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#33 公共建築と住宅建築とでは、なぜ断熱性能がこんなに違うのか?(・・・の後編)

さて、今回は前回の続きで公共建築と住宅建築でこんなにも断熱性能が違うのだろう?という問いかけに対する後半部分について。

前編では、公共建築と住宅建築で使われる断熱指標値の違いや、設計する人の属性の違い、断熱に対するアプローチや設計プロセスの違いについて書いてみたが、今回はもう少しテクニカルな話で、サッシやガラス(・・・つまり窓)に関しての捉え方や性能の違いなどを論じてみようと思う。

ちなみに僕は自他ともに認める建築マニア&オタクで、建築家がデザインしたかっこいい建築も大好物なのだが、今回はあくまで公共建築の発注者(建築系公務員)やユーザーとしての視点で書いていくので、サッシやガラスを多用したデザイン優先の建築に対してかなり辛口となることを先に断っておく。
そんな批判を聞きたくない方や建築家寄りの方は、気分が悪くなると思うので、ハナから読まないことをおススメする(笑)

反対に、公共建築の発注者やユーザー視点で、断熱性能について興味がある方は、前編と併せてぜひ読んでもらいたい。


まずサッシやガラスの目的について

まず最初に、そもそも建築物には「なぜサッシやガラスが取り付けられるのか?」という大前提をおさらいしておきたい。
僕が考えるサッシやガラスの主目的とは以下のとおりである。
・太陽光を室内に取り込むための採光目的
・室内から外の景色を見るための眺望目的
・室内に外気や風を入れるための通風目的

こう考えると極めてシンプルである。
敷地条件や建物の用途などによって、比重は少し変動するものの目的は概ねこの3つだと捉えて良い。
例えば、目の前に絶景が広がる敷地であれば、パノラミックな眺望を取り込むために、眺望目的の比重が少し高くなるといった具合だ。

ただ、ここで厄介なパラメーターがもう一つ出てくる。
外から建築を見た時の外観の意匠やデザイン性という目的である。
(商業建築などにおいては、内部をディスプレイするといった要素や、超高層建築ではガラスカーテンウォールという要素が加わるが、話がややこしくなるのでここでは外しておく)

近代〜現代建築においては、ガラスの透明性や軽やかなデザイン性が重宝されるようになり、特に僕が建築を学び始めた1990年代以降では、低層建築でもガラスによるファサードが建築デザインの大きな要素を占めるようになってきた。
ただ、こと断熱性能という指標で考えると、ガラスと断熱性能は完全にトレードオフの関係にあるということを改めて認識しておく必要がある。

デザイン性を重視するがあまり、住宅建築と比較して公共建築(非住宅建築)では、発注者の要求を超えてガラスが必要以上に多用されるという状況が多く作り出されている。

サッシ&ガラスと外壁の断熱性能の差

さて公共建築(非住宅建築)で多用されるガラスであるが、そもそもサッシやガラスと一般的な外壁とでは、断熱性能にどれくらいの差があるのだろうか?

下の表はサッシ・ガラスメーカーなどが出しているデータなどを元に筆者が作成したものであるが、この表をみると断熱性能の差は明白である。

ガラス面と壁の断熱性能比較(各種のデータを元に筆者が作成)

流石に最近ではアルミサッシに単板ガラスを使用した公共建築(ちなみに学校建築ではその仕様がまだまだ一般的)は少なくなってきているが、高級仕様のLow-Eガラスを使って断熱性を誇らしげに謳っていても、一般的な外壁と比べると、その断熱性能は1/10くらいだったりする。

だいたいガラスを多用しておいて、省エネ建築やZEBを目指すなんて、そもそも無理ゲーなのである。
でも実際の設計プロセスとしては、意匠系の設計者が主導してガラスを多用したデザイン案を作り、それを設備の設計者に渡して、あとは高効率の省エネ機器でよろしくね、みたいなことが常態化しているのがこの業界である。
これでは、できるだけ快適な室内環境や本当の省エネ建築を求めている発注者やユーザーにとっても、また設備設計者にとってもなかなかたまったものではない。

ガラスが多用される公共建築(これはほんの一例に過ぎないw)

なお、庁舎にしても図書館にしても公民館や子ども施設にしても美術館にしても、設計者が大きなガラス面を作ってみたとしても、普段は眩しすぎてブラインドが閉めっぱなしという泣くに泣けない事態もよく発生する。
このようにユーザーと設計者との間に大きなギャップが生じているのを見ると、ガラスデザインって何だろう?と感じざるを得ないし、そもそもガラスの目的って何?と言いたくもなるのである。

サッシやガラスが占める建築コスト

サッシやガラスが断熱性能にとってトレードオフの関係にあるのは分かってもらえたと思うが、それでは建築コストについてはどうだろう?

僕が仕事で関わっている公共建築は、地方(田舎)ということもあって、敷地がとても広く、平家とか2階建てとかの低層建築であることがほとんどである。また、近くに豊富な山林があり林業も盛んなことから木造建築で造られるケースがかなり多い。
このため、中高層建築とはかなり状況は異なることをまず前置きした上で、外装のサッシやガラスの工事費が全体の建築工事費のどれくらいの割合を占めているか具体的な事例を元に分析してみることとした。

下の表は、実際に我が市で近年建てられた公共建築の工事内訳書を元に作成したもので、外部のサッシやガラス工事に要するコストは全体の2〜7%であることが見て取れる。
加えて、空調設備費は全体の3〜6%程度、断熱工事に至っては全体の1%程度であることが分かる。
空調のコストは用途や部屋構成によって変動が大きいのは予想していたが、サッシやガラスのコストも、外装デザインによって大きく異なるという結果が判明した。

デザインによってサッシやガラスに要するコストは大きく変動する。(資料は筆者作成)

ちなみに、一つ前の写真にあるようなガラスが多用された建築の場合、サッシやガラスのコストは軽く10%を超えてくるだろうし、それに伴って空調負荷も大きくなり、なおかつ建築コスト全体も大きく増加することとなる。
ガラスを多用することで、断熱性能が下がるだけでなく、建築コストも維持管理費も上昇していく要因となるのだ。

公共建築(非住宅)と住宅建築とで全然異なるサッシの体系

次に、住宅系サッシとそれ以外のサッシの違いについても触れておきたい。
住宅建築の世界においては「樹脂サッシ+Low-Eトリプルガラス」というのが一般的になりつつあるが、公共建築(非住宅建築)においては全くその傾向が見られないのは何故か?

住宅建築で使われるサッシと、公共建築などの非住宅建築で使われるサッシには抜本的な違いがあるからだ。

まず下の図を見てもらいたい。
ビル系サッシと住宅系サッシの流通の違いや発注・施工の違いを体系的に示したものである。
実は、製造部門から流通の経路、施工に至るまでのプロセスなどが両者では全く違うのである。

ビルサッシと住宅サッシの体系的な違い(資料は筆者作成)

住宅サッシはシンプルで、工務店がサッシの販売代理店を通して発注し、現場に納入されたサッシを大工さんが直接取り付ける工程をとる。
現場に搬入された時点でサッシにはすでにガラスが嵌め込まれていて、現場ではビスで柱に取り付けるだけで施工は完了となる。

反対にビル系サッシは非常に複雑なプロセスを経なければならない。
工事を受注したゼネコンから販売代理店を経由してメーカーに発注をかけるのは同じであるが、取り付けに際しては、サッシ工がまず枠を取り付け、左官が防水モルタルを入れ、その後にガラス工がガラスを嵌め、その後に防水工がシーリングを打つという工程を経なければ、施工は完了しないのだ。

こういったプロセスの違いにより、ビル系サッシの方が圧倒的に手間もかかるし、調達コストも高い。
また、公共建築(非住宅建築)に求められる性能水準の差によるところもあり、ビル系サッシではオール樹脂サッシというのは未だ登場する気配もなく、断熱性能においても両者には雲泥の差がある。
オール樹脂サッシでLow-Eトリプルガラスも一般化している住宅サッシに比べ、ビル系サッシではまだまだオールアルミサッシが一般的な状況である。
その断熱性能差は約5倍と、ここにも両者の明暗がはっきりと出てくる。

なお、サッシメーカーでは一番水上側でビルサッシと住宅サッシで部門が分かれており、両者の連携はあまり取られてない(苦笑)
このあたりはサッシ業界の闇な部分であるが、何とかならないものだろうかと常々感じるところである・・・

さて、字数の関係で今回はここまで。
本当は後編となる今回で、これらの課題とどう向き合うかというところまで論じるつもりであったが、ついつい長くなってしまったので、続きは次回の「解決編」に持ち越しとしたい。

ということで次回の「解決編」もお楽しみに。

最後にまたまたお知らせ

前編でも紹介しましたが、特に建築系の公務員に聞いてもらいたいセミナーをご案内します。

5月15日(水)の21:00〜22:30に「あなたの町の「公共施設」キチンと、服着てますか?」という内容のオンラインセミナーをNPO自治経営の主催により開催します。
講師には、長野県庁舎ZEB化にアドバイザーとして関わり、ドイツや日本で最先端の省エネ建築に取り組まれている金田真聡さんをお迎えし、各地で公共FM に取り組んでいるNPO法人自治経営のメンバーが本音で語ります。
有料セミナーですが、公共建築の断熱のことについて、最新の情報を深掘りしたい方、ぜひご参加ください。

5/15 公共施設の脱炭素化オンラインセミナー・チラシ

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