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空気を読んで楽しむ、という自主性

 どこもかしこも人材不足である。農水産業界、運送業界、建築・建設業界、介護・福祉業界の人材不足はここ数年の話ではない。慢性的な人手不足が、とうとう二進も三進もいかなくなってきたのだ。かつては「3K」などと失礼な冠をかぶせられて必要以上にキツいイメージを流布され、いよいよ社会生活に深刻な影響が出てきて、回らなくなってきたと知るや否や、最先端のICT(情報通信技術)を用いたスマートな労働、トイレやシャワールームの設備も整った清潔な空間やアメニティ充分な仮眠室、成果が目に見えるやりがい、などを特集などで推して若い世代や、建設運送業に関しては今まで少なかった女性へのPRに余念がない。外国人人材を率先して取り入れているのもこれら業界である。

 …が、しかし、肉体労働であり、作業着を汚して汗を流し、危険を伴う、という事実自体をイメージによって軽減させ、人を集めよう、としているその姿勢がすでに無理があるのではなかろうか?若い世代やその職種に応募してくる人たちは体を動かす労働が向いてる人もいるだろうし、危険にチャレンジして自分を奮い立たせ、かえって安全への配慮を構築する人材になる人もいる。

 問題は、キツい、汚い、危険な職場とレッテルを張ってその向こうにある現場を見もせずよく理解しない姿勢であり、かつての競争社会の中で育まれたランキング意識なのではないだろうか。社会の一員として自分自身をよりよく生かして働こうというときに、他者と自分を比較することはお門違いだ。自分に何が出来るか、に集中した方が良い。

…そう体現して見せてくれたのがYちゃん、北友舎の仲間の一人である。

 Yちゃんは前号で取材させてもらったトラック運転手、Kさんの奥さんだ。昨年も「時々奥さんとトラック乗る」とKさんから聞いてはいたが、今シーズンはとうとう、主に手作業除雪メンバーとして排雪や個宅除雪の業務にスタメン入りしたらしい。北友舎で働くメンバーの中ではたった一人の女性作業員になる。

 除雪関連業務に従事していることが多い建設業界の女性就業者はここ数年16%から20パーセント未満で推移しており、うち75%が事務員として就業している。もちろん、事務員ではあるが現場仕事もこなす、と言う中小の事業主もいるだろうが、やはり圧倒的に男の職場であることは否めない。そんな中でYちゃんは貴重な現場作業員として従事している。

 排雪作業時のトラックでは、細かいところに気配り、目配りが効くKさんの助手席に座り、「後ろ見て」「パイロン戻して」「散歩してる人いるから、安全確保っ!」と矢継ぎ早に飛んでくる指示に「はいっ」「ハイハイ」と非常に俊敏に、軽やかに対応して駆け回る。昨年の取材時にも感じたが、Kさんは繊細な人だ。歩行者、同業者、対向車、散歩中の犬、足腰の弱ったお年寄り、学校帰りの子どもなどに神経を行き渡らせて配慮に配慮を重ねてトラックを取りまわす。車内も清潔でピシッとしていた。
 「妻だから」という距離の近さもあるのかもしれないが、Kさんの声は時にはピリピリとした緊張感があり「後ろ、歩行者、早くいけ!」と怒鳴っているようにも聞こえる。そんな時でもYちゃんは、「あ、はいはい」と素早くトラックを降り、散歩していた近所の人に走って近づいて、ひざを曲げて目線を合わせた。「こんにちは!道ふさいじゃってごめんなさい、今通ります?」と元気よく笑顔で挨拶している。「あらあら、ご苦労様。ありがとうね。いいのよ、あっち回って行くから。どうせ運動してるんだから」と朗らかなご婦人。その場に流れる空気は一挙に緩んで、「ありがとうございますぅ~」とYちゃんが一礼し、踵を返して走って戻ってくる。
 そんなYちゃんの爽やかさのせいか、前シーズンより雪の降り方が緩やかだからか、除雪作業に取り組む北友舎メンバーの表情も心なしか朗らかに見える。

 朝も早いし、ご主人も業務に厳しいし、肉体労働だし、辛くないのか、と記者が訪ねると、「もともと実家の家族がアウトドアが好きで、山登りとか小さい時からやってたし、体を動かすの好きなんです。」とYちゃん。「うちの旦那さんが厳しいのは、たくさん経験を積んでいるから。」Kさんはもと大型観光バスの運転手で、ドライバー歴はかなり長く、日本全国を縦横無尽に行き来していた人だ。Kさんの経歴に比して、奥さんのYちゃんはかなり若い。「私自身は、事故とか危険な目に合うとか、そういう経験が無いから…何も気づいてなかったり、見えてないことがあるかもしれないし。あとそれに、(除雪中に人身事故が)一回起こってしまったら、いくら後悔してもしきれないし。」私には語気も厳しめに聞こえたKさんの指示を、YちゃんはKさんらしい繊細な感性、と理解して自分が気持ちよく動くための活力にしていた。

 Yちゃんは以前接客や飲食などの職務経験があるというので、この除雪を含む業界の仕事をすることになってどう感じているのか聞いてみたが、やはり体を動かすのが好きだから楽しい、という感想だった。返事を聞いて、記者は苦労話や愚痴話を少しでも期待して質問していた自分に気づいて恥じた。Yちゃんは年の差夫婦で、ご主人の仕事を手伝う流れで北友舎の仲間になり、毎日汗を流している。「将来このまま働くの?どうするの?」「大変じゃない?」…そんな質問には辟易しているに違いない。だからこそ、夫をどう理解しているか、どういうスタンスで自分が働いているのか、ということについて迷いなく即答できるのだろう。

 作業もほとんど終盤に差し掛かり、一息ついたところで、記者が元々アートギャラリーを運営していて、現在も絵画教室を主宰していることなどを雑談としてYちゃんに伝えると、「わたし、絵を描の好きなんですよ!」と携帯のカメラで写した作品見せてくれた。色鉛筆やパステルで描いたのだろうか。色鮮やかな花の絵の爽やかさが、Yちゃんの屈託のなさをそのまま表現していてとても愛おしかった。この作品はコンクールに出品して入選したものだ、と嬉しそうに教えてくれた。

 暑い夏も過ぎて急に冷たい雨が降り始めた秋口に、この記事を書くにあたって連絡を取ると、来年6月20日から若手クリエイターが集うと名の知れた札幌のギャラリーカフェ、エスキス(中央区北1条西23丁目1-1)で展示会も開催予定だと教えてくれた。そして、今も繊細で気難しいところもあるご主人のKさんのサポートで北友舎で仕事を続けていること、「私は、自分も周りも楽しい感じなのが好きなので、空気読みつつ勝手ながら楽しく参加しています」と近況を教えてくれた。
 空気を読んで勝手に楽しく振舞う、とはなかなか面白い。「空気を読む」とは、気を遣う、自我をこらえ、周囲に合わせる、ということだと考えていたため、どちらかと言うと窮屈で不自由な、ネガティブな振る舞いに捉えていたが、Yちゃんはそれを「勝手に楽しく」実践しているらしい。

 Yちゃんからは「こうでなくてはならない」という気負いや焦りを感じない。きっとこれからも、軽やかに時流と自分の環境に合わせて、出来る仕事をし、周りと楽しく調和しながら自分の人生を自分らしく生きていくに違いない。人生において何かを成し遂げなくてはならない、と焦りにも似た縛りを自分に課しがちな氷河期世代の記者としては、何かふと、力が抜け、視野が広がった、そんな素敵な出会いだった。

 国土交通省と業界団体等は、今まで取り組んできた女性が働きやすい環境整備の推進やキャリアアップシステムのロールモデルづくりを踏襲し、共同で「女性の定着促進に向けた建設産業行動計画 ~働きつづけられる建設産業を目指して」というプランを令和2年に策定した。業界全体のイメージや就業チャンスのアップには取り組んできたが、人材の定着が次のステップのようだ。一般財団法人建設業振興基金が発行しているキャリアパス・ロールモデル集に特集されている業界女性の活躍を参照すると、一人一人の家庭状況や人間関係、やりたいことへの意欲など、様々な要素がモチベーションの一部を担っており、条件のどれか一つを満たせばいいわけでも、一貫した条件を全て満たせばよいわけでもなさそうなことがわかる。
 その時、その場の状況と環境に応じて対応できること、変化を厭わずフットワークが軽いことが、家族関係や身体変化の影響を受けやすい女性が自主的に自分の人生を展開していける肝であり、業界の就業定着のヒントなのではないだろうか。


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