信仰によって生きる

[ローマ人への手紙 1:17]

福音には神の義が啓示されていて、信仰に始まり信仰に進ませるからです。「義人は信仰によって生きる」と書いてあるとおりです。

聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会 

 使徒パウロが信仰ということばを使うときは、注意が必要だ。なぜなら、パウロの発する信仰とは救いと密接に関係しているからである。
救いを得たいがために信仰をしなければならないのではない。もし信仰が救いを得るための行為として認識しているのなら、信仰は単なる一つの行動にしか過ぎない。
決して信仰はそのようなものではない。
信仰とは、神が下さる賜物である。
クリスチャンは自分の意思が働いたから、
救われたと思っているかもしれないが、
それは神からの賜物である。
なぜなら、神が私たちを救おうという意思の方が先だからだ。神が私たちのことを救いたいと切に願われているからこそ、私たちはその応答として救いを受け取る意思が働くのだ。この応答が信仰ではないだろうか。
私たちを救いに導くのは、神であり、神の恵みであって、私たちの力や信仰心ではない。
救われているという神の安息を覚えて、
今日も感謝して歩んでいこう。アーメン。

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