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殺し屋が初めて流した涙

「まあ、中に入ってくれ。」と言われ、
その家に入った瞬間、
「ヤバい、これは死んだな。」と思った。

壁にはAK-47やM4、そして見たこともないライフルが5,6丁、かけられていた。
男の数メートル後ろに見える、黒光りする木製の大きなテーブルの上には、10丁くらいの拳銃と何箱もの弾薬が無造作に置かれていた。

100パーセント、殺し屋の家だ。
フリーランスの殺し屋か、麻薬組織のひも付き殺し屋だろう。

まさか、こんなところとは思わなかった
ボクはこの時、中南米某国で、ドラッグ依存症や犯罪者を助けるボランティアをしていた。
犯罪組織や悲惨な毎日から抜け出したいという人の手引きをしている。

そんな時、仲間から、
「テレグラムで今、すぐに会いたい、助けてほしいというメッセージが入った。名前はレオネルというらしい。ディーンの家の近くらしい、住所を伝えるから行ってくれないか。」と言われた。

(ちなみに、安全のため、名前や地名などは、すべて仮名としているが、ご理解いただきたい。)

同じサント・ドミンゴにある家のドアを叩くと、見た目は上品な、でもかなり筋肉質の黒髪の男が出てきた。
その彼が家の中に招き入れ、ボクに衝撃の家の中を見せたというわけだ。


殺し屋

この国では、人の命は軽い。
殺し屋なんぞに目を付けられたら、蚊を叩いて殺すのと同じくらいの感覚で、パンと銃で撃たれて終わりなのだ。
ボクも殺し屋の家を知り、殺し屋の顔を見てしまった。
殺される理由は十分すぎる。

でも、レオネルの眼を見た瞬間、その怖れが吹っ飛んだ。
「助けてくれ。」、眼がそう言っていた。
無理やり売春させられている10代の女性、コカを麻薬組織に栽培させられている農家の人の眼と一緒だったのだ。

そして、彼の口から出た言葉もやはりそうだった。
「オレは助けが必要だ。」
「もちろんだ。さあ、話してくれ。」

レオネルはもともと、その国の陸軍特殊部隊の隊員だったようだ。
この国は、少し前まで内戦があったし、今でも重武装の麻薬組織との戦いがあるので、特殊部隊の戦闘能力はトップクラスだ。
しかし、というよりむしろ、だからと言うべきか、隊員をシンジケートが高額の金で誘惑してスカウトするのだ。
レオネルもそうして、エリート隊員から殺し屋になった。

後にフリーランスの身になり、麻薬組織やギャングの敵対勢力の殺しから、政治家の裏仕事、有名人の不倫相手を殺してくれという依頼まで受け付けてきた。
これまで関わってきた暗殺は250件以上、自分の手で消し去った命は191、直接殺した人の顔はすべて覚えている、とのことだ。

そういう人生を、42歳になるまで12年続けてきた。
でも、ある日、20年ぶりくらいに聖書を何気なく読んだそうだ。
そこには、イエス・キリストが人類を救うために死を選んだと書かれていた。
人を救うために自分が死ぬ?自分は人を殺して生きているのに、そう思った瞬間に、殺し屋としてのモチベーションがゼロになった。

3日間、ほぼ寝ないで悩んだ。
そして、ボクらの組織に助けを求めてきたのだ。
レオネルの願いは、殺し屋をやめて、安全な別の国に逃げることだ。
残念ながら警察は頼れない、ヤバい組織がレオネルを軍隊からスカウトしたように、警察の中にもそういう闇の影響力が存在するのだ。
だから、ボクらにテレグラムで連絡をしてきた。

その日のうちにボクらは動いた。
仲間の家にボクの車で連れていき、まったく無関係の人の名義で登録してある携帯電話を渡す。
彼の家の物は、拳銃を1丁以外はなにも持ち出さず、ちょっと出かけただけの感じにしておく。
仲間の弁護士を通じて、別人の名前の身分証を作ってもらった、というより、ストックしてあったものから1枚もらう。

そして、逃げる先の手配を始める。
この国から出ればいいわけではない。
中南米は国を超えて、麻薬組織や殺し屋のつながりがあるので、少なくても彼が関わった組織の影響力が薄いところまで行かないと、どこであっても安全はないからだ。
殺し屋の足抜けは、ソッコーで殺される。
彼はあまりにも闇を知りすぎた、そして、恨みを買いすぎた。

ボクは人を助けるために働く。
だけど、世の中の闇に深入りはしたくない。
だから、どこに逃げるか、誰がどうやって逃がすか、具体的なことはそれ以上、仲間の中でもその道のプロに任せることにしている。
そして、それ以上の情報は聞かない、知ることのリスクは大きいからだ。
だから、かくまった家からレオネルが出ていったのを見た時、彼についてもう聞くことはないだろうと思っていた。

しかし、4か月後、思わぬ形で彼のその後を聞くことになる。
用があってメキシコを訪問した時、そこの仲間が、目に涙を浮かべて、
「レオネルはたどり着けなかったよ。」と、言った。
つまり、殺されたのだ。

最終目的地に行く途上、メキシコを通ったようだ。
メキシコの田舎町に、ずっと離れて暮らしていた老齢の母親が住んでいた。
もう一生会えないから、最後に一目母親を見たいと言ったそうだ。
しかし、ヤバい組織というのは、本当にヤバいのだ。
彼を待ち構えていて、もはや銃を持たないことにしたレオネルを、無情に機関銃でハチの巣にした。

そのことを教えてくれた仲間は、レオネルを逃亡先まで車で運ぶ役だった。
「レオネルが言ってたよ。」と、こんなことも話してくれた。

「ディーンが家に来てくれた時、『助けてくれ。』と言ったら、すぐに『もちろんだ。』と答えてくれたんだ。その時、ディーンの優しく強い目を見て、『この瞬間、オレは殺し屋ではなくなった。たとえそれで殺されても、殺し屋から抜け出せたことを後悔はしない。』と思ったんだ。
その時、自然と涙があふれてきたんだ。人を殺すようになってから、泣くことなんてできなくなったんだよ。十数年ぶりに、泣いた後の眼の熱さ、感じたよ。」

ボクは、その時のことをまざまざと思い出した。
レオネルの、助けを求める眼から、覚悟を決めた眼に変わり、そして安心と喜びの眼に変わった時の様子だ。
そして、安心と喜びの眼にたまった後、頬に伝わっていった涙を思い出した。

一生忘れることはないだろう。
あれが、殺し屋が流した初めての涙だったのだ。そして、レオネルの最後の涙となった。


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