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- おじさんの追憶 vol.2- 25年前、1998年 ドイツ&欧州



初めての一人旅、ドイツに行った

1998年3月、ドイツに初めて行きました。背中に大きなバックパック、前にはリュックみたいな出で立ちで。なんで、ドイツか。確か理由は2つあったはずです。
大学の第二外国語でドイツ語を取っていたこと
■ Bundesligaを観たかったから。日本がワールドカップに初めて出るって話から、ヨーロッパのサッカーに興味に持ったってこと。

1998年3月 ドイツ Deutschland

■ミュンヘン
KLMでアムステルダム空港へ、乗り継いでミュンヘンに到着。泊まるホテルは基本的にユースホステル。(若者の一人旅と言えば、みたいな。まだこういうのってあるんすかね。ここでの出会いって良かった記憶があります。)
初めてのブンデスリーガバイエルン・ミュンヘン vs VfLボーフムオリンピア・シュタディオン。試合は0-0の引き分け。バックスタンド側だったかな。以来、バイエルン・ミュンヘンは贔屓のチームになるんです

1998年3月購入。97-98シーズンレプリカユニフォーム。 さすがに黄ばんでます。
これ、ここで持っていても仕方ないし、捨てるしかないのか。ワインじゃないしな。

この時のミュンヘンで覚えているのは、ビアホール、ホフブロイハウス、当時は三越が近くにあった。バイエルンのファンショップもあの辺だった、くらいかな。

■冬のロマンティック街道 -ドイツ観光の定番-
ミュンヘンからフュッセンに入って、ノイシュバンシュタイン城へ。一旦ミュンヘンに戻って、アウグスブルクからロマンティック街道。ドイツの定番観光コースですが、冬でツアーバスがなく、電車メインでキツイ移動でした。中世の世界観を楽しむということで、ローテンブルク、ヴュルツブルクを経てフランクフルトアムマインへ。

■これも定番ですかね、ライン川下り
別にイカダに乗るわけではないです。観光で有名なライン川の中流(フランクフルトのちょっと先からケルン方面へ)、右岸を電車で進み、リューデスハイムでぶどう畑を見て、ローレライ伝説の岩を見つつ、中世の古城を見学。で、コブレンツからはICE(ドイツの高速列車。イーツェーエー)でケルンへ。大聖堂のあとデュッセルドルフに行ったんでした。数日我慢すりゃたくさん食べられる日本食をどうしても食べたいってんで。なんてお店だったっけなぁ。で、アムステルダムから帰国と。だいぶ思い出せました。

ロマンティック街道にライン川下りとオーソドックスなルートでした。
ミュンヘン近郊の鉄道マップ。
DB(鉄道)とSバーン(近郊電車)とUバーン(メトロ)、で、トラムもあったはずです。
この地図見ると、思い出せることがいろいろ出てきます。
左側はノイシュバンシュタイン城、右側はロマンティック街道の途中、アウグスブルク。
この旅の写真が見つからないんですよね。いろいろ撮ったはずですけど。キレイな写真はウェブにいくらでもあると思いますので。そもそもこれらを誰が撮ったんだろうか。その場にいた人か。

1998年8月 ヨーロッパ周遊

俄然ヨーロッパにハマりだした大学3年生。バイトして旅費を貯めて、今度は周遊の旅へ。もちろん、サッカー(いや、当時はフットボールと無理して言ってた気がしますが)を巡る旅にもなりました。

ドイツ、オーストリア、フランス、スペインを周る旅でした。
当時、ヨーロッパ周遊の必須アイテムだった「ユーレイルパス」。
今もあるのかしら。

当時のスケジュールを発見!!手書きのメモ!

A5サイズくらいのメモ用紙が旅程表です。わら半紙みたいな紙質で。
字は変わってないですね。三つ子の魂百までとはよく言ったものです。
ボルドーはつまらないからスキップして、で、レアルの試合を観たんだと思います。
マドリードに着いた日にユースホステルで誘ってもらったんだ。
これはウィーンです。オーストリアはウィーンよりも、ザルツブルク近郊とかドナウ川下りの方が
記憶蘇ってきました。ザルツブルク近郊と言えば、サウンドオブミュージックの舞台です。ウィーンはホイリゲと屋外で聞いたコンサートがあったか。
誰だよ、って話ですが、左側はフレディ・ボビッチ、右側はクラシミール・バラコフ
2人とも当時は有名な選手でした。VfBシュトゥットガルト自体は日本人選手もプレーしたチームだから知ってる方も多いかもしれません。
8月下旬だと思いますが、スエット来てますね。
ナニコレ?って話ですが、かの有名な「ベルリンの壁(の一部)」です。
と言っても、「ベルリンの壁」自体、なんでしたっけ?って話ですね。

旧東ドイツのドレスデン

ドイツで好きな街はミュンヘンですが、その次と言われると、「ドレスデン」を挙げます。旧東ドイツの街です。サッカーのチャントの"Von der Elbe, Bis zur Isar, Immer wieder" で出てくるエルベ川というドイツの有名な川が街を流れ、美しい街でした。Hauptbahnhofという中央駅を出たところに無機質な住宅が並んでいて、これはいかにも、ですが、社会主義の国、東ドイツっぽかったです。浦沢直樹の「MONSTER」で見た1コマが本当にあって驚きました。MONSTER好きです。話難しいけど。まあ、今となっては、「ベルリンの壁」や「西側、東側」なんてイデオロギーの対立も歴史の一部ですね。とにかく、ドレスデンは印象に残っています。

これは当時の写真じゃなくてストックフォトですが、ドレスデンってキレイな街でした。戦争でなくなっちゃった昔の建物を、かなり再現したみたいで、それにも驚きました。

パリの記憶はペットボトルの赤ワイン、2リットルで20フラン

パリは凱旋門から、シャンゼリゼ通りコンコルド広場ルーブル美術館セーヌ川ソルボンヌ大学ベルサイユ宮殿も1日かけていきました。で、拠点はバスティーユ広場近くのユースホステル。思い出は街角のパン屋さんで買った焼き立てのバケットと、雑貨屋で買ったペットボトル入りの赤ワイン、なんと2リットル。1フランが当時20円くらいだったので400円!ユースでじゃんじゃん飲んだ記憶が蘇ってきました。

写真がサムネイルしか残ってないのですが、雰囲気だけでも・・・

スペインはレアルマドリード

もちろん、"だけ"じゃないと思います。だけど覚えているのは、アトーチャ駅でポケットに手を突っ込まれてスリに遭いそうになったことと、トレド
行ったこと、それと闘牛か。あとは、ユースで会った人とサッカー観に行ったことです。

1998年8月31日 プログラムガイドが残ってました。
監督はなんと、フース・ヒディングさん。
タペストリーです。これ、興味ある人しか、おーって思いませんけど、98-99シーズンもすごいメンバーがそろってました。私、クリスティアン・カランブー(フランス代表) にサインもらいました。ぜひ見てください。
スタジアムのサンチアゴ・ベルナベウって市内の結構真ん中にあります。
マドリード・バルセロナの写真もあるにはあります。

バルセロナも行きました

そう言えば、サグラダファミリアが2026年に完成するってニュースには驚かされました。ここはガウディ、ガウディ、ガウディ、カンプノウ(スタジアムツアーのみ)、ランブラス通り、モンジュイック公園、あとは夜のバル。そこで飲んだ冷たいトマトのスープ。

これはバルセロナの地下鉄マップです。ランブラス通りで「漢字」を観光客に書いて売るって
言ってたバックパッカーのお兄ちゃんはその後どうしたんだろう。

これで旅に目覚めて、翌年大学を休学したんでした

そういう訳で、ヨーロッパをいろいろ周ったのですが、帰ってきた辺りから人生よろよろしだして、大学は4年で卒業する必要ないじゃんとか思ってしまったんです。遊べるだけ遊べ。で、就職活動はせず、バイトに明け暮れ、お金を稼ぎ、休学してしまう。。。その後、翌1999年3月にドイツ・チェコ、夏から半年ほどヨーロッパに出掛けてしまったのです。今風に言うと、「ギャップイヤー」ということです。ということで、当時の写真で旅の記憶を呼び戻したいと思います。

1999年-2000年 のヨーロッパ放浪記シリーズが始まります。

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