Chloe

小説、短歌、詩など

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最近の記事

水晶体奇譚(短歌)

珈琲を飲み干して君にさようなら ちょうこくしつ座で逢いましょう 古漬が古墳にみえるくらいには疲労していた 皺皺のレシート 「眼圧の測定装置に顎をのせてます」ひとりぼっち惑星 肉厚の暗室カーテン幾重にも折り重なって私を拒む 気が遠くなるほどの時間をかけてするお別れです、出会った日から 憤りにまかせ発泡スチロール容易く割れてしまえば極夜 レースのカーテンにだけ棲まう妖精が林檎の皮をするする剥く刻 スローインファーストアウトの一瞬に毒の林檎をくれる妖精

    • 箱の中(普通日記)

      私の居場所は今この場所ではなく、頭の中にある。 アルバムの1ページ目中央に1枚貼られた写真に写るのは、私ではなく、私が入っているだろう保育器だ。このような構成で第一子のアルバムを作る両親のセンスはなかなかのものだと思う。次のページからはごく普通に赤ん坊の自分や、七五三の着物を着て千歳飴の袋を下げている私がいる。 それから10年20年、と時は流れ、私は成人した。私は側からみればごく普通に育ち大人になった一般的な人間だろうし、実際俯瞰してもおそらくそんなものだろうと思う。 保育器

      • Traveling Without Moving (短歌)

        いましがた壊れたいのち捌きます人畜無害の寿司職人 集合的無意識の深いプールの表面に浮遊する罪状 拒食症患う国家主義者らが食べるはしから言葉を嘔吐し ポニーテールの前髪なめんなよみたいな視線ある駅構内 理髪師の右手にかたく握った光 けれんみのない眉の角度で 雪道に複雑化する内情を押し留めつつ映画館へと ゆうえんち跡に繁茂するDAISOつわものどもがゆめの跡 ゆうやみのBluetooth告げる訃報「きをつけて」 窓には欠けた月

        • 薔薇 (普通日記)

          昨年の暮れ、ホームセンターへ行った際、ふと目に止まったつる薔薇の苗。つる薔薇、よいではないか、そう思って気軽に、実に気軽に近くに立っていた女性店員に育て方など聞こうと声を掛けたところ、小声で「ホームセンターで買うより薔薇の専門店で買って!」と言われ、ちょっとびっくりしたが私も小声で「そっ、そうなんですね!ありがとうございます!」と、踵を返した。ありがとう商売気のない店員さん。 数日後、某薔薇の専門店へ。 専門店というだけあって、品種も株の数も多い。この中から私は何をどうチョ

        水晶体奇譚(短歌)

          椿 (短歌)

          椿の朱ひときわ鮮やかな窓辺 死亡者数を入力しており システムが、システムを、管理するbug、bug、bug、命を削る 入管にならぶ人の眼うつろな眼なめらかな壁にそって入滅 帰り道、月光を皮膚にゆきわたらせる(どうぞ、殺菌されますように) マゼンタの椿散らばるワンピースがお向かいの庭に溶け込んでいる ききわけのよい子どもから順番に出生届に記載されくる 自死病死溺死不明死各々が半角数字で行きつく涅槃 冷え切っ

          椿 (短歌)

          かばんの中のシリカゲルに告ぐ(詩)

          明け方の桟橋を歩いて 人工の海岸を見渡す 〈じんたいにゆうがいな〉宇宙線と 〈うちゅうにみちている〉エーテルとか 〈かくじつにとどいている〉ニュートリノとか 昨今この辺りはは密度が増していて ∴ 古いフランス映画みたいに 「全てが無意味」などと酩酊してはたと気づけば深海にいる 極めて深刻な情緒に身を浸しているが実のところまんざらでもなく 存在の危うい 色のない 眼球も持たない生物は どなた様にも認知されないが故存在していないのかもしれなく 上昇と下降を幾度か繰り返す

          かばんの中のシリカゲルに告ぐ(詩)

          凩(短歌)

          缶詰の薄いスープをかきまぜれば翻弄される星形にんじん いつまでもここにいたって構わないバスの時刻も乗り換えもない 余白余白余白に満ちた月曜日 ガラス窓には塩の結晶 鍵盤の高いところのキィの音?うつ伏せてとめどないお喋り 四半世紀もたてばさすがにほどけて水平線 淡いまぼろし つるバラの駅ゆき目抜き通りゆき君の香りとかうまい嘘とか ひとつだけ願いをかなえてあげましょうただし摩擦はないものとする 電気式ロマンスの果て所有され機械になるのが夢でした

          凩(短歌)

          E式 (短歌)

          広大な白のシーツの中央に置かれていました 頭髪を濡らして 全方位 淡い品々に囲まれて(だれもいませんかだれかだれか) 途絶えつつ聞こえるリフの繰り返し あかるいほうにあのひとがいる 湯冷ましに浮かぶ二日月 腕が二本もあってまとまりません はばたきの一瞬ごとに忘れ果て蝶々それはまったくの楽天家 「黄昏は鬱になるってともだちもそういってたし」放縦な嘆き 透明な甲殻類の吐く泡が成層圏でいくつもこわれる きれぎれに星の生まれる昏い丘 野蛮なたましいを赦し給え

          E式 (短歌)

          胎内の街 (短歌)

          緻密に緻密を かさねたスライドの いつかの時間わたし以外の ナホトカの海の 白飛びする画像 見知らぬ人の時間の流れ 色褪せた波間にうまれ 消える泡 わたしのものではない時間 奔放なヒマラヤ杉の 庭にいる 少女の髪でひらく花々 カムチャツカの姉妹が消息を断つ 小説を読む 昨年のこと うつくしい世紀末の 裏路地で 周波数を移動させる人 つながらない街の 落日をゆく車 街はわたしの胎内にある 今はただオゾンの皮膜に 甘えたい異国のラジオを 傍受しながら

          胎内の街 (短歌)

          その男性全裸中年につき(短歌)

          周到にスーツを繁みに隠したら全裸ですすめ秘密のルート 昼下がり黙りこくった家並は無口な誓いで組み立てられて とぼとぼと歩いて帰る雪野原 漂白される男の細胞 「川底の意識のようにゆらめいて夢とうつつを遊泳していた」 輝かしい少年の日々追いかけて座礁している俺という舟 丹念にヌードデッサンするあいだ凝固していく窓の水分 ひび割れたデッサン室の窓のむこう失踪日和の空はモネ調 沖合の霞に紛れ消えてゆく密入国者の高速ボート 泣き喚く小児のように抱いてくれ慈悲の零れる声で

          その男性全裸中年につき(短歌)

          王国 (詩)

          小雨の夕方 黒猫は子猫を5匹つれて 散歩をする 猫たちは大きい順にならんで 角を曲がる 3丁目のあの家の主婦が 内緒で買った高級腕時計を とんでもない場所に隠していることも 猫は知っている 角地にあるカフェの経営状態 困窮している 相当なものだ 区役所の突然の配置換えは 人々の思惑通り  幹部職員がしでかした大失態を形式上払拭したに過ぎず 彼が糾弾されるのも時間の問題だ 猫は中学校の裏手へ プールのフェンスの破れ目

          王国 (詩)

          「私を撮って」 ショートショート

          洋一の住む街は東京湾の埋め立て地にあり、どの方角へ向かっても坂道というものに出合わなかった。電車で二駅ぐらいの距離なら軽く自転車で走れるので、彼の生活圏はほぼ自転車で制覇されたようなものだ。 数日前の梅雨入り宣言以来、忠実に雨は続き、雨は粒子となって半端に彼の衣服や短く切った髪の間に絡みつき、顔や腕の毛穴に入り込んだ。それでも彼は日々自転車を漕いだ。雨粒が目に入るとき彼の視界はゆがみ、信号機や車のライトが滲んでコスモスの花の様に輝いてみえた。 この季節になると毎年決まって

          「私を撮って」 ショートショート

          箱(ショートショート)

          その日は、朝からしょぼい雨が降っていた。やっとの思いでこのセレブタワーマンションに引っ越して来た私は、セレブ夫人達のるつぼというべき「ミシュランシェフによる、本格フレンチディナーの手ほどき」と、やたら題目だけの長い、早い話が料理教室への参加初日であり、鼻息荒く早朝から巻き髪づくりに余念がなかった。 この縦ロール、名古屋地区を発祥とするらしいブルジョアのお約束のようなものであり、このマンションに暮らす奥様方は、皆似たような巻き髪をツヤツヤとなびかせる。それは高貴な馬を思わせた

          箱(ショートショート)

          蜃気楼 (短歌)

          ゆるやかに遅れることの正しさよ 日にやけた壁紙の花として。 部屋に射す光の中で浮遊する 塵のやわらかなうねりとして。 濁りつつ始終途切れる折線 川面に浮かぶ木片として。 現れては消えるそれもいちどきに てのひらのかたち残像として。 水平線 コンビナート群を臨む 原チャリに乗るいち僧侶として。 辛うじて今日をつないで 靴底にありつづける米粒として。 風に舞う膨大な素描の裸婦として、ツユクサの青、シロツメの白、 仮死蘇生未熟児でうまれた後付けの時計に倣う、炭素循環

          蜃気楼 (短歌)

          海馬 1

          1999年 二月    東京 いつもより早く目が醒めた。 仕方なく、というのは自分に対する負け惜しみで、僕は明日に迫ったプレゼンの資料を、ブリーフケースから素早く取り出し、ガラスのローテーブルの上に置いた。 僕の勤める会社は一年半後、都市の中心部を流れる河川の一部に「水」をテーマとしたリゾート施設を建設する。上手くいけば、その都市の活性化にも一役買うわけだ。会社のお抱え建築士である僕は、建設に関するあらゆる懸案事項-例えば融資であったり地域住民や自然保護団体の理解を求める-

          海馬 1

          忘れっぽい天使のスマホケースを買って、Siriと大喜利した夢をみた。(短歌)

          鳥たちの小さな瞼をまたひとつかぞえた夜が降りてくる街 順々に眼を閉じる雛の居る梢のさきの日の名残り 獣くさいひろげた腕につつまれる夢を魅ていたほんのつかの間 ねむれない瞳の慰めとして、トロイメライ奏でる携帯 「青っぽいプールの底を這うようにして泳ぐと、そのうち気持ちよくなるって」 ただ夢の中へとあふれる粉になる なくした万華鏡の記憶 屋根の下、その外にもいる大勢の眠りはちいさくまるめた綿花 だれもみな器となって押し黙る 陽(ひる)の光を深く沈めて

          忘れっぽい天使のスマホケースを買って、Siriと大喜利した夢をみた。(短歌)