コーチングの源流 アドラー心理学①

このシリーズでは、アドラー心理学を使ってコーチングをするために知っておいたほうがいい、基本的な考え方を紹介します。じつはコーチングに関する理論の背景を辿っていくとアドラー心理学にたどり着きます。アドラー心理学はコーチングの源流なのです。

源流にある考え方を知ると、コーチングに関する理解が深まりますし、コーチングで何を大切にしたら良いのかがわかると思います。


僕は2005年にコーチングとNLPとアドラー心理学に出会いました。最初のコーチングの先生であった平本あきおさんと酒井利浩さんがそれぞれアドラー心理学とNLPのスペシャリストだったからです。

彼らのコーチングを理解するために、僕自身もアドラー心理学とNLPを学びました。

アドラー心理学を学ぶと、アドラーがいかにこの100年の臨床心理学の発展に影響を与えてきたかわかります。

逆にNLPを学び、その理解を深めるためにNLPの源流(ゲシュタルト療法、家族療法、エリクソン催眠など様々)を辿っていたときに、たどり着いたのもやはりアドラー心理学でした。

当時はアドラー心理学はまだマイナーな存在でしたが、2013年末に出版された『嫌われる勇気』の大ヒットにより多くの人が知るものとなりました。

コーチング、カウンセリングに興味のある方の中でも、ご存じの方も多いと思います。

ブームも良し悪しで、様々な人がアドラー心理学の話をすることでかえって混乱が生じたり、誤解されていることも多々あるように思えます。

本当は、きちんと研究・実践されている先生方の書籍や論文など読んでもらいたいのですが、どれを読んだらいいのかわからないという方もいると思いますし、そもそも時間がないという方も多いのではと思います。

ですからこのシリーズでは、アドラー心理学を使ってコーチングをやっていくために、必要な考え方をなるべくコンパクトに解説してみます。

その上でさらに理解を深めるために、おすすめの書籍のご紹介などもしたいと思っています。

では、はじめましょう。最初に少しだけコーチングの話から

コーチングとアドラー心理学

(私たちの行動は)山間の渓谷で戦っている15世紀の陸軍に似ている。剣と剣での戦いに没頭しているとき、視野は極端に狭くなる。自分の戦いの現場から数フィート以内の差し迫った脅威やチャンスしか目に入らない。意識は目の前の敵1人だけに集中し、周囲の敵や近くで戦っている味方は、せいぜい1人か2人しか目に入らない。この時、この戦闘から一瞬離れて、一息つきながら丘の斜面を数歩登るとどうなるだろう。直ちに二つの現象が起きる。まず戦闘の脅威や興奮、肉体と精神両方の緊張から解放される。ついで視野が変化する。高い位置では視界が開け、ついさっきまでは数人の兵士の動きに気づくのが精一杯だったのに、自分の部隊の全容が見渡せるようになる。視野が広がると、誰に援助が必要か、戦況の有利なのはどこかがわかる。それに応じて、戦い方を変えることができるようになる。

『インナーワーク』ティモシー・ガルウェイ


 コーチングの生みの親の1人、ティモシー・ガルウェイは『インナーワーク』の中で立ち止まること(STOP)の大切さを説いています。私たちが行うコーチングは、まさにクライアントと共に定期的に立ち止まって、今の状況と自分を俯瞰してみることなのです。

引用文のように、立ち止まって、一旦落ち着き、視野を広げて、自分自身の置かれている状況を見つめ、本当の目的がなんであるかを思い出したのちに、目的にかなう新しい動き方に気がついて、現場に戻っていくのです。

 
 コーチングは「潜在力の発揮」や「自己実現」に関する研究のメッカだったエサレン研究所(アメリカ)の活動の影響を受けて、ティモシー・ガルウェイ(インナーゲーム)、トマス・レナード(コーチ・ユー)やローラ・ウィットワース(CTI)らによって生み出され、整備されてきました。1990年代初頭のことです。


 このような背景から、コーチングはクライアントの「潜在力の発揮」や「自己実現」を支援するための手段だとも言えます。一対一での対話を通じて、目的や目標を明確にし、それを実現する手段に関するアイデアを出していきます。そしてコーチは、クライアントが目標に向かって新しい行動を取ること勇気づけます。クライアントは、自らがとった新しい行動とその結果から学ぶことで、自分の望む人生を生きるために成長をしていくのです(行動と学習のループ)


 このような「潜在力の発揮」や「自己実現」に関する研究は、もともとアブラハム・マズローやカール・ロジャーズらによる人間性心理学がルーツです。そしてさらに遡ると、アドラー心理学のアルフレッド・アドラーにたどり着くのです。

この辺りのことを学びたければ、以下の本がおすすめです。アドラー心理学とコーチングの関係についても向後千春先生が解説くださっています


  アドラーは「いわゆるコーチング」のルーツなだけではありません。アドラー心理学(1911年〜)は、対象とする範囲があまりにも広かったため、以降、その影響を受けた様々な学派が生まれました。人間性心理学のクライアント中心療法もその一つですし、認知行動療法、家族療法、ゲシュタルト療法、交流分析、ブリーフセラピーなどもアドラー心理学の影響を受けています。また心理療法だけでなくビジネスの世界でも『人を動かす』のデール・カーネギーや『7つの習慣』のスティーブン・コヴィーもアドラー心理学の影響を受けています。
 

 アドラー心理学を学ぶことで、それ以降に発展してきた様々な考え方やスキルも理解しやすくなります。そしてそれらを統合的にコーチングの中に取り込んでいくことが出来るようになります。

僕たちは、アドラーの時代から変わらない原理原則はしっかりと押さえた上で、その後100年以上に渡って発展してきた対人支援に関する様々な成果もしっかりと盛り込んで、コーチングをもう一度整備しなそうと努力してきました


「劣等感」と「補償」


 ここからは、アドラー心理学の基本的な考え方を紹介していきます。

 最初は「劣等感」と「補償」です。私たちは誰かに対して「劣等感」を感じることがあります。「出来てない」「足りない」「劣っている」などの感覚ですね。この「劣等感」を否定的に捉える人たちもいますが、アドラー心理学ではそうは考えません。
 
 アドラー心理学では「人は優れた人間でありたいと思っている」と考えています。なぜなら人の根本的欲求は「社会に所属し、貢献する自分であること」だからです。そのため自分の内側に「理想像(ありたい姿)」を持つのです。

 そして「劣等感」の正体は自分が持っている「理想像」と、現在の自分を比較した時に感じるギャップなのです。だとすれば、他人に対して「劣等感」を感じるのでなく、理想の自分を明確にして、そこへのギャップを埋める活動をした方が良いのです。その活動を「補償」といいます。劣等感を感じたら、理想の自分に向かう行動(「補償」)をする。そうすれば「劣等感」は自分を成長させるためのきっかけになるのです。
 
 逆に「劣等感」を理由に成長から離れる人もます。この状態を「劣等コンプレックス」と呼んでいます。「劣っている私には無理だ」「どうせ出来ないに決まっている」などと、新しい行動を取りいれることや、そこから成長していくことを放棄してしまうのです。

 アドラー心理学ではこのような人たちを「勇気が不足している」とみなします。新しい行動を取る勇気、すぐには思い通りにならないかも知れないことに立ち向かっていく勇気が不足していると考えるのです。だからその人たちが「理想像(ありたい姿)」に向かって、行動を続けて行けるように「勇気づけ」をしていこうと考えるのです。
 
 逆に「優越コンプレックス」というものもあります。やたら自慢話をしたり、自分を大きく特別な存在であると見せようとする傾向のことです。アドラーはこれを「劣等コンプレックス」の裏返しであると見ています。「耐え難い劣等コンプレックスを、自慢話で覆い隠そうとしている」というのです。アドラーのアドバイスはこうです。「強く見せる努力より、強くなる努力をしなさい」。理想像に向かって成長し続けようとする中にこそ、安心も幸せもあるという考えるのです。

 もし自分の中に「劣等コンプレックス」や「優越コンプレックス」を見つけたら、理想像に向かって行動して行くことで「補償」して行きましょう。そして他人とは、勝ち負けや「競争」ではなくて、「協力」や助け合いをして行くことを目指しましょう。それをサポートするのがコーチです。


「ライフタスク(人生の課題)」と「課題の分離」


 次は「ライフタスク(人生の課題)」と「課題の分離」についてです。

 私たちは社会的な動物です。社会から切り離されては生きていけません。社会の中で役割を持ち、協力しあいながら生きていくのが私たちだからです。そんな私たちには3つの「ライフタスク(人生の課題)」があるとアドラー心理学では考えています。
 
①仕事のタスク
②交友のタスク
③愛のタスク
 
 「仕事のタスク」は生産活動に関わるものです。私たちは1人では生きていけません。社会の一員として、役割を担い、価値を産み出し、貢献をする必要があります。そのために責任を引き受け、人と弱みを補い合って協力すること、そして「仕事のタスク」に取組めるよう自分を成長させていくことも私たちの人生の課題です。
 
 「交友のタスク」は思いやりのある協力的な人間関係を作っていくという課題です。私たちの社会がより住みやすいものとなっていくように、身近な人たち、触れ合う人たちとの相互信頼や相互尊敬、相互理解、相互協力が実現するよう取り組んでいきます。
 
 「愛のタスク」はより親密な関係であるカップルや夫婦、親子関係などに関する課題です。共に生活し、子育てに取り組む中で起こる様々な課題に、協力し合いながら取り組んでいくことになります。これは人類の継続のためにも大切な課題です。
 
 まず大切なのがこれらを他人ごとでなく自分ごととして捉えることです。すべての人に自分の「人生の課題」があります。だから自分の課題に、自分ごととして責任を持って取り組む。

 そのためにも他人に踏み込ませない。そして他人の課題にはこちらから踏み込まないのです。これを「課題の分離」と言います。私たちにできるのは、自分の人生の課題に取り組むことと、他人がその人の課題に取り組めるように勇気づけすることなのです。
 
 ですから「これは誰の課題だろう?」は重要な質問です。チームのメンバーや自分の子どもに対して「私が何とかしてあげなくちゃ」と思って行動してしまう前に、「これは誰の課題だろう?」と自分に問いかけてみることが大切です。

 相手の課題に踏み込むと相手はあなたに依存するか反発(抵抗)するかします。ですから相手の課題と自分の課題に分けて、それぞれが自らの課題に取り組めるようにしていくことが基本です。
 
 この考えはコーチングでもとても大切です。コーチはクライアントの課題を解決してあげるのではありません。クライアントから依頼されて、クライアントが自らの課題に取り組めるように、作戦会議を手伝ったり、実際に行動に移せるように関わる(勇気づけする)のです。
 
 基本的に「何を大切にし」「何を考え」「どう感じ」「どんな行動を取るか」「どんな人間関係を作るか」は、すべてその人の課題であり、他人に踏み込まれるべきものではないのです。誰もが自分が良いと思うやり方で課題に取り組み(もしくは取り組まず)、その結果を自分で引き受けるしかないのです。

 この自分で結果を引き受けるというのが大切で、そのことによって私たちは自ら学習し、やり方を変えていくチャンスを得るのです。これを「結末からの学習」と呼びます。自分で決め、結果を受け入れ、そこから学習成長する。皆がそのことに取り組めることが大切だとアドラー心理学では考えるのです。
 
 そして、職場や家庭、地域などのコミュニティでは、お互いに協力して取り組む「共同の課題(共通の課題)」というべきものも当然出てきます。その際には相手(関係者)に対して「共同の課題」として一緒に取り組みたい旨を伝えて了解を得ることが重要です。その上で、ゴールを共有し、協力して課題に取り組むのです。

「課題の分離」をベースにしながらも、「共同の課題」については協力して取り組んでいけることが大切です。

「課題の分離」と関係して、フリッツ・パールズ(ゲシュタルト療法)の「ゲシュタルトの祈り」を紹介します。

私は私のことをする。そしてあなたはあなたのことをする。私がこの世に生を受けたのは、あなたの期待に応えるためではない。あなたもこの世に生を受けたのは、私の期待に応えるためではない。あなたはあなたであり、私は私である。もし、期せずして、お互いに出会えるなら、美しいことである。しかし、出会えなかったとしても、それは仕方のないことである。

ゲシュタルトの祈り


 パールズもまた、自分の人生を生きるためには他人との間にしっかりと境界線を引くことが大切だと考えていました。これは『嫌われる勇気』にも通じる考え方です。まずは他人の評価判断に意識を取られることから離れ、自分の理想に向かって、自分の課題に取り組み、そのことを通じて社会へ貢献することで、社会との建設的な関係を作るのです。
 

続く


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