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企業がDAOを作ることの難しさを乗り越える

こんにちは。Web三郎です。

ブロックチェーンを使って、メンバーの貢献度や意思決定権をトークンで表現する分散型組織である「DAO」が、近年、新しい組織形態として期待されています。

しかし、DAOを作ることは簡単ではありません。とりわけ伝統的な組織形態をとる企業が規制や組織文化との整合性をとることは容易ではなく、DAOのメリットを十分に発揮するためには、様々な工夫が必要になります。

本記事では、既存の企業がDAOを作ることの困難を乗り越えて、いかにDAOのメリットを引き出すかについての戦略を、事例を交えながら考えます。

DAOと企業は馴染まない?

DAOはバズワード化していますが、じつは、DAOを立ち上げた企業の事例はそれほど多くありません。というのもDAOは一般的な企業の仕組みと根本的にコンフリクトする性質をもっており、すでに確立された組織形態との整合性を取るのが難しいという問題があります。

DAOといっても様々なかたちがありますから、ひとえにすべてのDAOが企業と馴染まないというわけではないですが、一般論としてDAOはフラットなガバナンスを目指すがゆえに、企業内のトップダウンの指揮系統とコンフリクトします。

また、DAOはフラットを目指すと同時に分権も目指します(DAOはDecentralized Autonomous Organizationの略です)。株式会社は経営と所有は分離されていますが、経営は高度に集権化されるケースが多いです。近年ではコーポレートガバナンスの問題から所有と経営が接近し、結果的に取締役と機関投資家が強い力をもつようになっています。

企業内のよりミクロなガバナンスに目を向けてみても、一部の人間に決裁権が集約されるのが一般的で、やはり中央集権的な組織を目指す力学が随所で見受けられます。

他にも、DAOの規制が未発達であることも、企業がDAOを活用しにくいことの一因になっています。DAOは組織への所属(所有)も経営のための投票も、すべてガバナンストークンを通じて行われます。そのためDAOに参加したいメンバーはまず取引所やDEXでトークンを購入する必要があります。企業がDAOに参加するにもトークンを購入しなければならず、DAOを作るにもトークンを発行する必要があります。

しかし、一般の企業がトークンを発行したり購入したりすることには、財務会計的にも法務的にも依然として高いハードルがありますし、直近では規制当局を中心に、トークンの証券該当性が世界中で論争の的になっており、現行の規制が根本から不安定になりつつあります。このことも一般的な規制のもとで安全に運営されている企業とは事情が異なるわけです。

ケーススタディ

そもそもWeb3の世界の様々なプロジェクトがDAOによって開発・運営されている、ということが一般の企業がDAOを利用する理由にはなりません。その理由は企業にとって「DAOに〇〇というメリットがある」というものでなくてはならないでしょう。

そこで、DAOを活用している大企業の実例から、企業にとってのDAOのメリットを探ってみたいと思います。

日本郵船

日本郵船は、DAOコンサルティングを行うガイアックスと協力して社内DAOを立ち上げています。DAOは事業部の垣根を超えて社内の様々な人が参加するコミュニティとして構築されています。実験的に立ち上げたものであったようですが、DAO内でのディスカッションから発案された情報共有プロジェクトを実施するかどうかを投票で決めるなど、うまくDAOとして機能しているようです。

主にはDAOによる社員のエンゲージメント向上が目指されており、さらなるエンゲージメント向上の施策として、DAOに貢献する活動に対して「リワードトークン」を付与することも提案されています。

将来的には社内エンゲージメントの向上にとどまらず、社外のステークホルダーも巻き込んでDAOが価値創造の場になっていくことを目指しています。

中外製薬

中外製薬は2030年に向けた成長戦略のなかでWeb3の活用を目指しており、発表されたスライドのなかでは「患者DAO」「ドクターDAO」「研究DAO」などの構想も確認できます。

情報銀行的な自己主権型アイデンティティの取り組みとあわせて、ヘルスケア関連のデータを企業が独占しない状況においては、医療者、研究者、企業の垣根を超えたDAOが仲介者として重要な役割を果たすというビジョンが提示されています。

単に構想するにとどまらず、実際に社内DAOを使った実証にも取り組んでおり、その具体的な内容は記事内で確認できませんが、社外を巻き込む形での「人財」の発掘や多様性の醸成に大きな期待を寄せているようです。

三井住友海上火災保険

三井住友海上火災保険は、日本郵船にも協力していたガイアックスとともに、「DAO型採用」というプロジェクトを立ち上げています。社員と学生が同じチャットグループに参加して、フラットな目線でディスカッションを行い、「いいね」トークンをどれだけ集められたかを採用の評価や人事部社員の評価に反映する仕組みを構築しているようです。

学生から見た企業の採用プロセスの不透明性と、社員にとっての人事評価の不透明性を一挙に解消することを狙ったDAOの活用事例といえます。

各社の狙い

以上の事例におけるDAO施策の狙いを次のようにまとめてみました。

  • トークンインセンティブによるエンゲージメントの向上

  • 部署の垣根を超えた連携の強化

  • 透明性の向上

  • 社外を巻き込む潜在力の醸成

DAOはガバナンスの分散に焦点が当たりがちですが、最近の企業のDAO動向を見る限りは、給与やボーナスに代わるオルタナティブなインセンティブとしてのトークン機能や、ブロックチェーンが有する透明性やパブリックな性質への期待が先行しているといえるでしょう。

社内DAOのすすめ

ところで、上で見てきた事例では「社内DAO」の利活用が目立ちます。

一般的なDAOは、それ以上の上部組織がない、という意味で、いちエンティティとして確立されているイメージがありますが、企業の活用事例としては、企業というエンティティの内部に、初期的にはメンバーを社員に限定し、順次社外のメンバーも参加させていくという段階的な計画をもった社内DAOというものを立ち上げるのが一般的になっているようです。

上記の事例ではメリットとして強調されていませんでしたが、社内DAOには他にも様々なメリットや活用方法が存在しています。

たとえば、業務委託先やフリーランスのような人たちを特定のガバナンスに参加させられます。通常そのようなことは敬遠されがちではありますが、社外の協力者のエンゲージメントを向上させるための施策として打ちどころはあるように思えます。

また、取締役や株主とは別のオルタナティブな(+より透明性の高い?)意思決定機関としての役割を担わせることもできるため、上場企業が求められるコーポレートガバナンス施策の一つとしても有効です。

さらにWeb3の世界に見られるような完全にパブリックなDAOとは異なり、社内DAOの発行するガバナンストークンは資産的な価値をもたないように設計することができるため、DAO自体の会計上の処理が不要になります。企業がガバナンストークンを購入することで参加できる、というような仕組みのパブリックなDAOを立ち上げてしまうと、企業会計との整合性においてきわめて複雑な問題が生じてきてしまいますが、金銭的/資産的な価値をもたないトークンを通じて社内DAOを立ち上げる場合にはある程度、その辺りの問題の整理が緩和されます。

これらのメリットを、先ほど挙げた社内DAOのメリットと例に統合すると次のようにまとめます。

  • トークンインセンティブによるエンゲージメントの向上

  • 部署の垣根を超えた連携の強化

  • 透明性の向上

  • 社外を巻き込む潜在力の醸成

  • 社外のステークホルダーやパートナーをガバナンスに参加させる

  • オルタナティブな意思決定機関としての能力

  • 企業会計との整合性を取りやすい

社内DAOの課題

このように社内DAOには様々なメリットがあるわけですが、しかし公平を期すために、そして今後の課題を明確化するために、「社内DAOが現時点ではできないこと」にも言及しておかなければなりません。

ガバナンストークンの金銭的価値

社内DAOのメリットにも関連するところですが、まず、ガバナンストークンに金銭的な価値を付与することは、現状、規制的なハードルがかなり高いです。

世界的にも、ブロックチェーン上のトークン一般に有価証券該当性の有無が議論されている真っ最中ですし、現時点の規制的にもトークンの税務会計処理はある程度整理されてきているとはいえ不透明な点も多いです。

DAOには通常、ガバナンストークンや、他のDAOからの受託報酬やプロダクトの収益から発生した様々なトークンを管理するスマートコントラクトベースの口座(ウォレット)であるtreasuryというものが実装されています。このtreasuryから開発資金などをオンチェーン投票などを通じて安全に出庫するのが、DAOの自律性(Autonomous)を担保していたりするわけですが、社内DAOがガバナンストークンに金銭的価値をもたせることは規制的に様々な問題があるため、高度に自律したtreasuryを構築することも基本的には難しいと考えられます。

ただし、金銭的に価値は無理でも、ユーティリティというある種の経済的な価値をもたせることは可能です。そのトークンを持っていなければ使うことのできない機能を社内DAO内に実装することで、そのトークンにはユーティリティが付与されることになります。たとえば「社外の人を招待するには100枚のガバナンストークンが必要」のようなユーティリティです。そのことがインセンティブとなって、ガバナンストークンを稼ぐためにDAOに貢献する活動をする、という経路を生み出すこともできます。

経営レベルのガバナンス

他の課題として、DAOが全社的な経営レベルのガバナンスに関与することも基本的には難しいと思われます。会社法上、株式会社の従業員には経営に参加する権利を(労働組合などを通じた争議を除いて)ほとんど有していません。ゆえに社内DAOにおいて全社的な経営レベルの投票を実施することは許容されません。

もちろん取締役会などで社内DAOの投票結果を正当な意思決定とする、という決定を下すことができれば許容される可能性もありますが、株主から反対される可能性も想定するとあまり現実的な方法とはいえないでしょう。

とはいえ社内DAOが発展した先で、社内DAOの所有権をDAOのメンバーに委譲し、全社としてそのDAOに何らかの業務を委託するという体裁をとることができれば、経営的な意思決定ではないにせよ、大きなプロジェクトの裁量をDAOに委譲することができるかもしれません。このあたりはトライアンドエラーで可能性を探っていくしかないでしょう。

まとめ

一般に企業とDAOは組織の形態として根本的に目指す方向が違っているところがあります。しかし社内DAOという機能や権限を限定したDAOを取り入れることで、会社という組織にある種の柔軟性や寛容さをもたらすことが可能です。

組織としての方向性の違いや、規制上の問題などを乗り越えて、Web3的な世界のメリットを伝統的な企業の世界にも引き出してくるために、社内DAOの活用を検討してみることも面白いかもしれません。

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