性プールを作成する機能などが一通りSDKとして提供されています。個々のコントラクトについてもコントラクトアドレスやGithubを参照すれば、SwapRouter.solやPoolAddress.solなどライブラリごとにコードの詳細が公開されています。開発者はこれらを使ってUniswapの機能を組み込んだDappsを新しく作ることができます。

このようにDeFiはそれぞれが組込可能な金融サービスとして存在するため、サービス横断的な取引を提供するアグリゲーターと呼ばれるジャンルも誕生しています。例えば1inchというアグリゲーターは先ほどのUniswapを含む複数のDEXを比較して最適なレートでの取引を提供します。他にも数あるレンディングサービスから最も利率の良いものを提示するアグリゲーターなど新しいものが次々に作られています。

DeFiは規制やコンプライアンスの観点で非web3企業が自社サービスに組み込むものとしてはしばらく適さないでしょう。まずは暗号資産取引所がDeFiへのアクセス機能を実装し、その機能を非web3企業がAPI経由で利用することは将来的に考えられるかもしれません。

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