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2004年我帰国!!

2004年春、23歳。

4年に渡るオーストラリアの留学を終えて、日本に戻ってきた。

僕が住んでいたのは、オーストラリア・ブリスベン。学校では、色々と潰しがきく、国際ビジネス(International Business)を専攻した。

当時、僕らの様な海外留学生には、日本の就職活動の情報など入るわけもなく、基本的には帰国をしてから、就職活動をしていた(と思う)。他にもやり方はあったかもしれないけど、僕はあまり就職活動に熱心ではなかった。
オーストラリアの留学については、また別の機会に詳しく書こうと思う。

当時の僕の性格は、

プライドが高く、ああ言えばこう言う、納得できなければモノ申す、生意気な子供だったと思う。良くも悪くもわかりやすく、それなりに個性的だった。協調性は低いが、ハマれば高い集中力を発揮する。自分で言うのもなんだけど、なかなか面白い奴だなって思う。
それから年齢と共に僕は変わっていったけど、今の僕はこの原点に立ち戻ろうとしている気がする。

僕はマジで働きたくなかった・・・。

オーストラリアから戻ってから、地元の友達とよく遊んだ。東京や横浜、群馬まで行ったり、深夜のドライブに出かけたり、露天風呂に行ったり、ツチノコを探しに行ったり、飲み歩いたり、久々の日本の生活を満喫していた。

群馬でツチノコ探し

地元の友達は、皆仕事をしているので、彼らと遊べるのは夜だけ。昼は暇だし、金もないし。当時ニートという言葉は無かったが、僕は純然たるニートだった。

数カ月後、僕はようやく本腰を入れて就職活動を始めた。

僕は仕事において、多数の人が羨む、知名度、企業ブランド、安定、昇進、こういったものに全く興味が無かった。そんな事を求める奴は、当時、海外にはいかない。そんな時代だ。昔ながらの縦社会、体育会系、堅苦しい、そんな会社はクソだ。特に僕は体育会系が大っ嫌いだ、そんな世界滅んでしまえと思っている。書いてるだけで気分が悪い、クソ!!

僕の実家は埼玉県の鶴ヶ島市といいうところにある。実家の最寄り駅から池袋までは、東武東上線に乗って1時間以内にいける。僕の勤務先の条件が

  • 実家から1時間以内の通勤圏内

  • 通勤ラッシュと被らない勤務シフト

僕が働くのが嫌な理由に、埼玉県民特有の長い通勤時間と満員電車が大きかったのだ。

時代は2004年。光回線が登場した!

インターネットは、アナログ回線からADSLと進化し、そして光回線の登場。これにより、情報収集はインターネットで行う時代になった。

御多分に漏れず、僕の実家にも光回線が引かれ、僕は就職先をインターネットで探していった。

そして、僕の条件に当てはまる会社をついに発見!!

  • 勤務場所:豊島区池袋

  • 勤務時間:12:00-21:00

これだ!!

僕はこの会社に電話をかけ、面接の申し込みをした。

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