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【不思議体験】歌舞伎町の黒い陽炎

初めて新宿を訪れたのは、18か19歳の時だったと思う。
新宿を目指して出かけたわけではなく、「東京観光」という漠然とした目的で夜行バスに乗り、その降り場が新宿だったというだけだ。

田舎者の私は、新宿駅周辺をうろうろしただけでも大満足だった。
中学の頃からの念願だった「ルミネtheよしもと」を見て、当時地元になかった300円ショップなどで買い物し、アルタで『いいとも!』出演者の出待ちをしているお姉さん方を遠巻きに見つめ、それだけでも、「わあ、東京楽しいなあ」という気分になった。

日も暮れかかった頃、私は、「あの有名な歌舞伎町を見物しに行こう」と思い立った。
椎名林檎の曲『歌舞伎町の女王』の舞台となった地を見に行こうと思ったのだ。
鞄の肩紐をぎゅっと握り締め(スリ対策で)、まずは「JR新宿駅の東口」を目指した。歌詞にあるくらいだから、とりあえずそこへ行かなきゃならないのだろう。

しかし、駅の中をぐるぐるするばかりで、なかなかたどり着かない。
ただでさえひどい方向音痴である私は、初めて挑む「新宿ダンジョン」に大苦戦した。

「案内の通りに進んでるのになんで着かないの?」と泣きそうになりながら、一時間(!)ほど歩いて、ようやく東口に着いた。

玄関口に立っただけなのに、「これがあの歌の舞台かあ・・・」とひとしきり感激する私であった。
(そして、日中アルタに来たときに一度東口に来ていることには気付かない、愚鈍すぎる私。)


さて、ここからである。「そこはあたしの庭 大遊戯場 歌舞伎町」へ行くには、どうしたら良いのだろう。

重度の人見知りであるから、誰かに道を尋ねるという選択肢はない。
とにかく、ガラケーで調べながら歩いてみる。
どこかに、例の「歌舞伎町一番街」と書かれたゲートが見えるはずなのだが・・・・。

きょろきょろ見回すと、右手の少し遠い所に、あの赤いネオンのゲートが見えた。
「おっ、あれだ!すごーい!テレビと一緒!」

私はゲートのほう目掛けて、小走りになりながら進んだ。
「あれが・・・!あれが大遊戯場・・・!日本一の歓楽街・・・!!」
日中歩き回った疲れも忘れて、私は駆けた。


しかし、近づくにつれ、私の足は鈍くなった。
「ん?」
「んん?」
「んんん!?」

ついに足が止まった。

ゲートの上に、なにやら、黒煙のようなものが見える。
「もしかしてあのネオン、煙が出てる?火事?いや、それにしては透けてるな。まるで陽炎のような・・・」

長く伸びる、陽炎のような黒い影が、ムーミンに出てくるニョロニョロのように、あのゲートの上で揺らめいていた。

その光景には、なんだか、強烈な違和感があった。今までに生きてきて、あんな変なものを見た事はない。
まるで、黒い海草が、びっしりと空中に生えているような。

私は、その場から向こうに行く事が出来なかった。

「なんか、あっち行きたくないな・・・・」

回れ右をして、新宿駅構内へと戻っていった。急に疲れが来た。「今日はもうホテルで休もう」と思った。

宿泊先に向かう電車の中で、私は、さっきの黒煙の正体について考えた。
あれは一体なんだったのだろう。

やっぱり火事?それにしては、誰も騒ぎ立てたりしていなかった。
ネオンから出た熱気で、景色が陽炎のように見えた?

でも、揺らめいていたものは確かに黒かった。
例えるなら、コーヒーゼリーをもっと黒くして、細長くして、透明度を高めたような・・・・。
考えれば考えるほど訳がわからない。

結局、あれが何だったのかわからないまま、私は新宿を後にしたのだった。


あれからXX年。私は家族と共に、東京に引っ越してきた。

あの陽炎が見間違いだったのか、それとも、今もゲート上に揺らめいているのか。
それを確かめるために、今一度歌舞伎町を訪れてみたいと思うのだが、せっかく新宿まで出ても、子どもを連れていたり、別の用事に急き立てられたりして、未だに行けていない。
新宿を訪れる機会は何度もあるのに、その度に何らかの理由で断念している。

ここまで来ると、目に見えない何かに、歌舞伎町に行くのを阻まれているような気すらしてくる。

余談だが、私は数年前、出雲大社へ旅行する予定があったのに、当日朝にコロナを発症するという悲運に見舞われた。
後から、出雲大社は「神様に呼ばれないと行けない場所」らしいと知った。
つまり私は、「神様がお呼びでなかった」のである。

その理論で言うと、私が何度行こうとしても行けないのは、歌舞伎町の神様に「お前は来るな」と拒まれているからかもしれない。
もしくは、守護霊的なものが「あの街には近づくな」と引き止めているのか。

とにかく私は、歌舞伎町に縁のない人生なんだな、と思っている。
まあ、別になくていいんだけど。

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